無糖 「愛していると言いたい」
無糖。唯一甘くない話です。
無糖
「愛してると言いたい」
一人暮らし五年目にもなりますと、一個の卵で卵焼きとか手慣れて作れる訳ですよ。
直径十四センチの小さいフライパンを傾けて卵液を端に寄せる。菜箸で半熟状にしたあと、味のりを一枚乗っけてフライ返しでくるりと巻いていく。
赤谷美代子。二八歳。税理士事務所事務員。独身。
ノーブラにキャミソール、パンツ。で、明日の弁当を作る。今は夜中の二二時。
人が見たらぎょっとする格好かもしれないけど、あたしはしみじみ思う。
(あたしも、だいぶましな生活をするようになったわな)
社会人になりたての頃は、仕事も生活もどっちもうまくいかなかった。
疲れきってるから、家のことなんかできるはずがなくて。ゴミためみたいな部屋に眠るために帰ってきた。なにも考えたくないから、お酒を飲んで。気を失うように夜を越え、正気に戻ると再びキツイ一日が始まる。
なにかに怯えるように、追いかけられて逃げるような生活を繰り返していたのに。
「よっと」
できあがった卵焼きをまな板に置いて、フライパンをそのまま蛇口の下へ。水を出すとジュッって音がして、油が水に浮く。スポンジで簡単に油を流して、すぐに布巾で水滴を拭う。
コンロの脇にビールを置いて、ちびりちびりと仰ぎながら、タッパーにお弁当を詰めていく。
『お料理上手はいいお嫁さんになれるよ!』
って先輩に言われたけど、どうかなって思う。
(だって、自分で作る自分のための食事だもん)
食べれりゃいいし、上達とかあんまない。
朝に一合ご飯を炊いて、三分の一ずつ食べる。朝。昼。晩。TVの雑多な音とともに、飲み込んでいく。
(こうやって、このまま死んでいくのかな)
ぐるりと自分の周りを見渡した。六畳1k。片づいた部屋。もし実家のお母さんが死んだらあたしは誰にも看取られずここで、死ぬのだろうか。
まだ二〇代だし。死ぬとか。ずっと遠くのことだし。世の中なにが起こるかわからないし。と思いつつ、意外にリアルでイヤになる。
「……死ぬ前に、愛してるとか、言ってみてえ」
口に出してみて、心の中をひゅーって冷たい風が通り抜ける。
一人台所で、パンツで立って、ビール片手に、相手もいないのに、「愛」とか。
似合わなすぎて、笑えた。
おわり