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皇帝と魔女

 今から15年前、それはまだダリウスが14歳の頃の話だ。


 彼はこのファリザート帝国の皇太子として、コーデリアから、将来為政者になるべく必要なことを学んでいた。


「ダリウス、見えている情報だけじゃなく、でき得る可能性も排除しないで。

 戦略というものは、直接的な攻撃だけじゃないでしょう? そこに至るまでに出来ることも含めて、もう一度考えてみて」


「兵糧の準備とか、その補給とか?」


「それもあるね。

 では、戦争を引き起こした指導者に兵隊が不満を持ったら、どうなるかな?」


「⁉ でも、情報統制は敷くと思うし、戦争には大義名分をつけるか、強権で押し切るか……」


「そうね。ただ、必ずつけ入る隙は出る。

 ……これは3代前に、隣国からうちが宣戦布告されたときの記録よ。少し前から見てご覧。

 宣戦布告でさえ、皇帝の計算のうちで、それを機に隣国では内乱が起こっているでしょう? うちは内乱首謀者と結託して、軍は国境で立っていただけだったわ。その代わり、それまでに隣国に潜り込んで、とても頑張った子達がいたけどね」


 その声にわずかに宿るのは、懐かしさか寂しさか……きっと、かつての教え子を思い出しているのだろう。

 コーデリアの紫紺の瞳は、ここでは無いどこかを眺めて、その色を深く変えていた。

 整った美しい(かんばせ)に茫洋とした雰囲気を漂わせると、普段は20代半ばに見える彼女が老練な大賢者のように思われて、ダリウスはコーデリアを少し遠く感じてしまう。


「……これも、先生の……」


 ダリウスの声に、コーデリアは彼に視線を戻して微笑んだ。

 だがその眼差しは、すぐに真剣なものに変わる。


「私は、ヒントだけよ。為政者として国を動かしているのは、結局皇帝と側近たちだから。

 でもね、ダリウス、これだけは覚えておきなさい。

 皇帝は国と民達の生活を守るからこそ、皆皇帝を信じて付き従う。その信頼関係が強固であり、皇帝が正しく導いているからこそ、この国は永らく続いているのよ。国は民達の為にあるということを、肝に銘じておいて。そして皇帝は、その国と民を導く者なのだから。

 常に国の内部にも外部にも目を配って、為政者として必要だと思われることには、ちゃんと手を伸ばしておきなさい」


「はい。先生」


 コーデリアは、この帝国の歴史をその目で見つづけてきた。そして、周辺国との関係にも目を配り、この帝国を陰ながら護り続けてきた。

 決して表には出ることなく、代々皇家に教育と助言を与え続け、間接的に民達も大切にしてきた。

 夫の生まれ変わりを探しているついでに……と、細やかな情報も集めながら。



 また、確かに彼女は年齢を重ねた、人には及びもつかない魔女なのだと、実感したこともある。


 あれは、ダリウスが皇帝に即位して間もなくの頃だった。

 即位直後の忙しさに区切りがつき、久しぶりに魔女の部屋を訪れて、彼女の淹れた茶を飲みながら雑談をしていた。

 確か……この部屋に皇家直系だけではなくせめて側近達だけでも認識して入室出来るようにならないか? と願っていたのだったか。


「600年近く前だったかな? 異世界から迷い込んできた人間がいてね」


「異世界?」


 脈絡なく、突拍子もない方向に話が逸れて、ダリウスは思わずオウム返しのように聞き返していた。しかも内容もツッコミどころ満載だ。


「そう。ここではない別の世界。城と私の部屋を繋げている空間の狭間に落ちてきちゃって」


「は?」


 もう、ダリウスの理解の範疇を超えている。

 呆けたように言葉を返す教え子に、コーデリアは苦笑を浮かべた。


「ああ、大丈夫。二度と事故が起こらないように、ちゃんと調整しておいたから。

 でも扉には、ファリザート直系の遺伝情報を組み込んであるから、それ以外はちょっと難しいのよね」


「いや、そこじゃなくて。ああ、入室条件はわかったけど……その人は、どうしたんだよ?」


 途中の遺伝云々はよくわからないけど、皇家直系以外が入室できないことは理解した。

 それよりもダリウスが気になるのは、異世界から落ちてきたとかいう人間のことだ。


「2年位掛かったけど、ちゃんと元の世界に戻したよ。お陰で空間魔法がずいぶん得意になった。ついでに私も、その世界に1年位行ってきたんだけど……」


「はあ?」


「そこには魔法がなくてね、かわりに電気エネルギーっていうのがあったのと、科学技術がものすごく発達していたよ。なにせ彼は他の星へと移動中にこの世界に来ちゃったらしいからね」


「……」


 もう、何もかもがよくわからない。他の星? あの夜空に見えている星のことだろうか。


「魔法にとっても、すごく役に立つ知識をたくさん学べたけど、8割はこの世界で運用出来ないね。危険すぎる」


「頼むから、その知識と経験談は墓場まで持っていってくれ」


 駄目だ。

 コーデリアのことだから、きちんと考えてはいるのだろうけど、俺は、何も聞かなかったことにしたい。

 頭を抱えて項垂れたダリウスに、クスクスと笑い声が聞こえてくる。


「偉いね。ちゃんと皇帝として、そういう判断が出来るんだ」


 ポンポンと、撫でるように軽く頭を叩かれて、まるで子供扱いだ。確かに、彼女にとってダリウスは、ずっと子供のようなものだけれども。


「いや。もう、先生の存在自体、いろいろ規格外だから」


「そうだね。まあ、でも、国や民の成熟度に合わせて、生活が便利になりそうな魔法は、少しずつ小出しにしてきたつもり……それよりも」


「何? まだ、なんかあるのか?」


 顔を上げて尋ねたダリウスに、コーデリアは目を伏せて続けた。


「異世界という存在を知ったとき、ディーンはもしかしたら、異世界から来たか、そこで過ごした記憶があるのかと思った」


「なんで?」


「魔力の量が、身体の器に合わなくて、生命を削るほどって、どう考えてもおかしいもの。

 魔力制御は完璧だったのに。それこそ、彼が産まれたときから、って聞いたことがあるわ。

 それに魔法の知識も、発想からして、先進的だったというか」


「確かに。生まれ変わって再会を約束するなんて発想、普通じゃない。それに、先生にかけてる魔法も、よくわからないよな」


 ダリウスは、弟のセシルほど魔法に関して理解が深くはないが、それでもその原理原則については理解している。

 専門職ほどではないが、一応一通りの魔法は彼にも扱うことが出来るからだ。

 だからこそ、コーデリアの言う事もよくわかる。


「ディーンが遺した書物や、この魔法自体も解析したんだけど、あの時代にはなかった魔法なのよね。だからこそ、待ち続けていられるんだけど」


「だからこそって?」


「だって、すごい執念と執着だと思わない? 自分で言うのもなんだけど、過分に愛されていたと思うのよ。

 生まれ変わって、また出会って、たった残り50年位を共に生きて死にたいって。その為だけに、彼自身と私に、彼が出来るありったけの魔法をかけて、逝ってしまったんだもの」


 ディーンファルトにとって、そうするだけの自信がある魔法だったのだ。

 いや、魔法だけでなく、コーデリアが彼を待ち続けることさえ、確信できていたのだろう。


「俺には、全く理解できないな」


「でしょう? 私だって、あのまま一緒に終わりにしたかったのに」


「先生もおかしいからな?」


「そう? だって、あの時の私には、彼しかいなかった」


 ダリウスを見たコーデリアの瞳の色は、暗く陰っていた。そこに普段は隠れている孤独と深淵を見つけて、ダリウスは彼女に届けと願って言葉を紡ぐ。


「今は、違うだろう? 少なくとも、歴代の皇帝達は、先生のことを家族のように大切に思っていたと思う。俺達も、だ。

 もしかしたら、ディーンファルトは、先生にそういうことを知って欲しかったんじゃないの?」


「……だとしたら、酷い人だよ、やっぱり。それにすごく傲慢」


 確かに、とダリウスはコーデリアに同意した。

 その家族のように大切な人達を、彼女は、何度も見送ってこなければならなかったのだから。

 そして、それを乗り越えてなお、ずっと彼を待ち続けるよう、愛情という名の約束で縛り付けたのだから。


 哀れな魔女は、そうやって生き続けてきたのだ。


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