刃はセット済
ひくっ、と喉が鳴ったのは、今度は演技じゃない。
いや、あれだって演技ってわけじゃない。はず。
斜め右側に座る公爵の顔が見れない。
ダラダラと汗をかくセルファは、それでもなんとか口を開く。
「恐れながら……わたくしは当事者として、またこの件で名誉を慮っていただく側として、公爵夫人と子息には王命の意義を認識し、罪に適当な処罰を受けていただきたいと考えております」
「そうだな」
「しかし、公爵はわたくしの名誉について検討くださり、充分に配慮いただいております。ですから、これ以上のことは望んでおりません。感謝と、わたくしの力不足の謝罪を申し上げます」
兄が『よく言った!』みたいな顔をしているが、セルファは内心怒り心頭だ。
慎重に、努めてゆっくりと、言葉を選ぶ。
「また、王太子殿下は式への参列のみならず、こうして直接事態の対応に当たってくださったことで、わたくしの心も救われております。国王陛下におかれましても、心穏やかに過ごしていただければ幸いです」
よし、言い切った!
もはや猫を被るのも限界に近づいているセルファは、後半声を震わせながらも最後まで綺麗にまとめた。
謎の達成感に身体が熱くなる。
「いや。国王陛下には、今回の件のみならず他にも色々とあるのでな。譲位を早めることが決定した」
ギロチンが落ちた。
一気に青ざめるセルファに構わず、なぜか公爵までもが身を乗り出す。
「我が妻は陛下に、度々無理な要求を叶えていただいていたようです。我が家としましても、妻との離縁は当然のこととして、息子の除籍と後継の変更を早期に進めてまいります。もちろん、あなたへの謝意は別に考えています」
表情すら作れなくなったセルファの顔が、微妙な笑みのまま硬直する。
さくっと離縁や廃嫡が決定した上、もちろん相応の罰を受けることとなる壁際の二人は蒼白だ。
「教会といたしましても、国王陛下には此度の責をお伺いする所存です。公爵閣下にも少々」
大司教がとどめを刺す。
(待って……本当に待って……)
セルファはただ、今日ここで婚姻式を挙げただけだ。
神殿内の庭園で堂々と不倫する男女に、腹が立ったし陛下に申し訳ないと思った。
嘆いて見せることでヴェルトが言い訳するなら、表面上は慈悲深く許して一生尻に敷けばいい。
開き直るなら、陛下に報告し、彼らは行いに応じた罰を受けさせればいい。
そう、思っていたの、だけれど。
想像以上にヴェルトが馬鹿な宣言をして、王太子が想像以上に怒っていて、陛下が色んなことをやらかしていて、兄が恐ろしい発言をしていて、大司教もかなり腹を立てていて。
(……まあ、なるべくしてなったのかしら)
すんっと冷静になった。
いつかは、どこかで綻びが出たであろう。
無理に婚姻したとして、白い婚姻が続けば王命に背くことになり。
結果的に女神様への偽りが露見して、大司教は役割として追及することになり。
公爵夫人はこれからも陛下に無理な要求をして、王太子がその後始末に奔走させられる。
馬鹿な男の尻拭いに一生付き合わされなくなったことが、セルファにとっては一番の成果だ。
(……では、まずは)
割と鬼畜な兄の発言を基に、破格の『謝意』を検討している男性陣を、うまく誘導して落としどころを見つけなければいけない。
「やはり、国内の令息は厳しいな。私が婚約を白紙にして、新たにセルファ嬢と婚約するか、もしくは帝国の……」
「侯爵が万一と言い出した時は何事かと思いましたが、何事にも備えは必要ですな。取り急ぎ、領地の産業の一つを……」
「王太子殿下の負担軽減のためにも、我々侯爵家と共に支えてくださればと思っています。つきましては、我が領との間の道路の…… 」
淑女らしく凛と背筋を伸ばして、顎を引いて、笑みを穿いて。
美しい所作で扇子を駆使して、たおやかに。
「皆様方のお考え、若輩のわたくしにはとても学びが多くございますわ」
和やかに柔らかく、場を華やかに。
海千山千の重鎮ばかりが相手では、力不足も甚だしいけれども、やらねばなるまい。
これはある意味、戦いである。
セルファの今後の安寧のため、心理的な断崖絶壁を攻略せねば。
「恐れながら、わたくし────」
お粗末様でございましたm(*_ _)m




