笑うな! 魔法少女を理解してくれない異世界民たち
「私は、魔法少女ですッッッ!」
冒険者ギルドの受付台に、激しい地響きと共に拳が叩きつけられた。
月野京子、十七歳。
肩で風を切る黒髪ショートボブ。
どこからどう見ても地球の義務教育の結晶である、紺色のセーラー服。
胸元には赤いスカーフ。
剣はない。
杖もない。
額に怪しい宝石も埋まっていない。
手には、一ミリの魔力も感じられない。
ただの素手である。
受付嬢は、京子を見た。
上から下へ。
下から上へ。
もう一度、上から下へ。
そして真顔で言った。
「……はい、次の方どうぞー」
「無視しないでよ!!」
「これは失礼。では……何か?」
「疑問形にしないで! もっとこう、あるでしょ!? 『な、なんだってー!?』みたいなリアクションがさぁ!」
受付嬢は一ミリも表情を崩さず、凶器のように尖った羽根ペンを構えた。
「つまり、哀れにも脳にダメージを受けた魔術師の小娘、ということでよろしいでしょうか」
「悪意ある解釈ありがとね! 魔法少女は魔法少女! 魔術師なんて職業と一緒にしたら、全国の女児と大きなお友達に消されるわよ!」
「具体的に何が違うのです?」
「愛と! 希望と! フリルと変身バンクを胸に! 合法的に悪をブン殴る選ばれた美少女よ!」
「なるほど。前衛職ですね」
「前衛とか後衛とか、そういう枠にとらわれないでくれる!?」
「戦わないのですか?」
「世界の命運を賭けて戦うわよ!」
「では戦士ですね」
「魔法も使うわよ!」
「では魔法戦士ですね。登録します」
「魔! 法! 少! 女!」
話のキャッチボールは、一方通行のまま場外へ消えていった。
受付嬢は羽根ペンを握ったまま、人形のように感情を消し、三秒間フリーズする。
やがて、静かに息を吐いた。
「……チッ。承知しました。職業欄、魔法少女、かっこ笑い、と」
「今、かっこ笑いって口で言った!? ねえ、言ったよね!?」
「何のことでしょうか。規則に則った対応ですが」
「その規則、誰が作ったのよ!」
受付嬢は、目がまったく笑っていない大陸最強の営業スマイルを貼り付けたまま、尋問を続けた。
「で、その布切れ一枚の防御力ゼロな衣装は、旅立ちの前に王様から頂いた初期装備で?」
「学校の制服よ! 女子高生の戦闘服よ!」
「ガッコウ? ジョシコウセイ? 人間の言葉でお願いします」
「若者が義務で詰め込まれて、机を並べる監獄よ!」
「なるほど。監獄帰り、と」
「違う!」
「本物の装備はどこに?」
「今はアストラル体として、私の周囲に漂っているわ」
「見せていただけますか」
「嫌よ!」
「証明していただきたいのですが」
「変身バンクには大人の事情が絡むのよ! 尺とか作画コストとか! あと恥ずかしい!」
京子はふっと前髪を跳ね上げ、ドヤ顔を決めた。
「無闇に力を誇示しない。それがアイド……じゃなくて、国民的魔法少女のたしなみだからね」
カリカリカリカリ。
受付嬢の羽根ペンが、激しい火花を散らして動く。
「……ちょっと、今度は何て書いてるのよ」
「備考欄に、重度の妄想癖あり。装備は全裸と同義。本人談、魔法少女だから、と」
「全裸って何よ! 人を変態扱いしないで!」
京子は怒髪天を衝きながらも、必死に深呼吸をして理性を保った。
ここで暴れてはいけない。
自分は正義の味方なのだ。
受付台を粉砕するのは、まだ早い。
「いい? 私には崇高な使命があるの!」
京子は胸を張った。
「私は悪の魔術結社、ぶりっこサタンとの最終決戦の最中、次元の壁を突き破って逃げた大首領を追ってここに来たのよ!」
受付嬢のペンが、ぴたりと止まった。
「……ぶりっこ、サタン?」
「そうよ!」
京子は拳を握る。
「人々の心を自分の可愛さで染め上げて、誰もが『大首領たん、今日も可愛くて、はぴはぴ☆』とか言い出す暗黒世界に変えようとする恐怖の組織よ!」
「見てみたい気もしますね」
「見たら精神崩壊するわよ! 老若男女、誰もがピンクの大首領ちゃま法被を着て踊り狂うのよ!?」
「それは……地獄ですね」
「でしょ!?」
そこは通じた。
京子は少しだけ救われた気がした。
「その首領の名前は?」
「悪魔王プリティ・ルシフェル!」
「悪魔王とプリティ」
「ギャップ萌えを狙った悪の美学よ!」
ガリガリガリガリ。
受付嬢のペンが再び荒ぶる。
「敵組織、ぶりっこサタン。害悪度、中。首領、激痛プリティ。美学あり、と」
「いちいち書かなくていいから!」
「記録は大切です」
「悪意も一緒に記録してるでしょ!」
京子は机をガタガタと揺らした。
「とにかく! そいつを追って転移魔方陣に飛び込んだら、この異世界に着いたの!」
「異国からの転移者はたまにいますが」
「世界線が違うの! 日本って国、知ってる!?」
受付嬢は、はあとため息をついた。
それから、鈍器のような厚みの世界地図を机に叩きつける。
どがん。
超高速でページがめくられた。
爆風で京子の前髪が吹き飛ぶ。
「……ありませんね。ニホン。深海魚か何かですか?」
「国だよ! 私の国には、空に月が二つないし! 魔物がそこら中にいないし! 通貨が金貨とかファンタジーじゃないの!」
「この世界では生後三ヶ月の乳児でも知っている常識ですが」
「だから世界が違うって言ってるでしょ!」
「精神に異常をきたすと、月が一つ見えなくなるのですか?」
「元から二つあるのがおかしいってこと!」
京子は自分のこめかみを叩いた。
会話が通じない。
魔法少女として何度も悪の幹部と戦ってきたが、ここまで意思疎通に苦戦した相手は初めてだった。
「もういいわよ! 次! 次の質問!」
「では、お名前を」
「魔法少女マジカルナティーク!」
「本名を」
「マジカルナティーク!」
「ご実家で親御さんから『マジカルナティーク、ご飯できたよ』と声をかけられていたのですか?」
「家では京子だよ! お母さんは『京子、洗濯物出しなさい』って言うよ!」
「では、キョウコ様ですね」
受付嬢はさらさらと書く。
「備考欄に、自称マジカルナティーク、かっこ笑い、と記載します」
「だから笑わないでーーーーッ!」
ギルド内の空気は、すでにかなり温まっていた。
酒場席の冒険者たちも、耳をそばだてている。
だが、受付嬢の鉄面皮はびくともしない。
「続きまして、特技および魔法属性は?」
「マジカルパワー! 属性は愛と月光よ!」
「光属性ですね」
「愛と月光!」
「光属性に精神効果あり、と」
「ロマンチックさが足りない!」
「攻撃手段は?」
「マジカルシャイニングアロー! マジカルムーンバリア! マジカルハートヒーリング! そしてぇ!」
京子は大きく息を吸い込んだ。
ギルドの天井が震えるほどの声で叫ぶ。
「マジカルナティーク・ファイナルムーンライトラブシャワーーーーーッ!」
しん。
ギルド内を、冷ややかな沈黙が支配した。
受付嬢が、静かに羽根ペンを下ろす。
「……最後のものは、長すぎて理解できないのですが」
「愛に溢れた月の光による精神浄化の必殺技よ!」
「雨を降らせるということですか?」
「光の粒子は出るけど、雨じゃないわよ!」
「シャワーなのに?」
「概念の話をしてるのよ、概念の!」
「威力は?」
「悪の心が洗われて善良になる! 改心できない者は爆散するわ!」
「暴力的精神浄化魔法ですね」
「言い方には気をつけてね!」
受付嬢は書いた。
「愛のシャワー。水属性ではない。威力、号泣および爆散」
「もう好きにして……」
京子が真っ白な灰になりかけた、その時だった。
「ぶふっ」
背後の酒場スペースから、押し殺しきれない笑い声が漏れた。
次の瞬間。
「ギャハハハハハハハ!」
爆笑が弾けた。
革鎧を着たむさ苦しい冒険者が、エールを床にぶちまけながら腹を抱えて転がっている。
「おい聞いたかよ! 愛のシャワーだってよ!」
「水属性じゃないシャワーって何だよ!」
「ぶりっこサタンって何だよ! 俺もその組織に入ってかわいくなりてえわ!」
「首領はプリティなんだろ? 美学があるんだよ、美学が!」
「受付のメモ見ろよ! 威力、号泣だぞ!」
「重てえ精神魔法だな、おい!」
どっと笑いが広がる。
さらに、どっと。
ギルド全体が揺れるほどの大爆笑だった。
京子の肩が震えた。
小刻みに。
しかし、怒りの超振動で。
恥ずかしいからではない。
断じて違う。
絶対に違う。
魔法少女は孤独なのだ。
夜な夜な血を流し、誰にも褒められず、それでも世界の笑顔のために戦う。
怖くても。
痛くても。
爪が割れても。
助けて、という声が聞こえたら、スカートをひるがえして飛んでいく。
それが魔法少女だ。
それを。
この筋肉ダルマどもは。
「……笑うな」
「あ? なんだって? 声が小せえぞ、マジカルちゃん!」
「笑うなって言ってるのよォォォォッ!」
京子の鼓膜破壊ボイスが炸裂した。
ギルドの窓ガラスが、ぴきぴきと音を立てる。
男たちの笑いが、一瞬で凍りついた。
「魔法少女はねぇ! あんたたちみたいなむさ苦しい連中が、酒飲んでヘラヘラ笑ってる裏で! 血反吐吐きながら世界の平和を守ってんのよ!」
京子は拳を握った。
「怖くても! 痛くても! 泣きたくても! 爪が割れても! 助けてって声が聞こえたら、飛んでいくの! それが魔法少女の生き様なのよ!」
誰も声を出せない。
受付嬢の羽根ペンすら、びくりと震えている。
「それを、ぶりっこサタンが面白いからって何よ! あいつら本当に凶悪なんだからね!? 全員の心をピンクの地獄に染め上げる連中なのよ!」
京子はギルド中を見回した。
「もういい! この世界の住民、全員デリカシーが欠如してる野蛮人! こんな低能ギルド、こっちから願い下げよ!」
言い放つと、京子は猛然と振り返った。
セーラー服の裾がきれいにひるがえる。
「あ、あの、キョウコ様」
受付嬢が声をかけた。
「まだ登録のサインが」
「どうでもいいわよーーーーッ!」
京子はギルドの扉を押し開けた。
いや。
押し開けた、というには勢いがありすぎた。
ばしゃん。
頑丈な木製扉が、ヒンジごと吹き飛んだ。
扉は夕暮れの街へ消えていく。
ギルド内に、ぽっかりと大穴が空いた。
京子はそのまま外へ飛び出した。
走り去るその目元に、一粒だけ涙が光る。
少しだけ涙が出ちゃう。
だって女の子だもん。
違う。
魔法少女だもの。
京子が嵐のように去ったギルドには、破壊された入口から吹き込む夜風と、奇妙な静寂だけが残された。
「……なあ」
冒険者の一人が、ぽつりと言った。
「あの子、ドアを素手で吹き飛ばしたぞ」
「なんという怪力……」
「愛のシャワー、物理だったか……」
「ぶりっこサタンとやら、全滅確定だな……」
冒険者たちが青ざめる中、受付嬢はふうとため息をついた。
それから、粉々になった登録用紙の残骸を拾い集める。
その一番下の欄を見て、彼女の手が止まった。
【希望する依頼:世界の平和を守る仕事。できれば近場で】
「うーん」
受付嬢は三秒間、それを見つめた。
そして、驚くほど優しい手つきで紙のしわを伸ばす。
引き出しから新しい用紙を取り出し、驚異的な筆速で文字を書き加えた。
『要再登録。本人再来時は最優先対応。暫定Sランク扱い。丁重に接待のこと』
「先輩、それ処分しないんですか?」
後輩の受付嬢が、おそるおそる尋ねる。
「まさか」
受付嬢は、いつもの完璧な営業スマイルを浮かべた。
ただし、ほんの少しだけ楽しそうだった。
「ドアを素手で粉砕して、世界の平和を守ろうとする魔法少女様です。次にいらした時は、丁重に扱いなさい」
「魔法少女、信じるんですか?」
「それはどうでもいいの」
受付嬢は、壊れた入口を見る。
「使えるかどうかです。馬鹿と規格外の新人は、使いようですから」
「流石にその言い方はちょっと……」
「それに」
受付嬢は登録用紙を引き出しへしまった。
「愛というものは、元から数値化できるものではありませんしね」
夕暮れの街では、セーラー服の少女がまだ走っていた。
悪の大首領を追うために。
日本へ帰る方法を探すために。
そして何より。
魔法少女を笑った異世界民たちを、いつか絶対に理解させるために。




