皇城に棲む魔女 2
その後コーデリアは、ディーンファルトのいない時間を埋めるように本を読み始め、知識を得ることに没頭した。
皇后レイシアの監修で美容にも気を使った。レイシアいわく「元が良いのだから磨けば光るでしょ」らしい。案の定、長い黒髪は美しく艶やかになり、痩せて青白かった顔貌もふっくらとして滑らかできめ細やかな肌艶となり、大きめの紫紺の瞳は陰のあるもののちゃんと意志を感じさせ、唇も潤いを取り戻した。
ディーンファルトの隣に立つのなら、そうやって常に美しくありなさいと、散々言われ続けた。
そしてその頃から、コーデリアは少しずつ日記をつけ始めた。
ディーンファルトを忘れないように。この想いをいつか彼に伝えて、もう置いていかないでと願うために。そして、前日と今日とでは少し前に進めていると確認するために。ささやかな変化や彼を想う気持ち、そして時々は二人の思い出を記録し続けた。
時は流れ、コーデリアを叱咤し励まし続けた皇后も、50年も経てば年老いていく。
「私の生きているうちに、ディーンファルト様に会えなくて、それだけが無念だわ。
私は、生まれ変わりの魔法なんて聞いたことがないけれど、貴女が昔と変わらない姿のままそうやって生き続けているのなら、ディーンファルト様の言う事は真実よ。
彼が戻ってきた時に悲しませないように、ちゃんと生きるのよ。私は先に逝くけど、孫たちやその先の子供達をよろしくね」
そう言い残して、彼女は逝ってしまった。ちゃんとコーデリアに仕事も残して。
哀しいけれど、もうコーデリアは立ち止まらなかった。
更に100年も過ぎれば、その知識はありとあらゆる方面に及び、もともと得意だった魔法は更に洗練されて、魔法理論や行使する魔法は、人々の常識外となった。
その存在は一部の者には疎まれ、度々襲撃も受け命を狙われたが、ディーンファルトの残したもう一つの魔法である絶対防御は、受けた攻撃を反射するという鬼畜な仕様で、襲撃者達は勝手に生命を落としていった。
でなければ、魔法以外の身体能力なんてまるで当てにならない彼女が、生き続けられる訳がない。不老ではあっても、不死ではないのだ。
ただ、これ以上の犠牲を出さないように、皇城の奥にあった彼女の部屋は、空間を歪めて切り離した。
それにもともと彼女には、国をどうこうしようとか、人と争いたいとかいう欲はない。
ディーンファルトと再会した時に、彼に愛される自分でいたいだけだ。
彼は、約束したのだ。
「きっとまたコーデリアのもとに戻ってくるから、それまでちゃんと生きて待っているんだ。もう一度会えたら、また恋をして結婚しよう。そして、今度こそ二人で一緒に歳を取って、大往生だと笑って人生を終わりにすればいい。
そんな私の我儘を、どうか許してくれ」
そう言って笑った彼は、知っていたのだ。
約束がなければ、コーデリアが後を追って自らの命を終わらせることを。
だから、ありったけの魔法を彼女にかけて、逝ってしまった。
自分の我儘だと笑って。
本当に酷い男だ。それなのに、どうしようもなく愛しい。
魔法を極め、今は魔女だと言われる彼女は知っている。
この不老と防御の魔法は、自分なら解くことが出来るのだ。
出来るのに、解けない。これはディーンファルトの愛情の証だから。
そしてコーデリアがそうすることを、彼は予測しながらも、少しも疑っていなかったのだ。
だから、ずっと待ち続けている。
戯れのように他者に「もう終わらせて」と言いながら、自分ではその覚悟を持てないのだからしょうがない。
もう一度ディーンファルトに出会って、二人で生きていく為だけに、彼女は生きている。
このファリザート帝国の城の最奥で、彼が戻ってくる場所を守りながら、生き続けているのだ。
皇帝の執務室には、外交を担当する文官が待っていた。
ダリウスの側近であり、魔女の事情も知る者だ。名をアルト・ドーエンという、伯爵家の嫡男だ。
彼は先日まで、「戦争が起きるほどではないが付き合いにはかなり気を遣う国」、つまりはあまり友好的ではないベルン王国に、諸々の条約を結ぶ為に訪れていたのだ。
アルトは魔女が現れると、まるで通常の業務報告をするような気安さで口を開いた。
「魔女殿、貴女を守護するその魔力と、同じ魔力を持った青年に会いました」
瞬間、周囲を圧倒する程の魔力が迸ほとばしる。
ダリウスは慌てて、自分と側近を守るべく結界を発動させ、扉の外に立っていた近衛もただならぬ様子に許可を待たずに扉を開けた。
「先生! コーデリア! 鎮まれ!」
声に威圧を乗せて叫んだダリウスに、コーデリアは我に返る。
「あ、ごめん、なさい」
執務室の書類や小物はそこら中に散らばっていた。
家具は壊れていなかったが、これは、酷い。
バツが悪そうに謝る魔女に近衛も胸を撫で下ろし、皇帝が手を振って退室を促したため、素直に部屋を出て扉を閉じた。
コーデリアは、魔法でサッと散らかった部屋をもとに戻す。
「お前もなアルト、もう少し、こう、小出しにするとか出来なかったのか?」
ダリウスは原因である側近に向けて、恨めしげな視線を送る。
「常日頃、ぼんやりとしている魔女殿が、心を乱すコトが想像できなくて……」
「お前、よくその言い草で、外交を上手くやってるなあ」
「本音と建前を使う場所は、弁えております」
アルトが至極真面目な顔で答えるので、ダリウスはいろいろ諦めた。
確かにコーデリアの感情はいつも凪いでいて、それを荒立てるのを見たことはない。ぼんやりとして見えるかもしれないが、永い時を生き続けている彼女にしてみれば、大抵のことは些細な出来事として処理されているのだろう。
しかし、それをぼんやりなどと、堂々と本人の前で言ってのけるアルトはどうなのか。
コレでも彼は、仕事は出来るのだ。
魔力感知に長けていて、コーデリアを守護する魔力を見分けて、同じ魔力を持つ人物を特定出来たのも素晴らしい。おそらくアルトでなければ気付けなかった。ついでに……いやこっちが本題だが、ちゃんと外交成果も持ち帰ったのだから、褒めてやるべきだ。
だが今はそれよりも先に、やるべき事がある。
「アルト、で、続けて。さっきから先生の視線が鬱陶しい」
部屋を片付けた魔女は、アルトの話の続きを今か今かと待っている。
その期待に満ちた視線が痛いほどだ。いや、多分抑えきれない魔力が地味に刺さっている気がする。
一応、ベルン王国に飛び出していかないだけの理性は残っているのだろう。
ここでいきなり魔女がベルン王国に突撃したら、下手をすれば戦争になる。
アルトはチラリと皇帝と魔女を見たが、我関せずと淡々とした口調で話しだす。
「かの青年は、カイルディーン・フォン・レガード。ベルン王国レガード公爵家の次男です。
3代前のうちの皇女が、政略結婚で当時のベルン国王に嫁いでますよね。で、その息子の一人が公爵となりまして、その初代公爵の孫にあたります。年齢は18。優秀な魔法使いとして、国の中枢で勤めているそうですが、魔力量は魔女殿よりも少ないかと」
「カイルディーン……ディーンはどんな様子なの?」
「残念ながら、魔女殿の記憶はなさそうです。というか、生まれ変わりなんて本当に起こりうるのか、私はまったく信じていないのですが、貴女を覆うその魔力と、彼の持つ魔力が同じだったので、仕方なく報告したまでです。
後は、彼の容姿ですね。銀髪に蒼眼をお持ちです。
……ああ、他の公爵家の方々には見られないその色は、うちの皇女の血筋だという理由でさほど問題視されてはいません。
ただ、魔女殿の名には反応せず、我が国に抱く感情も、特別なものはありません。ベルン王国の一般的な貴族と、同じ反応です」
「そう……」
一言答えて、コーデリアは目を伏せて黙り込んだ。
先程部屋を荒らすほどの魔力を無意識に放出した彼女が、黙り込んで何を考えているのか、そして何を言い出すのか? ダリウスは少し恐ろしい。
こちらも口を結んだまま、じっと様子を窺う。
「じゃあ、まずはベルン王国と気楽に行き来できる関係を作り上げて、ディーンに会いにいかなければね。
そして、彼にもう一度恋してもらえるように、色仕掛け?も頑張らなくてはいけないわ。
例えディーンが私を覚えていなくても、もう一度結婚出来るように……待ち続けているだけじゃ、何も始まらないもの」
そう言って、顔を上げて微笑んだ魔女は美しかった。
ダリウスは、それはもうディーンファルトとは別人なのではなかろうか?とチラリと思ったが、口には出さない。多分、それでも彼女は再会を望むだろうし、とりあえず今のところは意外とまともな反応だ。と、色仕掛け云々は聞かなかったことにする。
どちらにしろ、ずっと待ち続けた魔女を助けてやりたいと思うほどの、恩と情くらいは、彼も持ってはいるのだ。
取りあえずは「作戦を立てるから詳しい状況を報告しなさい」と、魔女に捕獲されたアルトは放置して、ダリウスは机に向かい自分の仕事を片付け始めるのであった。
ここまでが短編でした。
この後のお話が本編になります。




