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現実を直視したところで…


重いウェディングドレスから喪服のような黒いレースのドレスに着替え、セルファは当事者が待つという控え室へと足を向けた。


婚姻式に黒いドレスは、あえて用意していたわけではない。

たまたまびっくり偶然そうなっただけ。本当だぞ。


セルファをエスコートする兄は、妹の冷えた手を包んで微笑む。

新緑の瞳の美丈夫は、気遣わしげにそっと声をかけた。


「可哀想なセルファ、無理をすることはないんだよ。話ならば、当主の私がいれば充分なのだから」


「いいえ……お兄様。女神様の御前で誓ったのは、わたくしも同じ。裁きがあるのなら、お受けしなければなりません」


「そうか……。だが、私はおまえが心配だよ。可愛い我が妹」


ポンポン、腕を掴んだ手を優しく叩き、兄はセルファに微笑んだ。


「気をしっかりもってね」


「はい。お兄様」


気丈に振る舞いながらも、わずかに声を震わせる哀れな花嫁の姿は、周囲の涙を誘った。


挨拶と共に踏み入った室内には、参列していた王太子とその婚約者、そしてヴェルトの親である公爵夫妻。

もちろん、夫となったばかりのヴェルトと、誓いを聞き届けた大司教も同席していた。


「やあ。心痛のところ、呼び立ててすまないな」


「ご配慮に感謝いたします、王太子殿下」


不倫相手の男爵令嬢はいない。

本来、顔を見ることもできない身分なのだから当然だ。

おそらく、すでに城の地下牢にでも送られたことだろう。


「まずは、ラウディ公爵令息。質問にのみ答えよ。そなたの先の発言、撤回する気はあるか」


「お、恐れながら! 私の愛は、」


「質問にのみ答えよ」


「……撤回は、いたしません」


公爵家は、この男にどのような教育をしたのだろう。

自然と視線は公爵夫妻へと向かい、顔を真っ青にした夫妻は息子を信じられないものを見る目で凝視した。


「……おまえは、自分が何を言っているのか、理解しているのか?」


震える声で、公爵が問う。夫人はもう顔色が白い。


「もちろんです、父上! 女の身で賢しさを鼻にかけ、私の愛しい人を見下す高慢な女など、公爵家の名を与えるだけでも過ぎたものでしょう!」


「おまえは……本当に、何を言っているのだ……」


「私は真実の愛を貫きます! その女は物置にでも押し込めて、死なない程度に養ってやればいい!」


「なんて残忍な方なの!」


思わずといったふうに悲鳴を漏らしたのは、王太子の婚約者。

席を立ってセルファに近づき、ぎゅっと守るように抱きしめた。いい香りがする。


「殿下、これ以上恐ろしいことを、セルファ様のお耳に入れないでくださいませ!」


「その通りだな。塞げ」


王太子がひらりと手を振り、険しい顔の騎士たちがヴェルトを部屋の隅に連れて行き、口を布でしっかり塞いだ。

柔らかく素敵な香りに包まれたセルファは、それを見ることもない。


「さて、と。公爵、夫人。この婚姻が王命であることは承知しているな? それも、夫人が陛下に懇願し、条件付きで王命を出した」


「で、ですが、ステファン! わたくしは、」


「私は今、国王陛下の名代としてそなたたちに問うている」


甥である王太子の名を呼んだ夫人に王太子が冷たく告げ、公爵は慌てて妻を抑え込んだ。


「我が妻が失礼をいたしました。もちろん承知しております、王太子殿下。息子にも、しっかりと私の方から説明しております」


「あなた! ヴェルトが可愛くないの!? 愛する人とは結ばれずとも、王の命ならばとあの子も言っていたのに!」


「おおかた理解した。夫人の口を塞げ」


今度は女性騎士たちが動き、泣き喚く夫人の口に布を巻きつける。

息子と並び、なんとも似た者親子である。


「王命とは『王の決定』である。言うまでもないが、白い婚姻は王命を遂行したとは見做されない。公爵、王命に背いた場合の罪状と処罰を答えよ」


「……王への叛意および王政への反逆。重罪により、高位貴族であれば処刑または焼印の上強制労働、王族ならば処刑または毒杯を賜ります」


壁際のヴェルトと夫人がぎょっと目を見開くが、まさか知らなかったわけでもあるまい。


「教会といたしましても、女神様の御前での偽誓、そしてあろうことか教会内での不義。教皇猊下に破門を進言する所存でございます」


「そうだろうな」


大司教の言葉を王太子が肯定したことで、二人が破門になる可能性が出てきた。

もし破門を公に宣言されれば、この国では差し伸べる手はほぼないと見ていい。


茫然自失とする二人の今後は、かなり厳しいものになるだろう。



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