皇城に棲む魔女 1
連載版用に少しだけ改稿しています。
本日は2話。
明日から毎日10時に、1話ずつ更新します。
最終話まで予約投稿済み。約3週間お付き合いいただけると嬉しいです。
「もう、ずいぶんと永いこと待っているんだけどね。そろそろ終わりにしてもいいかな」
ファリザート帝国第48代皇帝ダリウス・ゼインディア・ル・ファリザートが、皇城の最奥に棲む魔女を訪ねると、振り向きざまの彼女の第一声がそれだった。
長い艶のある真っ直ぐな黒髪を背に流し、物憂げにこちらを見た女の年の頃は20代半ば。
西側に窓のある、いくつもの本棚と大きめの机と椅子が一つずつ置いてあるその部屋は、魔女の為の部屋だ。彼女は午後の時間、大概そこで本を読んでいるか書き物をしている。
部屋の奥には階段があって、そこを上がると彼女の寝室と小さなキッチンと浴室があるのだが、皇帝ダリウスといえど、さすがにそこまで入ったことはない。
魔女に用があるときは、まずこの部屋を訪ねるのが常だった。
ダリウスは、入室して早々の魔女の物言いに、大きなため息をこぼした。
「その台詞、俺が即位してから何度目ですか」
「だってほら、そろそろコレで棚もいっぱいになるし……ダリウスなら、私を殺せるでしょ?」
魔女がペンを軽く振って指したのは、手元にある日記帳。そして視線を流して示したのは、同じような冊子を収めている棚。
床から天井まで届く本棚がこの部屋には10以上あるが、日記帳を収めているのはそのうちの1つ。机の隣に置いてある、他よりは小さめの棚だ。もう、1000冊近くなるらしい。
年に一冊ずつ新しくなる魔女の日記帳は、ダリウスが即位して4冊目になる。
そしてこのやり取りは、何度目になるのだろう。
「殺せなくはないでしょうが……先生を殺すと各所から恨まれそうですし。それに多分、俺も無事では済まなそうです」
「そう。それはシェリーに悪いから、無理か。で、用があるのよね? 執務室で聞こうか」
芸もなくいつもと一緒の答えを返した皇帝に、魔女はペンを置いて、立ち上がる。
「ええ、お願いします。ベルン王国から戻って来たアルト(外交官)が、気になることを言っていまして。詳しい話を先生に聞いて欲しくて」
皇帝は魔女が廊下に出るのを待って、扉を閉める。
するとそこは廊下の壁と同化して、扉などどこにも見当たらなくなってしまった。
皇帝自らが用がある度に魔女の部屋に出向くのは、ファリザートの直系皇族だけが、この扉を認識し開ける事が出来るからだ。
現在この皇城にいるファリザートの直系は、皇帝とその子供達のみ。4年前に譲位した元皇帝は、離宮で老後(といってもまだ50代半ばだが)を楽しんでいるし、弟妹も結婚して外に出ている。ダリウスの三人の子は6歳を筆頭にまだ幼く、用事を言い付けることも出来ない。
魔女は、もう千年近くこの皇城の最奥に棲んでいる。といっても、彼女の部屋の扉はどうやら魔法で空間を捻じ曲げて別のどこかに繋げてあるらしく、寝室の扉からは城ではない別の場所に出られるらしい。
なんとも不思議なことだが、魔法を極めた魔女のやることだ。常識など当てはまる訳がない。
魔女の名は、コーデリア・ル・ファリザート。ファリザート帝国第3代目皇帝の弟、皇弟ディーンファルト・ライゼル・ル・ファリザートの妻だった女だ。
ディーンファルトは帝国史上最大の魔力量を持って生まれ、その大き過ぎる魔力を見事に制御して高名な魔法使いとなったが、その魔力量に身体が耐え切れず、30歳にして逝去。
彼は死に際、当時24歳の妻コーデリアに、生まれ変わって戻ってくるからと再会を約束し、彼女に不老と絶対防御の魔法をかけたという。
コーデリアもまた、ディーンファルト程ではないが、大きな魔力を持った魔法使いだった。幼い頃は上手く魔力制御が出来ず、幽閉されて育ったらしい。運良くディーンファルトに見つけてもらい、教育を受け制御出来るようになったのだという。
そんな二人が夫婦となり、夫と死別したときの彼女は、嘆き悲しみ後を追いかねない状態だったが、夫の言葉を信じ、それを頼りに生き続けることにしたのだ。
そうして千年近くをこの城で過ごしてきた彼女は、あらゆる方面の膨大な知識を有し、魔法は洗練され、今では皇族の教育を担い、助言者、そして時には守護者として、代々の皇族達には「先生」と、民には「賢者」と呼ばれて今に至る。
もう、なんの為に生き続けているのか?コーデリアが首を傾げるのも無理はない。
「本当に、いい加減、待たせすぎだよね」
そう彼女が小さく溢した声は、皇帝には届いていないのか? 答えることなく先を歩くダリウスの後ろを、コーデリアはゆったりと追う。
銀髪に蒼眼、鍛えられた躰を持つ皇帝のその姿。
ファリザート直系を示す銀と蒼は、かつてのディーンファルトも持っていたものだ。
魔法より剣の腕が立つダリウスは体格も良くて、どちらかといえば細身だった夫には全く似ていないけれど。
代々の皇族達が継いできたその色は、やはりディーンファルトを彷彿とさせる。
コーデリアにとって、ディーンファルトは世界の全てだった。
彼と出会う前のことは、もう忘れてしまった。
ディーンファルトと初めて出会った時から、彼の瞳からその光が消えるまでの、共に過ごした間の記憶と彼と交わした約束だけが、彼女を生かし続けている理由の全てだ。
ディーンファルトを失ったとき、彼の死を受け入れられなかったコーデリアは、酷いものだった。
彼の棺に縋り、その遺体を氷漬けにして、数カ月の間食事や睡眠も取らず泣き暮らした。
不老の魔法は、体内時間を止めること。何もしなければ食事や睡眠も必要とはしないのだが、魔法を使えば魔力を消費した分、食事や睡眠を取って回復させる。
溶けない氷の強力な魔法を維持し続けていた彼女はその影響が体に現れ、目の下に隈を作り、肌も荒れて、髪もボサボサになり、見るに耐えない状況だった。
そんな彼女に喝を入れたのは、当時の皇帝の妻、コーデリアの義姉にあたる皇后レイシアだ。
「なんというだらしのない姿を晒しているのです。
ディーンファルト様は、貴女に再会を約束したのでしょう? 今の貴女はその辺のゴミクズより酷いわ。そんなことじゃ、たとえ再会したとしても愛されないわね。
ディーンファルト様は、懸命に学び、ひたむきに自分を高め続けて、一途に彼を想って隣に立とうとした貴女を愛したのでしょう? せめてそのみっともない姿をどうにかして、自分を高める努力をしなさいな。今のままでは再会した時に愛想を尽かされてしまうわよ」
美貌の皇后が冷たい表情で告げた言葉は、割と怖かった。
内容もだが、その怒りの感情が。
ディーンファルトのファンだと公言していた本来穏やかな皇后は、コーデリアの目に余る様子に本当にキレていたのだろう。
鏡を見せられ、さすがにコレはないと、コーデリアは重く沈み込んでいた感情を無理やり飲み込んで顔を上げた。
それから少しずつ、彼女は食事を取り始め、心残りを断ち切るべく、氷の魔法消して棺の蓋を閉じた。




