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側近たち

 軽いノックの後、ダリウスの執務室に入ってきたのは、ジルラート・ゼレンディア近衛騎士隊長であり、側近の一人だ。

 ダリウスの1歳下で、幼い頃からの付き合いの彼は、侯爵家の次男であり、魔法剣士として、この国でも指折りの実力者である。


「陛下、先程こちらでコーデリア様の魔力が暴走したとか?」


 予想通りこちらから呼び出さなくても、執務室前で警護していた騎士からの報告を聞いて、割とすぐにやってきたのだろう。

 その視線を室内にサッと走らせて、いつもと変わらない様子の部屋に、語尾が疑問形になっていた。


「ああ、だが問題ない。その件で今ジェイも呼んでるんだが、お前には先に伝えとかないとな。アルト」


 ダリウスは右手を振って自分の無事を知らせてやると、応接スペースのソファーに腰掛けているアルトを呼ぶ。

 立ち上がって皇帝の執務机の方にやってきたアルトは、ジルラートの前に立つと、その蒼灰色の瞳でまっすぐにジルラートを見て、口を開いた。


「ジル、落ち着いて聞いて下さい。

 ベルン王国で、ディーンファルト様と同じ魔力を持つ者に会いました」


「え?」


 ジルラートは、翠色の瞳を瞠らせて、その端整な顔に驚きの表情を浮かべ、絶句する。

 一瞬思考が止まってしまったが、やがて彼の脳は働き出して正解に辿り着く。

 コーデリアが永いこと待ち続けている夫の生まれ変わりが、とうとう現れたということだ。

 ジルラートが何も言えずに固まっていると、アルトが続ける。


「それを魔女殿に伝えたところ、少々魔力が乱れまして……といっても、暴走というほどでは」


「まあな、先生の魔力が暴走したら、この辺り一帯は吹っ飛ぶだろうから」


 ダリウスが物騒なことを言っているが、今、ジルラートはそれどころではない。


「……ディーンファルト様の生まれ変わりが、ベルン王国で……」


「はい、名はカイルディーン・フォン・レガード。3代前の我が国の皇女が当時のベルン王国の国王に嫁いだのですが、その息子の一人が興した公爵家の孫にあたります。皇女の血縁では、ただ一人の銀髪蒼眼の持ち主で、肖像画で拝見したディーンファルト様をお若くしたような容姿でした。御年18だそうです」


「…………」


 アルトが視た魔力、銀髪蒼眼と、その容姿。

 おそらく間違いないのだろう。

 ジルラートは、今この場には居ないコーデリアを想う。

 確かにこの事を聞かされた彼女が、魔力を乱してしまう程、動揺したのも頷ける。

 喜ばしい事なのだろう。

 だけど……

(とうとう、来てしまった……)

 ジルラートは、自身の荒れる心を落ち着けようと、右手を胸にあて目を伏せる。

 そんなジルラートを少しだけ憐れむように見ていたアルトは、声のトーンを落として彼に告げた。


「ただ、カイルディーン様に前世や魔女殿の記憶は、ありません」


「は? コーデリア様はそれをご存知なのか?」


「もちろん、お伝えしました。事実ですから。調べたところ、正式な婚約者はいらっしゃらないようですが、恋人やお約束を交わされた方の存在まではわからないので、その辺りはなんとも」


 こんな残酷なことがあるのだろうか……と、ジルラートの胸がツキリと痛む。

 ずっと待ち続けたコーデリアに対して、ひどい裏切りだ。


 最初から、ジルラートの恋が実らないことは知っていた。

 いつからかは、もうわからない。

 ダリウスと共に初めてコーデリアに出会ったのは、まだ彼が幼い頃だった。美しく優しく、穏やかで聡明な彼女を、ジルラートはすぐに大好きになった。

 彼が14か15になる頃、出会った時から一向に変わらない彼女の容姿に、不思議に思って無邪気に尋ねた彼に、コーデリアはその理由を教えてくれた。

 理不尽だと思った。そして、決して彼女が望んだことではないのに、終わりが見えないまま永い時を過ごしてきたことを、哀しいと思った。

 でも、コーデリアはディーンファルトの想い出を語った時、とても幸せそうな表情を浮かべ、愛してるの、と笑っていたのだ。

 哀しいまでに一途で、ただ一人を愛し続け、昔の友との約束を守り、皇家に寄り添ってきた魔女。

 その生き方に、ジルラートは恋に落ちた。

 決して報われることのない恋に。

 そして、ずっと近くでコーデリアを見守っていきたいとも思った。

 そう決めて、実家には早々に自分の結婚は諦めて欲しいと願った。

 ダリウスにも事情は話し、最初は、不毛だの良く考えろなどと諌められたが、結局は、側近として取り立て、近衛として側に在ることを赦してくれた。

 せめて自分の一生分の間だけでも、彼女の孤独を癒したくて。

 コーデリアの側で、ただ彼女を静かに想って、寄り添っていこうと決めていたのに。


 ディーンファルトの生まれ変わりが、彼女を覚えていないなんて。

 どんなに辛い想いをされているのか……と心を痛める一方で、それならば僅かにでも自分のことを見てもらえるのでは?という期待が生まれる。


 そんなジルラートを、ダリウスはじっと見つめていた。


「先生は、カイルディーン殿がディーンファルトと別人かもしれない、ということは納得されていたよ。本心ではどう考えているかはわからないけど。

 ただ、ディーンファルトの生まれ変わりと、かつて交わした約束が違えられるなら、もう生きている意味はないと言っていた」


「そんな! そんなこと……」


 知らず知らずのうちに、ジルラートは己の拳を握りしめていた。

 生きている意味がないなんて……

 ああ、でも、ジルラートには悔しいことに理解出来てしまう。

 この永い時を、コーデリアはただ彼と再会する為だけに、約束だけを頼りに渡ってきたのだから。

 たが、僅かな期待が生まれた今、彼女を引き留めたいと願ってしまう。もし、ディーンファルトとしての記憶が戻らなかったなら、自分と今を生きて欲しい……そう願っても、良いだろうか?


 ダリウスは、ジルラートが考えを巡らせているのを眺めていたが、ふと気配を感じて入口の扉へと視線を流す。


「どちらにしろ、二人を会わせてみないことには、何も解決しなさそうだからな。

 ああ、ジェイが来たみたいだ。どうぞ、入ってくれ」


 扉が叩かれ入室の許可を願う声は、最後の側近であるジェイリー・レイヤーのものだった。

 財務と政務補佐を行っている彼は、謀と調整には天才的な能力を発揮し、数字にも強い。

 とりあえず、全員揃ったところでの情報共有と今後の対策の話し合いでも始めるかと、ダリウスは応接スペースへと皆を促した。

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