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桃姫伝  作者: 立花豊実
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1話

 

 も~も子さん、も~も子さん♪ (HY!) お腰につっけた~き~びだんご~、ひっとつ~、わたしに~くださいな~♪ (YEAH!) あ~げまっしょお♪ あ~げまっしょお♪ (HEY!) これから鬼のとうばっつに~♪ 付いてく~るなっら、あ~げっまっしょお♪ (YEAH!) い~きまっしょお♪ い~きまっしょお♪ これから鬼のとうばっつに~、付いて~ゆっくかわりに、ぜんぶちょうだい~♪ 



 ……え、ぜんぶ?



 付いて~ゆっくかわりに、ぜんぶちょうだい~♪ (YEAH!!)


 ……だめじゃよ。まだまだ旅は長い。ぜんぶなんてあげられん。


 拒否る桃子に、かたちを為さない無数の黒い影がぬるぬると迫ってきた。食欲を丸出しにする影らは、それぞれが大きな口を開けてヨダレを垂らし、きびだんごを、桃子ごと食らおうと肉薄してくる。グオオォォ……。


 こ、こらあ! やめぬか! わっちは団子でないぞ!


 叫び逃げまどう桃子の年頃なおしりが、ぷりんとした完璧な「モモ尻」だったことを良いことに、影の一つが「かぷっ」とかぶりついた。



 ぎゃああああ!



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 桃子が寝覚めの悪い夢に苛まれている間に話を一つ。


 ちょいと昔、悪さを働く鬼がいた。

 彼らはもともと人間で、人生歩むうち恨み辛みが積もって、出口を知らない嫉妬や憎しみが全身を這った。黒々したフラストレーションが吐き出されぬまま非業の死を遂げちゃうと、おいそれとあっちに逝くこともできなくなる。浄化されず彷徨い続けた魂は、いつぞや醜い妖怪へと姿を変えた。

 怒髪が天を貫くごとく、うぬぐぐぐ……、と頭部に角が生えてくる。憎しみのエネルギーがモリモリと筋肉をつけて、あらゆるものをむさぼり散らす牙が、グゴゴゴォォ、と伸びた。それが「鬼」と呼ばれる、彼らだ。

 鬼は生前に享受できず仕舞いだった幸福感に苛まれ、恨みを抱いてこの世に残り続ける。そして、生血を通わす人間たちに言うのだ。


 ――必ズ見ツケテ、殺シテヤル。


 その暴挙たるや夜には火の海があちこちの空を染めたほどだ。

 人間たちだって、ただ指をくわえて鬼どもの進撃を見ていたわけじゃない。

 必死に抗い、退治に励んだ。

 しかし、鬼たちは強かった。

 特には代表格の赤鬼だ。

 その巨躯はいかにも血の気多い赤色で、醜悪な形相は常時睨みつけるよう。

 ギロリ。

 鋭い目は、生前の底知れない恨めしさを物語り、まるで何かを飢え求めていた。

 いくつもの棘が突き出た棍棒を手に、破壊の限りを尽くし、襲った村は事後、跡形も残さなかったという。殴る蹴るは岩山をも粉々に散らしたと云うから、到底人の手に負えるものでなかった。

 赤鬼一体とて村一つ降参ものだというのに、彼らは群れを為して襲い掛かる。青鬼は赤鬼ほどの腕力はなかったが、知性ある分、赤鬼よりも陰湿で厄介だった。ずるがしこく狡猾で、人間をあの手この手で苦しめてククク……、と愉悦していた。黄鬼は、話が一切通じず、気味の悪い言動を繰り返して、ゲラゲラ笑いながら人々を捻りつぶして食らう姿は、狂気そのものだった。

 鬼どもがのさばる世に、人々は為す術無く恐怖した。


 そんなときだ。

 知る人ぞ知る、あの人が現れた。


 ご存じ桃太郎と、彼率いるイヌ、サル、キジの三鳥獣である。

 こちらはまた別次元で強かった。

 桃太郎は「宝桃」といういにしえより邪気を払うと語り継がれる凄い桃を食べて若返った爺やと婆やからぽんと生まれた子で、戦うことに関しては幼少期からカリスマ性を発揮していた。

 かぐや姫に逢ってみたくて山で迷子になった妹の桃子が、森の主である巨大なイノシシに襲われた時も、助けに現れた桃太郎は、巨猪の突進を眼力ひとつで受け止めた。

 ギロリ。

 彼が睨めば、どんな猛者でも身の毛がよだつのだ。

 その頃からすでに、ぷりんと桃のようなお尻をしていた桃子がぷるっともちをつく間に、桃太郎は自分の身丈よりも数倍大きい獣を相手に、微動だにせず対峙していた。

 妹のうるんだ瞳の中に、勇ましき兄の背中姿が焼き付いた。


 桃子が覚えている兄・桃太郎は、いつだって優しく、どんな時も格好良かった。


 鬼の征伐を決意し、髪を一本に結い、額に「日本一」のはちまきを巻いた桃太郎――。

 目を閉じれば、桃子は今も鮮明に思い出すことができる。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 がばっ、と跳ねるように飛び起きた桃子は、背から桃尻にかけて、びっしょりと汗をかいていた。自分のお尻が無事であることを確かめて、今の今まで追い詰められていた窮状が夢であったと悟る。

 100%果汁のごとく、あご先からポタポタ垂れる体液をぬぐって、小さくうめいた。

「……不吉な夢じゃったのう」

 ずきずき重い頭をゆらしながら床から這い出る。

 窓辺の差し込む陽光を浴びに歩み寄って、深呼吸してから、部屋に飾ってある一本の刀――亡き桃太郎の形見に挨拶する。

「おはよう、兄じゃ」

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