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僕らの為の

 息を吸い込み、深呼吸をした。片手のバケツは重く手に食い込む。この緊張感、この胸の高鳴り……。やっぱり、たまらないね。

「――準備が整いました」

「了解っと」

 どこにも逃げ場はない。今日も街には石像が増えていく。

「悪いね、幸せなトコ。さ、心からの祝福と共にその幸せな時間で止めてあげる」

 彼女には、僕も友人として好意を抱いていた。……きっと、嫌いな人のほうが少なかっただろう。いい子だったよ、とても。でもいいんじゃないかな。悪いコトかもしれないけど、僕は彼女に幸せでいてほしいんだ。ずっとね。想いを寄せる人物と手を繋いで、いつまでも終わらないデート。憎たらしいほどに素敵じゃないか。

「――ほんとに」

「え?」

「ほんとにさ、いいのかな? これで」

 そう、呟いたのは僕のすぐ後に僕らの仲間になった少女。名前は知らないけど。不安げに肩を震わせている。おろした髪の向こうで黒い瞳が揺れている。

「だって、みんな幸せにいたのに。私たち邪魔」

「僕らは、さぁ」

 少女の顔を覗き込み、にっこりと笑ってみせる。

「イイコトしてるんだよ。彼らは永遠にデートを続ける。好きあってるなら喜ぶべきじゃないのかな」

「そんなこと、ないよ。この前の人は……私たちを恐れて、嫌がってた」

「愛がない証拠だよ、それは」

 可哀想に、あの女の子は逃がしてあげるべきだったのかもなぁ。

「――みんな、みんな狂ってるんだ。おかしいんだ……っ」

 あーあ。走っていっちゃった。なんでだろうね、おかしいね。あんなに楽しそうに生きてるんだ、恋人と一緒にいて、笑顔で。いつまででもそうしているのが幸せなんだろ?

「これが罪だっていうならば、人間の感情というそれはあってはならないよ」

 誰も残っていない公園で一人、盛大に独り言を語る。もしかしたら、あの石像たちの誰かが聞いているかもしれない。

「人間の感情が悪でないなら、僕は全てを善とみなせる。感情を悪と断言する人間がいるならば、僕は喜んでその人間に裁かれるさ」

 僕は正しいことをしてるんだ。彼らは永遠に恋人と一緒。僕ならば、幸せすぎて死んでしまうよ。終わらないデート。毎日一緒にいたいという願いは叶ったじゃないか。

「まあ、僕の中にも一応悪は存在するけど。絶対悪だ、僕の大切な人を傷付けるなんて許せないよ。なんて、大切な人もいないうちはただの遠吠え……」

 人の気配を感じて、慌てて口を閉じた。歯と歯のぶつかる音が聞こえそうなほどだったな、新記録だ。いつか歯が砕けてしまうかもしれないなぁ。

 人の気配を感じて、人がいたことはあまりない。勘は悪いほうだ。けどね、たまには当たるんだよ。大体は君だったときかな。

「やあ、会いにきてくれたんだね?」

「うん」

 公園の入り口に人影がある。人影は僕の言葉を短く肯定した後、続けた。

「今日もやってたんだね。ひとり? さっきすれ違った子は?」

「先にいったよ。あ、そうそう。僕も片付けしないと! 待ってて」

 たしか向こうにまだ、大量のセメントが残ってたっけ。風呂一杯分くらいだったっけなぁ……。まあ、今日は余ったから壁でも固めておこう。間違えて多く作られてしまったのも僕の責任だからね、僕がどうにかしないと……。

「ね、私たち、いつまで約束止まりなの」

 ああ、いつの間にか君は僕のすぐ後ろにいた。凛とした声が心地よく響く。振り返ると、君の吸い込まれそうに綺麗な瞳と目が合う。月明かりが艶やかな髪を照らす。

「僕らが幸せ……いや、セメントを持つ限り、ずっとさ。君を傷付けさせるなんて、あってはならないんだから」

 僕らは一年前、お互いの気持ちを知った。けど君が傷付くのが許せない僕は、好きでい続ける約束をした。もちろん君も僕を好きでいる約束をしたんだ。

「もちろん、君のことは愛してる。だからこそ、他人に触れさせたくないし傷付けられるなんてもってのほかだよね。そうは思わない?」

「そうだね」

 君はいつも微笑んで僕の下らない話を肯定するね。そんな君が大好き。その微笑も、怒ったときの顔も、寂しいときの表情も、泣き出しそうな顔も。もちろん苦しむ顔も愛せるよ。

「今すぐ、僕らで幸せになりたいと思わない? 僕としては、君とずっと一緒にいたいんだ」

 こんな単純なことにも気付かないなんて、僕もおちたよね。君の少し嬉しいような、驚くような、そして怖がるような顔が目に飛び込む。その表情で、いともたらすく心臓ははねた。心臓の音を誤魔化すように、ゆっくりと歩いて君を挟んでセメントの反対側へ。

「僕らも幸せになるべきだったんだよね。やぁ、気付かなかった。相変わらず、気が聞かなくてごめんね」

 言いながら君の手をとった。ひんやりと心地いい。そのまま抱き寄せる。君は不安げだったが、抵抗はしない。そのまま手を首にかけた。

「これで、二人とも幸せなんじゃないかな」

 やっと抵抗を始めた君の首にかけた手に力をこめながら、君を後ろに倒した。怯えたように見開かれた眼。視線は僕とどこかをふらふらしている。君は間違いなくセメントの中に沈み、僕もそのままセメントに沈む。次第に息苦しくなる中で考えた。

『これで誰にも邪魔されない。ここからずっと僕らの為の時間』


 いつまでも壊れない幸せの中で。

 ふたりは何をおもっているのか。

2014年8月7日  内容を僅かに修正

2014年12月11日 誤字修正

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の世界観がいいと思います。 [気になる点] 世界に入っていけないため、何が起きてるのか判然としません。たぶん描写不足だと思います。 もう少し世界観に引き込んでほしいです。読者がおいてけ…
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