第四章(下) 「崩壊」
前回の投稿から半年も経ってしまいました。大変お待たせしました。
…誰か待って下さっている人がいれば、ですが(笑)
札幌市内には無数の防空壕がある。
昔のような単なる洞穴ではなく、分厚い鉄筋コンクリートに守られたまるで軍艦の重要防御区画のような構造をしており、特に軍事施設の防空壕は地中貫通爆弾の直撃にも耐えると言われるほどの堅牢さを誇る。
中でもこの統合参謀本部地下百メートルに設置されたものは、そういった軍用防空壕の中でも屈指の強度を誇り、例え戦艦の艦砲射撃で地表面が耕されようとも、地上で戦術核兵器が起爆しようともヒビ一つ入らない、そう言われていた。
防空壕の中は相当に広く、普段各人が使っているオフィスのだいたい半分ぐらいの広さなら、全員が確保できるように設計されている。
「静かですね…」
当然のことを呟いた僕にガリル少将はああ、と応じた。
「敵編隊の規模はわからんが、きっと防空戦闘機隊が頑張ってるんだろう。そういえば中佐、さっきいいニュースと悪いニュースが入ったぞ。どっちから聞きたい?」
僕は「いい方からお願いします」と答えた。
わかった、と少将は脇に置いた資料の束を手に取り、パラパラとめくった。
そして、目的のページを見つけるとその内容を声に出して読み上げ始めた。
「まず、『夏雲』は敵の航空攻撃を撃退したそうだ。敵機二百機中、八五機を撃墜、五八機を撃破とさっき報告があった」
僕はほっと胸を撫で下ろした。
良かった…。
しかし少将は顔をしかめた。
そう喜んでばかりもおられんぞ中佐、と。
「敵海兵隊が、艦隊同士でドンパチやってる隙を突いて強行上陸、三浦要塞と横須賀要塞を襲撃して要塞砲の大半を使用不能にしたそうだ。要塞そのものは横須賀鎮守府の陸戦隊と陸軍部隊が奪還したそうだが、今も海岸線付近で戦闘が続いている」
「帝都要塞が…?」
そうだ、と少将は頷き、ページをめくった。
「しかも浦賀水道の反対側、館山要塞にも敵艦隊が接近中との情報が入った。横須賀と三浦がその戦闘能力を喪失した今、館山を落とされると帝都要塞の防衛能力は二〇パーセントを切る。残るは富津要塞と、遠く離れた大島要塞だけになるからな。館山には帝国陸軍の佐倉第302歩兵師団が向かっているが、間に合うかどうかはかなりギリギリだ。しかも上陸船団の規模を見るに、敵は軍団規模、かなり厳しい」
少将の話を聞いている間、僕は頭の中で幾つかのピースを組み合わせようとしていた。
「それを防げるのは…『夏雲』だけ、ですか…?」
途切れ途切れの僕の言葉を、ガリル少将は肯定した。
「さっきの航空戦などはほんの前哨戦だ。これから『夏雲』は戦艦、空母各十六隻を含む敵艦隊を突破し、三百隻を超える敵輸送船団を攻撃しなければならない」
でなければ帝都は壊滅する、と少将は付け加えた。
「陛下、率直に申し上げますが」
分かっている、と私は参謀長を制した。
近衛艦隊旗艦、戦艦「鳳凰」のSCIC。
「…全艦隊、館山沖へ急行せよ。八丈島沖の敵艦隊への攻撃は一時的に停止する」
CG海図には、館山要塞へ接近する敵艦隊。
後ろに続く上陸船団の規模からして、明らかに敵海兵隊は軍団クラス。
館山が落ちるということは、敵艦隊に対する防御が極めて困難になることを意味している。
そして軍団規模の海兵が送り込まれれば、帝都そのものを一部占領される恐れすらある。
当然、補給線が続くわけが無いので長期的には何ら意味は無いが、人的・物的ダメージは甚大だ。
しかもそれ以上に帝国軍の士気低下を引き起こし、敵の士気を高揚させるだろう。
メインスクリーン上のCG海図を見上げた。
「夏雲」は針路を南南西に取り、敵艦隊との距離を縮めつつあった。
廉、すまん…!
「艦長より、全乗組員に達する」
静寂が支配するCIC、僕の声だけが響いていた。
敵艦隊は確実に館山要塞の後背、千倉の海岸へと近づいていた。
鴨川から急進した軽騎兵大隊は、館山湾と千倉との間にある小さな丘陵地帯に布陣していたが、既に開始された艦砲射撃のため損害は出ていないものの身動きがとれなくなっていた。
佐原の第302歩兵師団も現在出動準備中で、米海兵隊の上陸、館山要塞攻撃予想時刻には間に合わない。
そもそも、歩兵一個師団で重装備の米海兵軍団を止めるのはどう考えても不可能だ。
近衛艦隊と学園艦隊は共に、八丈島沖の敵機動艦隊への攻撃を中止し、館山沖へ急行する態勢を見せている。
だが当然、ここぞとばかりに敵艦隊は攻勢に出ている。
元々数が数だ。
こちらの防空能力を超える数のミサイルを放ち、「物理的に」無力化する戦法、すなわち飽和攻撃をかけるだけの余裕が敵艦隊にはある。
当分、近衛艦隊と学園艦隊の加勢は期待できない。
僅かな望みはこの「夏雲」だけだ。
「本艦の西北西一〇〇キロの海上には戦艦十六、空母十六を含む敵艦隊が布陣しており、その後ろでは軍団規模の敵海兵隊が上陸の時を待っている」
「夏雲」乗員一千人の緊張が伝わって来るかのようだった。
突出した戦闘能力を誇るとはいえ、たった一隻の戦艦に過ぎないこの「夏雲」で、水平線を埋め尽くす敵艦隊に攻撃を仕掛けるのは自殺行為に等しい。
「これを撃破し、敵海兵隊の上陸を阻止しない限り、帝都は壊滅する」
だが、それを防げるのは。
「現状、それを防ぎ得るのは本艦のみだ」
改めて口に出すと、その重さに圧倒されそうになった。
人口六千万の威容を誇る世界最大の都市、帝都。
その運命は、この「夏雲」の戦いに委ねられている。
「近衛艦隊と学園艦隊が共に急行しているが、敵の激しい妨害を受けており、当分の間加勢は期待できない」
状況は最悪の一言に尽きる。
成功の可能性どころか、自艦の生還さえおぼつかない状況だ。
でも、やるしかない。
「諸君も知っての通り、状況は最悪だ」
でも、やらなければ帝都は壊滅する。
それだけは避けなければならない。
「今、六千万都民の生命は本艦の行動に委ねられていると言ってもいい。だが同時に、生還の見込みの無い作戦行動であり、我々は帝国軍人でなく学園軍人だ。将来帝国軍の枢要を担うべき士官候補生たる諸君が、無謀な戦いで命を散らして良いわけでは決してない」
一息に言った後、僕は大きく息を吸った。
「よって、敵艦隊との交戦の可否を全乗組員に問いたい。まとまった部署からCICへ報告を入れてくれ。悪いがあまり時間が無い。回答の期限は十分とする」
ずるい人だなぁ、と思った。
「可否を問う」気なんて艦長にはさらさら無いはずだ。
目の前には瀕死の味方、そして空前の危機に晒されている一国の首都とそこに住む人々。
そして敵の大艦隊。
他の―例えばどこかの無人島―だったら、逃げ帰るか味方が来るまで待つという選択肢もアリだろう。
でも、たとえ一隻であっても戦闘に参入すれば万単位の命を救える状況で、その選択はあり得ない。
この先一生、臆病者のレッテルを張られるのがオチだ。
それに、敵の大艦隊から帝都を救うなんていう機会はこの先まずない。
そういう事情を全部勘定したうえで、艦長は投票というおよそ軍隊組織ではありえない選択肢を採ったのだ。
絶対に、全員が「敵艦隊と一戦交える」という選択をすると信じて。
あくまで、士気高揚と乗組員の意思統一のために可否を問うたのだ。
部下たちの顔を見回した。
艦長の思惑通り、彼らの瞳は決意と勇気に溢れていた。
他人が見れば、おそらく自分もだろう。
唇を真一文字に引き結んだまま、部下たちは頷いた。
先任下士官のファーイザ上等兵曹が
「少尉殿」
と報告を促す。
僕は頷き返し、インカムに吹き込んだ。
「田宮正治少尉以下、左舷第3対空砲員十六名。行きます!」
「こちら第4主砲塔、お供します!」
「電機室、全員行きます!」
「航空隊、発進準備完了してます!いつでもどうぞ、艦長」
「予想通り、ですか?」
副長の問いに僕は「まあね」と答えた。
正確には「予定通り」だけどね、と心中で呟きながら。
そもそも僕は乗組員の意思を問うたわけでも、彼らの意思を汲もうとしたわけでもない。
軍隊は命令で動く組織だ。
その中に頭から爪先まで浸かった彼らに突然自由を与えたところで、多くは「命令されるであろう」ことを自ら選択する。
彼らにとって命令とは日常だ。
突然提示された「自由」の中で、日常を捨てるという選択をまず人間はしない。
ごく少数、日常からの逸脱を望んだ人間がいたとしても、軍隊は集団生活の場でもあり、集団社会だ。
集団の圧力の前に、同調してみせるしかないのだ。
けれど「自ら選んだ」という意識は、その後の心持ちに大きく影響する。
僕はあくまで、乗組員が「自ら選択した」という意識を持つこと、そして集団に身を委ねるある種の安心感を抱くことによる、士気の高揚を図ったに過ぎない。
一瞬だけ自己嫌悪を覚えたが、即座に意識の底に追いやる。
「システム士官、状況を」
フリント大尉は「はい」と応じ、エンターキーを指先で弾いた。
CICのメインスクリーンに、敵艦隊の陣形や詳細な配置が映し出される。
「敵艦隊は現在、千倉沖十キロの洋上に戦闘部隊を展開し上陸準備砲撃及び、空母艦載機による空爆を実行中。これにより館山―千倉間の隘路に展開した軽騎兵大隊が行動不能に陥っているのは、先程と変わりません。CG海図の上では、敵艦隊『A』と表示しています」
それから、と言って大尉は手元のスクリーンをタッチペンでなぞる。
するとメインスクリーン上に手書きの赤い楕円が出現した。
「おおよそこの範囲、戦闘部隊の後方さらに三十キロの洋上に水陸両用部隊が展開しています。おそらく、上陸準備中でしょう」
大尉は続ける。
「水陸両用部隊と言っても、本格的な揚陸戦艦艇は全体の二割から三割程度と思われます。他は民間徴用の船舶かと」
護衛艦艇の数は、と僕は尋ねた。
「巡洋艦十一、駆逐艦四五。それから潜水艦が少なくとも十隻います。上陸船団そのものは三百隻に迫る規模です。こちらは護衛部隊を敵艦隊『B』、揚陸部隊本体を『C』と表示しています」
なるほど、と僕は肘をつき顎に手を添えた。
海岸線から四十キロの洋上に展開する上陸船団。
艦砲射撃は約一時間前から始まり、依然として継続中。
空襲も同時に行われているものの、対空火器や地対空ミサイル、防空戦闘機に阻まれお世辞にも上手くいっているとは言えない。
上陸開始までに残された猶予は、おそらくあと二時間から三時間。
さっきの対空戦闘中に拾った通信の中に、奈緒と母親がいる病院から都庁への無線通信があった。
これから館山方面へ向け避難を始める、という内容だった。
あれで少し落ち着いた。
もしあの通信を拾っていなければ、僕は今まともに指揮を執れる状態ではなかっただろう。
しかし油断はできない。
敵の攻略目標が館山要塞である以上、十分に危険だ。
大量の避難民と、逆方向に向かう軍部隊。
今頃、湾岸は大渋滞に陥っているはずだ。
交通の統制にあたる憲兵も、おそらくパンク状態。
避難がそう上手くいくとも思えない。
けれども、僕たちにできることは一つしかない。
可能な限り、時間を稼ぐことだ。
大きく息を吸う。
そして静かに、ゆっくりと吐いた。
CIC中の視線が僕に集中する。
「行きましょう」
傍らで副長が囁いた。
僕は小さく頷くと、インカムのスイッチをオンにした。
「艦長より全艦へ」
「今さっき、全乗組員から賛同の返答を得た。諸君らの勇気に心から敬意を表したい」
しんと静まり返った制御室の中、誰かがごくりと唾を飲み込む音だけが響いた。
「これより本艦は、一時的にではあるが敵艦隊戦闘部隊を無視し、敵上陸船団のみを攻撃する」
さっきの対空戦闘を乗り越えたことで一時的に弛緩していた艦内の空気が、一気に張りつめた戦場のそれへと戻っていく。
「本艦の役割は、近衛艦隊と学園艦隊が敵艦隊の妨害を突破して駆け付けるまでの、いわば時間稼ぎだ。しかし目下想定しうる最悪の事態とは、敵海兵隊の上陸、そして館山要塞の機能喪失とそれに伴う敵艦隊の湾内侵入である」
触れれば切れそうな、緊張の糸が艦内を満たしていく。
「よって敵上陸船団に、作戦行動不能な程の損害を与えたと判断すれば、本艦は急速反転。戦闘海域を離脱する」
艦長は敵艦隊の戦闘部隊を無視すると言っていたが、無視できない状況に陥るであろうことは確実だろう。
敵上陸船団に致命的な損害を与えることも、恐らくまた不可能だろう。
だからきっと、とてつもなく過酷な戦いになるだろう。
静かに、けれどはっきりと艦長は告げた。
「諸君。では、行こう」
艦内に満ちている緊張が、その度合いを増したような気がした。
「総員戦闘配置。水上戦闘用意。艦載機は直ちに発進」
「戦闘配置!水上戦闘、よーい!」
「艦載機発進!繰り返す!艦載機発進!」
響き渡る警報音、慌ただしく動き出す乗員たち。
さっきと全く変わらない光景。
しかし僕は、さっきとは全く違った感慨を持ってそれを眺めていた。
「副長」
傍らに座す部下を、僕はあえてインカムで呼び出した。
幹部同士の通話は全艦放送される。
これから話すことは、全艦に周知しておくべき内容だからだ。
「操艦、回避行動を任せる」
副長は「は」と短く応じた。
「砲雷長、対空戦闘任せる」
同い年の砲雷長は、「了解しました」と敬礼。
頷いてから今度は水雷長を呼び出す。
「水雷長、対潜戦闘任せる」
国立校軍事科の学生で、校内で何度か会ったこともある水雷長は、「了解」と短く応じた。
瞑目し、彼我の状況を反芻する。
敵は既にこちらの存在を知っている。
しかし依然としてほぼ全力を以て空爆及び艦砲射撃を実行中。
友軍艦船からネットワークを介して得られた敵情と合わせてみても、敵艦隊の警戒の対象は明らかに帝都防衛航空軍団と近衛艦隊、学園艦隊だ。
その証拠に敵艦隊「A」部隊や、「B」部隊の配置は西側―近衛・学園両艦隊の方向―が重厚になっている。
ということは、現在の状況は「夏雲」にとりチャンスだということだ。
この状況下で敵に攻撃を加えれば、即ちそれは奇襲となる。
「ハンター隊、ゴーストウォッチ隊、配置完了」
艦載機隊の展開完了によって、そのための下準備は整った。
水上艦艇の限界。
それは、水平線以遠の目標を観測できないことだ。
しかし上空に艦載機がいれば、観測可能な範囲は飛躍的に広がる。
そしてこの「夏雲」のゴッドアイシステムと組み合わせれば、遥か洋上の敵艦隊の一隻一隻、その艦種、艦級に至るまで識別することすら可能だ。
「水上戦闘、SSM発射用意。同時に、主砲斉射用意。SSM目標は『C』部隊、主砲目標は『B』部隊」
CICの緊張の度合いがさらに増した。
「夏雲」の初陣、そして戦艦の存在意義とすら言える巨大な主砲の、敵艦へ向けた一斉斉射。
「夏雲」が搭載する主砲は、世界最大の八〇センチ砲。
それが敵艦に向け火を噴くというのは、たとえ戦艦乗組員でなくとも緊張を強いられる出来事だろう。
「SSM、発射よーい!」
「主砲、斉射用意!」
やや遅れ気味の、そして緊張のこもった復唱を聞きながら僕はそんなことを考えていた。
そしてなぜ、主砲と対艦ミサイルという二つの兵装を同時に使用することにしたか。
それは二つの兵装が有する特性がそれぞれ全く異なるものだからだ。
戦艦の巨砲が、今日においてミサイルに勝る点。
それは四つ。
一つは一発あたりのコスト。
二つは速射性能とそれに伴う連続的火力投射による制圧力。
三つは投射可能火力の総量。
そして最後に、圧倒的な速度。
かつての戦艦の主砲では音速の三倍程度に過ぎなかった初速は、現在ではその倍のマッハ六に、この「夏雲」の八〇センチ主砲に限って言えば三、四倍のマッハ十にもなる。
弾道ミサイル並みの速度で飛来する砲弾を迎撃するのは不可能ではない。
しかし弾道ミサイルとは違って雨あられと飛んで来る砲弾全てを迎撃しようというのは、余りに非現実的だ。
命中精度や威力ではミサイルに劣るものの、「実質的に迎撃不能」な砲弾から逃れる術は一つ、「射程圏外に逃れること」だ。
しかし今、千倉沖の敵艦隊は逃げられない。
もちろん上陸を諦めて撤退することは可能だが、それはそれで帝都の危機は当面回避できるのでこちらとしては何の問題もない。
敵が「夏雲」の攻撃から逃れる術は、撤退以外存在しない。
絶好の状況だった。
今まで散々好き勝手やってくれたものだ。今から貴様らの土手っ腹にミサイルと砲弾をありったけ撃ち込んでくれる。
心の中でそう呟く。
『RDY SSM』と『RDY GUN』の文字が同時に、スクリーンに紅く点った。
「走れ走れ!」
「トーチカ使えそうか!?」
怒号がこだまする要塞内。
「連隊長、302師団と連絡がついたそうです。今、都道16号、127号、410号を進撃中とのこと。先遣隊が木更津を通過したそうです」
「遅えな」
大佐は不機嫌さを隠そうともしない。
「敵が来るまであと四、五時間しか無えんだぞ」
敵の目標が帝都への直接攻撃にあることは明らかだ。
そのための必須条件が、帝都要塞と防衛航空戦力の無力化。
だが防衛航空戦力の無力化は不可能だ。
敵の航空戦力が空母艦載機に限定されているのに対し、こちらは今各地から続々と空軍部隊が送り込まれている。
よって、ミサイル・航空戦力による帝都攻撃はほぼ不可能。
となると、警戒すべきは敵の水上打撃部隊。
これまでの戦闘から、敵の艦砲はGPS誘導砲弾を発射可能であることが判明している。
この砲弾は、尾部に方向舵の付いた砲弾にGPS誘導装置を取り付けたもので、慣性誘導によって百キロ以上の射程を有する。
だがこの砲弾で帝都を攻撃するとしても、要塞砲の射程圏内に艦隊を晒さなければならない。
だから結局、目下最大の脅威は敵海兵隊による要塞への直接攻撃なのだ。
「大佐、やっぱりトーチカはかなり老朽化してます。整備はされてるんで使えないことは無いっすけど、砲撃でも喰らったら即お陀仏ですよ」
今俺たちが使おうとしていたのは、百年以上前に作られたトーチカ群だった。
一応、館山要塞にも敵地上部隊から攻撃を受けた場合に対する防衛計画は存在した。
だが、そういう事態そのものがほとんど想定されていなかったため、訓練や設備の維持管理はほとんど行われていなかったのだ。
地上戦用の防衛施設は濠と塹壕、そして百年以上前に建造されたトーチカ群、要塞施設の銃座や銃眼ぐらいのもので、要塞施設そのものを除けば敵の砲撃一発で全壊するほど老朽化が進んでいた。
しかも、ただでさえ頼りにならない要塞兵は地上戦ではもっと頼りにならない。
俺たちの連隊が役に立ったらいいのだが、俺たちも生憎砲兵連隊、歩兵ではない。
現状、非常に厳しい状態に俺達は立たされていた。
「やはり、トーチカ群を使った防衛計画は断念すべきでは?」
大佐の問いに、要塞司令官ニコラエフ中将は腕組みして考える。
「確かに君たちの言う通り、あのトーチカ群は恐ろしく古い。だが、あれ以外にまともな防衛施設があるかと言うと…」
「閣下、この要塞の役目は敵艦隊の帝都湾内への侵入阻止です。それさえできれば良いのです。要塞施設内に立て篭もれば、敵の攻撃など恐れるに足りません。要塞施設の装甲は艦砲射撃に耐えられますし、爆破を目論む敵工兵の相手など軽機で十分です」
大佐の弁に中将はしばし考え込んでいたが、ややあって口を開いた。
「わかった。君の言う通りだ。本要塞の役割は、敵艦隊を沈めることだ。要塞施設を敵が破壊できなければそれでいいのだ。敵海兵の始末は陸軍に任せよう」
「はっ!」
こちらに向き直った大佐と俺は同時に頷き、トーチカ群から引き上げさせる指示を出す。
時間は無いが、まだやれることはある。
「面舵一杯。針路一―九―三」
「おもーかーじ!」
最大戦速で驀進する「夏雲」は、右へ大きく舵を切る。
艦体が大きく左へ傾き、左舷を波が洗う。
十五の砲身、「夏雲」を象徴する十五門の八〇センチ砲が全て、敵艦隊を指向する。
正式名、13式75口径80センチ3連装砲。
「夏雲」はこれを五基十五門搭載する。
砲身長は六〇メートル、重量七トンの榴弾と十二トンの徹甲弾を五秒に一発撃ち出すことができる。
最大射程は一二〇キロに及び、外部装着型の慣性誘導キットを取り付ければ三百キロ以上先の目標を狙い撃つことさえできる。
「全主砲、照準よし!榴弾、初弾装填よし!」
砲術士が叫ぶ。
「撃ち方用意」
「撃ちー方ぁよーい!」
砲術長の復唱がCICに響く。
表示されたままの『RDY GUN』の文字が点滅する。
「夏雲」が早く撃てと促しているかのようだった。
僕は小さく息を吸って、
「主砲、撃ち方始め」
若干震えた声は、すぐに砲術長と砲術士の絶叫―自らの緊張と震えを吹き飛ばさんとする―に掻き消された。
砲術士が小刻みに震える指で発射ボタンを押した瞬間、そこを発した微弱な電流はたちまち五基の主砲塔へ、十五門の主砲へと流れる。
そして装填された巨大な砲弾を、遥か彼方の敵艦隊へ向かって射出すべく限界まで充填された装薬に通電。
瞬間、装薬は起爆。
爆発とは元来、不安定な物質である火薬や爆薬が気化すること。
あるべき体積に戻らんと、あるべき空間を求めて荒れ狂う爆風は、七トンもの大重量を誇る巨弾をも容易く弾き飛ばす。
その衝撃は排水量五十万トンを誇る巨艦「夏雲」をも振動させ、ここCICにまでズシン、と重い衝撃を伝えてくる。
「続けて第二斉射、第三斉射に入ります」
「現在、主砲ほか射撃関連装備に異常は認められず」
中尉の階級章を付けた砲術士―さっき発射ボタンを押した砲術士とは別の―と整備士―こちらも中尉―が報告を続ける間にも規則正しく、ズシン、ズシンと主砲の斉射に合わせてCIC―そして「夏雲」全体が揺れる。
CG海図を見れば、弾丸の形で表された主砲弾のマークがミサイルに数倍する速さで敵艦隊へ飛翔している。
「第一斉射、着弾まで三十秒」
緊張と高揚感を無理矢理、落ち着きの中に塗り込めたかのような砲術長の声。
あと二十五、二十四、二十三…
十七まで数えたところで僕は数えるのをやめた。
瞑目。
瞼の裏には、ばら撒かれる榴弾の嵐と被弾する敵艦の姿。
僕はこれから殺戮者になる。
でも、必要なことだ。
戦争というものが本質的に殺し合いである以上、避けては通れない道だ。
そして、指揮官たる者がその現実から目を背けてはならない。
たとえどれ程残酷な、目を背けたくなるような現実であれ、いやしくもそれを指示した者が、自分の引き起こした結果から目を背けることは決して許されない。
決意を新たにしてCG海図を見る目は鋭く、その視線は揺るぎなかった。
「着弾まで五、四、三、二、一…!」
弾丸マークの代わりにCG海図に現れる『IMPACT(着弾)』の赤い文字列。
ピー、とやけに耳障りな電子音が響いた。
「それ」を発見したのは、ミサイル巡洋艦「モンテレー」CICに詰めるオペレータだった。
巡洋艦「モンテレー」はイージス艦だった。
これより邪教徒の住まう魔境に、神の旗を打ち立てんとする海兵隊員を乗せた揚陸部隊。
その護衛部隊の一隻として最も東側に突出した位置にあり、空に監視の目を光らせていた艦だった。
レーダーが捉えた超高速で飛来する多数の物体。
オペレータはそれをすぐさま艦長に報告した。
艦長はすぐにECMオペレータに報告を求めた。
当然、まず考えられるのはミサイル攻撃の可能性だ。
ECMは電波妨害を行うための電子戦装置だが、一方でミサイルの誘導電波を感知し、レーダーが捉えるより早く警報を発することができる。
しかしECMは、飛来する物体から何の誘導電波も検出していなかった。
まさか、そんな馬鹿な。
彼はとにかく迎撃するよう命じた。
飛来する物体の正体が何であれ、艦隊に対する脅威であるのはほぼ間違いないのだから。
命令は直ぐに実行された。
「モンテレー」の前部、そして後部に埋め込まれたMk.57VLSからSM‐6SAMが発射される。
その行動と根拠となった状況は戦術データリンクを通じて護衛部隊各艦へと伝えられ、突然現れた正体不明の高速飛行体に対処しかねていた艦隊は「モンテレー」に倣った。
数百発のミサイルが殺到する。
しかし、SM‐6では「夏雲」の放つ主砲弾の迎撃・破壊は不可能。
SM‐6自体の最高速度はマッハ四、超音速対艦ミサイルや航空機なら十分交戦できる性能だが、マッハ十で飛来する砲弾には追いつけず、まして破壊には威力不足この上ない。
運良く爆発によって軌道を逸らすなど、妨害に成功しても飛来する砲弾は五秒あたり十五発。
一分で一八〇発が飛来する計算になる。
どう考えても物理的に迎撃は不可能。
つまり、「夏雲」の艦砲射撃を阻止できなかった時点で「詰んで」いた。
およそ一分弱で二百キロの距離を縮めた第一斉射十五発の榴弾は、対空ミサイルの爆炎を突き破る。
「夏雲」の主砲十五門は、微妙に射角・射向が変えられており、放たれた砲弾は護衛部隊各艦の上空に均等に散らばった。
高度三百メートルで、信管が作動。
詰め込まれた凶悪な破壊力が、惜しげも無く解き放たれる。
ミサイルの直撃に比べれば、ほんの僅かな揺れだった。
しかし、損害は甚大だった。
「SPYレーダー応答無し!」
「イルミネーター破損!作動しません!」
「衛星通信ドーム、破壊された模様!」
規則正しく艦が揺れる。
その度、櫛の歯を欠く様にイージス・システムを、鉄壁を形作る「モンテレー」の電子兵装群は沈黙してゆく。
「何が起こっている!」
艦長は怒鳴った。
だが答える者は誰もいない。
最初の揺れからきっかり一分後、揺れはぴたりと止んだ。
そんな馬鹿な、と艦長は呟く。
「モンテレー」が装備するほぼ全てのレーダー、通信設備、電子戦装備がダウンしていた。
そして敵の攻撃によってその視力を失う直前、イージス・システムが導き出した飛行体の正体は。
「そんな、馬鹿な…」
アテナの託宣は、艦隊を襲った脅威を「砲弾」によるものと判定していた。
「…敵艦隊の電子兵装、ほぼ沈黙しました」
沈黙。
静寂。
「よっしゃぁぁぁ!」
一拍遅れて歓声が上がり、静寂を破っていく。
「やりましたね、艦長」
副長も思わず表情を緩めている。
「ああ、だが本番はここからだ。気を引き締めろ」
潰せたのは、水陸両用部隊の電子兵装だけだ。
より海岸沿いに展開している戦闘部隊、その電子兵装は無傷のままだ。
今、敵艦隊は大混乱に陥っているはず。
そこを突く。
「対艦ミサイル、目標到達まであと一分」
沸き立っていたCICが静まり返る。
主砲の発砲開始と同時に発射された対艦ミサイルは、およそ四百発。
全て新型だ。
このミサイルは発射前に飛行すべき方位を設定しておけば、終末誘導に入るまで一切外部からの誘導を必要とせず、またミサイル本体もあらゆる電波を発しない。
それゆえ誘導電波を感知される恐れが無く、ECMによる探知は不可能。
もしECMがミサイルを捉えたとしたら、それは直撃二十秒前だ。
レーダーの監視圏内に入るまで探知できないが…。
「敵『A』部隊、対空ミサイル発射。目標、本艦から発射されたSSM」
やはり、そう何もかも上手くは行かないか。
「夏雲」が主砲を撃った。
その報に幕僚たちは一時騒然となった。
「夏雲」が撃ったのは榴弾、徹甲弾でもなく徹甲榴弾でもない。
全員が固唾を呑んで見守る中、「夏雲」の放った第一斉射が着弾。
「IMPACT」の赤い文字が灯る。
そして、
「敵艦隊からのレーダー照射、無線電波共に減少しつつあります!」
オペレータの報告で、SCICはわあっと歓喜の渦に包まれた。
戦果は歴然たるもの。
敵艦隊の電子兵装はほぼ完全に沈黙。
めったに笑わないことから「鉄面皮」と揶揄される長坂元帥までもが、深い皺の刻まれた顔を綻ばせていた。
現代海戦における「戦艦」の有用性が示された瞬間だった。
元帥、と私は小声で言った。
「射程まであとどれぐらいだ?」
あと二時間はかかりますな、と元帥は答えた。
唇を噛む。
つくづく情けない父だ。
息子が自らの危険を顧みず戦っているのに、何もできない。
廉。
あと二時間、持ち堪えてくれ。
「夏雲」に与えられた戦闘能力は強大無比。
だが到底、敵艦隊全艦を相手取って戦うことなど望むべくもない。
「夏雲」が持ち堪えられるかどうかは、運次第とすら言えた。
被害は惨憺たるものだった。
たった一隻の敵艦にここまでの損害を与えられた例は合衆国海軍の、いや全世界のあらゆる海軍史上におそらく存在しない。
敵艦の艦種は戦艦。
しかしその姿は異形。
偵察機が捉えた敵戦艦の姿は、彼らが知るそれとは全く違っていた。
長大な主砲、天を衝く艦橋、所狭しと並ぶミサイル発射管、針鼠のような対空火器。
彼らの知る戦艦とは、「時代遅れの巨砲を積んだ、対地攻撃専用艦」だった。
だが眼前の敵戦艦は攻防自在の要塞だった。
あれにどう対処すべきか、誰にも案は浮かばない。
「小賢しい…」
ヒステリックな呟き。
その声は小さかったが、冷え切ったCICによく響いた。
苛つきを多分に含む、いつ爆発するとも知れない爆弾のような響き。
幕僚たちはびくりと肩を震わせる。
「敵主力艦隊の状況は?」
幕僚の一人が恐る恐る答える。
「依然健在であります…。防御砲火が厚く」
「黙れ!黙れ黙れ黙れェッ!」
肩を大きく上下させながら、狂信者は現実を否定する。
「私は攻撃しろと言ったはずだこの愚図共!敵艦の一隻すら満足に沈められんのか貴様らは!」
ハーマンはしばらくCIC内を行ったり来たりしていたが、やがて「まあ良い」と呟くと足を止めた。
ずり落ちそうな眼鏡を人差し指で直しながら、幕僚たちに舐めるような視線を流す。
「中佐!」
は、と一人の海兵隊士官が進み出る。
「戦術核は使用可能か?」
いつでも、と中佐は答える。
幕僚たちは何も言えない。
中佐の部下たち、ハーマン子飼いの海兵隊員が「警護」と称して付いているからだ。
「やっと、やっとあの忌々しい、穢れた異教徒どもを浄化できる…!」
狂信者は満面に喜色を湛える。
司令官を粛清したことで、刃向える人間はもはや皆無。
狂気の沙汰を止める人間は、誰一人いなかった。
〇九二二、米第7艦隊主力に属する空母六隻―旗艦「ベンジャミン・フランクリン」、「レキシントン」、「ワスプ」、「ミリシア」、「フランクリン・ルーズヴェルト」、「コンコード」―の兵器庫最奥部から各一発ずつ、核弾頭装備のトマホークミサイルが搬出され艦載機に装備された。
艦載機はエレベータでアングルドデッキに上げられ、発進位置に固定される。
電磁式カタパルトが唸りを上げ、通常弾頭のASMハープーンを抱えた機体を空へと打ち上げる。
そしてその最後に、たった一発のトマホークを抱えたF‐35と、戦果確認を行うEA‐18G「グラウラー」電子戦機で構成される特別部隊が打ち上げられた。
「目標はあの戦艦ではない」
口元を吊り上げて嗤いながら、ハーマンは一人呟く。
「あの戦艦と同じ戦法を、敵主力が採るならばそちらを叩くのが優先だ。たった一隻の戦艦など後から如何様にでも嬲れる」
ハープーンは囮だ。
どれに核弾頭が装備されているかなど、分かりはしない。
全艦載機と艦隊からのミサイル一斉発射、数万発のミサイルならばいくら強固な防空網とて突き破れるはずだ。
そして、その中に仕込まれた六枚のジョーカーに敵が気付いた時、既に決着はついている。
「『木を森に隠す』と言うのだったな、あの蛮族共は。優美さの欠片も無い、下卑た表現だが的確ではある…」
海兵隊の上陸予定を早めろ、とハーマンは怒鳴った。
幕僚たちがぎこちなく動き始める。
その様子を見てチッ、と舌を打つ。
この作戦が終われば奴らも粛清リストに加えよう。
背教者に付き従った者は皆同罪だ、地獄で永遠の業火に焼かれるのが相応しいというものだ。
無論、敵である野蛮人共にはそれ以上の苦痛と屈辱を与えてやるつもりだ。
神に選ばれし「人間」に劣等人種が、いや人の真似をする動物にはしっかりと、「人間」の偉大さと尊さを教えてやらねばなるまい。
帝都郊外、新座市。
ここにもまた、帝国軍の大規模な基地が存在する。
林立するアンテナ群の形状は様々。
鉄塔状のもの。
ドーム状のもの。
パラボラアンテナ状のもの。
それらアンテナ群がひしめき合う中に、地下道への入り口が点在している。
装甲車両や航空機などは影すらも見えず、小銃を構えた警備兵と緑色のジープがちらほらと見えるのみ。
上空から見ても、基地施設らしきものは全く発見できない。
情報軍、大和田通信基地。
禁軍、海軍、陸軍、空軍に次ぐ帝国第五の軍。
それが情報軍だ。
主要任務は諜報、防諜、戦略通信、技術開発など。
「情報」に類別される全てを包括的に扱う軍、それが情報軍だ。
作戦本部、情報本部、通信本部、技術本部、そして七年前に新設されたサイバー本部から構成される情報軍の中で、この大和田基地に駐屯しているのは四部隊。
通信本部、第1通信軍団。
情報本部、第3情報軍団指揮下の第1通信傍受師団、そして第11通信傍受師団と暗号通信解析師団。
第1通信傍受師団、大和田解析センター。
前線における通信傍受を担うここは、帝都の目と鼻の先で行われている戦闘のおかげで目下大忙しだった。
その解析室の一室、一人の解析官が変わった暗号通信コードを見つけた。
今まで見たことの無いコードだったが、どこかで見たことのあるような気がした。
彼はそれを何の気無しに、過去のデータと照合した。
結果はすぐに出た。
予想を遥かに超えた、最悪の結果が。
解析官は青ざめた顔でそれを上官に報告した。
上官は彼の顔色と、唇の震えから事態のただならぬことを察し、落ち着いて報告するよう部下を宥める。
しかし上官の余裕もすぐに失われた。
上官もまた、震える指で帝都防衛司令部直通の回線を開いた。
情報は帝都防衛司令部を通じ、即座に至急電の形で各所へと伝達される。
「敵艦隊に、核兵器使用の兆候有」と。
「艦長、対艦ミサイル及び巡航ミサイル、残弾ゼロです」
サブスクリーンには「夏雲」の断面図が表示されている。
その図上、各兵装の部分には二つ以上の数字が表示される。
上の赤い数字は即座に撃てる残弾数を。
下の青い数字は兵器庫に収められている残弾数を。
主砲や副砲など、複数の弾種を備える兵装では数字の数は四つ、六つと増える。
その兵装の一つ、艦中央部の大型ミサイル用VLSの半分近くを占める対艦ミサイル区画と、残りの半分を占める巡航ミサイル区画。
赤青二つずつ、合計四つの数字は全て「0」になっていた。
「夏雲」の弾薬庫には、予め装填されている分も合わせて五回、VLSを満たせる数のミサイルが積まれている。
「夏雲」のVLSのうち、対艦ミサイルに充てられているのは四〇〇セル、巡航ミサイルには二〇〇セルが充てられている。
合計六〇〇セルのVLSから、各五回ずつ三千発のミサイルを放った計算になる。
並の戦艦数隻の兵器庫が空になるまで撃った量に相当する、凄まじい量の集中攻撃だがイージスの盾は甘くは無かった。
主砲で電子兵装と対空火器を潰せたのは、敵「B」部隊のみ。
「A」部隊と、八丈島沖に展開する敵艦隊主力の機動部隊には何ら損害を与えてはいない。
これら二つの敵艦隊を攻撃するには、主砲弾の数が足りない。
それだけでなく、そもそも敵機動部隊は主砲の射程圏外だ。
第一波の対艦ミサイル四〇〇発は、「A」と「B」残存からの迎撃により三〇〇発以上が撃墜され、目標である「C」―敵揚陸部隊本隊の揚陸艦及び輸送船―へと迫ったものは五十数発に止まった。
「A」による迎撃の苛烈なることを最確認し、第二波は巡航ミサイルを加え六〇〇発を発射。
これは百発以上が迎撃網を突破。
第三波、第四波、第五波と対艦ミサイル、巡航ミサイル合わせて六〇〇発を発射したが、敵機動部隊の一部が迎撃に加わったため、SAMによる迎撃を突破できたのはおよそ五パーセント、三十数発に止まった。
なお、第六波として発射された巡航ミサイル二〇〇発は全弾撃墜されている。
合計二七七発のミサイルがイージスの盾を抜いたが、輸送船や揚陸艦本体に装備されたCIWSや近接防空ミサイル、艦砲によってさらに一九七発が撃墜され、着弾は八〇発に止まった。
撃沈五八隻、大破一九隻、中破三隻。
ゴッドアイは戦果をそう判定した。
大破中破合わせたよりも、撃沈の方が多いという結果は大型対艦ミサイルの凄まじい威力を物語っている。
だが少ない。
予想はしていたが、やはり迎撃が苛烈だ。
そして、敵上陸部隊本隊が動き出した。
予想時刻より一時間以上早い。
そしてミサイルはもう無い。
「EMPTY」の赤い文字がスクリーンに踊る。
上陸開始まで一時間。
近衛艦隊は間に合わない。
302歩兵師団も間に合わない。
館山要塞は陥落する。
帝都は炎に包まれ、大勢の人間が死ぬだろう。
深幸も、例外じゃない。
「両舷、最大戦速。針路、二―八―三」
ぎょっとしたような視線が集まるが、構わず復唱を命じる。
「し、針路、二―八―三!」
震える声で航海士の中尉が復唱する。
「両舷、砲雷撃戦用意。対空及び対潜警戒厳となせ」
グン、と艦が加速し、艦長席の背もたれに背中が押し付けられる。
そしてある意味で「待っていた」報告が飛び込む。
「敵『A』部隊、航空機発艦中!目標は本艦と思われる!」
「同じく敵『A』部隊、イルミネーター起動を確認。本艦へのレーダー照射を確認!」
ようやく来たか。
こちらは思っていたよりも遅かった。
二〇〇機の敵機を撤退に追い込んだ時点で、即座に来るかと思ったが敵も敵で混乱していたらしい。
当然、こちらにとっては好都合だ。
「艦長より達する。これより本艦は、敵艦隊と近距離にて戦闘を行う。熾烈な攻撃が予想される。総員警戒を厳となし、敵の猛攻に備えよ」
後の米海軍公刊戦史はこう記している。
敵戦艦は鬼神の如く戦った、と。