惨状
かつて軍靴が草を踏みしめていた街道は、今や見る影もなかった。
そこには「死体」が転がっているのではない。粘着質な白い糸に絡め取られ、繭のような塊と化した「物」が、不気味な果実のように木々から吊り下がっている。抗った跡だろうか、泥濘にはへし折られた槍と、主を失い歪にひしゃげた鉄兜が、血混じりの水溜まりに沈んでいた。
辺りを支配しているのは、粘りつくような死の静寂だ。
時折、風が吹くと、吊るされた繭がガサリと音を立てて揺れる。その中から聞こえるのは、人の声ではない。獲物の体内に注入された毒が回る、微かな泡立ちのような音だけだ。
さらに惨烈なのは、狼たちが駆け抜けた道筋だった。
強固なはずの鋼鉄の胸当ては、まるで紙細工のように鋭い爪で引き裂かれ、その断面には獣の獰猛な力が刻み込まれている。逃げ惑った兵士たちの足跡は、ある一点で途絶え、そこから先は引きずられたような赤黒い筋が、深い藪の奥へと伸びていた。
狼たちが牙を剥き、蜘蛛たちが影から糸を伸ばしたあの一瞬――。
それは戦闘というよりも、一方的な「作業」に過ぎなかった。
狼の一頭が、血に濡れた口元を隠そうともせず、満足げに喉を鳴らしている。足元では、小さな蜘蛛たちが無数に這い回り、散乱した武具を分解するかのように糸で覆い始めていた。
――闇の要塞の奥で、アークスは玉座に身を沈め、霧のヴェールをさらに厚くした。
残滓の軍団を派遣してから、数日が経過した。
報告はなく、気配すら途絶えている。
アークスの心に、冷たい恐怖が忍び寄っていた。
百年前の災厄で不毛にした大地が、緑に染まり始めているという噂。
狼の遠吠え、蜘蛛の糸の痕跡。
それだけでも十分に脅威だったが、今、軍団の沈黙がすべてを物語っていた。
「なぜ……なぜ戻らぬ。
あの軍団は、霧の精鋭だぞ。
緑の異変など、焼き払えば終わりのはず……」
アークスの声は震え、杖を握る手が白くなった。
霧の支配が弱まっている。
月影狼が蘇り、影蜘蛛まで結託しているのでは?
奴らのオーラは霧を浄化し、糸は魔力を絡め取る。
かつて滅ぼしたはずの存在が、復讐の牙を研いでいる。
アークスは目を閉じ、過去の栄光を思い浮かべたが、代わりに浮かぶのは敗北の幻影。
力が失われた今、奴らに立ち向かえるはずがない。
「まさか……月狼王が……いや、そんなはずはない。
だが、もしあの蜘蛛どもが進化していたら……」
恐怖が胸を締め付け、息が浅くなる。
アークスは部下を呼び、声を絞り出した。
「さらなる偵察を……いや、待て。
奴らの影がここまで伸びてくる前に……」
怯えは止まらず、要塞の闇がさらに深くなった。
アークスの恐怖は、大地の緑とともに、日増しに膨らんでいく。




