過去
平和の訪れた森の中央で、悠真はルナとアラクネに囲まれ、静かに座っていた。
朝陽が木々の葉を金色に染め、遠くで子供たちの笑い声が響く中、悠真はふと尋ねた。
「みんなの過去……もっと詳しく聞かせてくれないか。
災厄の前に、どんな日々を送っていたんだ?」
ルナが低く頷き、金色の瞳を細めて語り始めた。
その声は、遠い記憶を掘り起こすように重く、しかし穏やかだった。
「我が一族の故郷は、『月光の森』と呼ばれていた。
深い緑の木々が空を覆い、川が銀のように流れ、夜になると月光が葉を透かして幻想的な光を落としていた。
我らはその守護者として生きていた。
月狼王の血統を継ぐ我は、当時の長の末裔として、群れを統べ、森のバランスを保っていた。
仲間たちは満月ごとに集まり、遠吠えを上げて命の輪を祝った。
子狼たちは川辺で遊び、老狼たちは木陰で語り合う。
争いは少なく、豊かな果実と獲物がいつもあった。
災厄が来るまでは……」
ルナの声がわずかに震えた。
「百年前、闇の魔導士・アークスが現れた。
彼は禁断の呪文『枯渇の霧』を解き放ち、森を覆った。
霧は植物の根を腐らせ、水源を干上がらせ、土を不毛に変えた。
我が一族は戦った。
月光の疾風で霧を切り裂き、牙で魔導士の配下を噛み砕いた。
だが、霧は無限に湧き、仲間は次々と倒れた。
子狼は飢えに耐えかね、母狼は傷つきながら守り、老狼は最後の遠吠えを上げて息絶えた。
森は枯れ、川は砂に埋もれ、我らは散り散りになった。
我は長として、生き残った者たちを探し続けたが、見つかるのは死体ばかり。
飢えと傷に苛まれ、死の淵で這いずり回った日々……
お主の果実に引き寄せられるまで、希望など持てなかった」
ルナの瞳に、銀色の光が揺れた。
「我らは、ただ生き延びるために戦う獣だった。
だが、今は違う。お主の緑が、我らに絆と目的を与えた」
次に、アラクネが優雅に糸を紡ぎながら語り始めた。
彼女の声は、鈴のように澄んでいたが、言葉の端々に深い悲しみが滲んでいた。
「我ら影蜘蛛の一族は、元来、闇の霧に生まれた獣。
アークスが霧を広げた時、我らはその産物として生まれた。
影の奥深く、暗い洞窟や枯れた森の底で、肉食の衝動に駆られ、互いに食い合いながら生き延びていた。
女王として生まれた私は、子らを産み、群れを率いたが、住処は常に脅かされた。
霧の力が強まるたび、獲物は減り、飢えが襲ってきた。
仲間たちは飢えに耐えかね、互いに牙を剥き、子蜘蛛は母の腹から食い破って生まれることもあった。
私は女王として、群れを守るために戦ったが、傷は癒えず、子らは次々と死んだ。
ある日、霧の嵐が吹き荒れ、住処の洞窟が崩壊した。
我らは逃げ惑い、荒野をさまよい、飢えと傷に追い詰められた。
最後の希望は、女王として子らを守ることだけだった。
だが、瀕死の状態で森に辿り着いた時、もう限界だった……
お主の果実がなければ、我らはそこで絶えていた」
アラクネの銀糸が、朝陽を反射して輝いた。
「我らは、ただの獣として生まれた。
飢えと闇に縛られ、知性すら薄れていた。
だが、主様のサンジーバニーが傷を癒やし、月影の実が知性を与え、軍団へと変えた。
今、我らは守護者として生きる。
主様の楽園を、命に代えても守り抜く」
狼と蜘蛛の一族が一斉に頭を下げ、森全体が静寂に包まれた。
悠真は胸が熱くなり、静かに言った。
「みんなの過去を知って、俺はもっと強く思った。
これからも、一緒にこの大地を豊かにしよう。
過去の苦難は、もう終わったんだ」




