蜘蛛
それから数週間が過ぎ、悠真の森はさらに広がっていた。
狼の一族が守護し、月影の実で進化した彼らは、荒野の脅威を次々と退けていた。
サンジーバニーの効果で、悠真の能力使用も安定し、畑は豊かな収穫を続けている。
ルナは相変わらず悠真の傍らで、群れを統べながらアドバイスをくれる。
不毛の大地は、少しずつ緑のオアシスへと変わりつつあった。
ある日の夕暮れ。
荒野の地平線から、不気味な影が迫ってきた。
最初は砂塵かと思ったが、近づくにつれ、その正体が明らかになる。
巨大な蜘蛛の一団――影蜘蛛。
体長は優に2メートルを超え、黒い甲殻に覆われ、8本の脚が砂を掻き立てて進む。
目は赤く輝き、毒針のような牙が覗く。
だが、彼らはただの侵略者ではなかった。
体中深い傷を負い、脚が折れた者、甲殻が割れた者もいる。
群れの中心にいるのは、特に巨大な一匹――「若き女王」。
彼女の体は瀕死の状態で、腹部に大きな裂傷があり、黒い体液が滴り落ちている。
一団は悠真の森に雪崩れ込み、力尽きたように倒れ込んだ。
ルナが低く唸り、群れの狼たちが警戒態勢を取る。
「主よ、危険だ。奴らは影蜘蛛……闇の霧に生まれた獣。
普段は肉食で、容赦ない」
狼たちが牙を向く。
瀕死の女王は、震える脚をゆっくり持ち上げた。
赤い目が鋭く輝き、毒牙を剥き出しにする。
最後の手負いの反撃。
彼女は狼に向かって牙を向けようとし、弱々しい唸りを上げた。
しかし、その脚は激しく震え、力が入らない。
視線を後ろにちらりと移すと、彼女の腹部に隠された小さな卵の塊が見えた。
いや、よく見れば子蜘蛛たち。
まだ孵化直後らしく、弱々しく母の体にしがみついている。
女王の動きは、攻撃ではなく、守るためだけ。
子らを護るための、必死の威嚇だった。
悠真は立ち上がり、自分を殺そうとするその鋭い眼光を真正面から見つめた。
毒牙がわずかに近づくが、悠真はあえて無防備に歩み寄る。
手を広げ、ゆっくり近づく。
「大丈夫だ……俺は敵じゃない」
女王の体から、瀕死の状態でも放たれる「王者の威厳」が溢れていた。
それは、ただの獣の威嚇ではない。
深い闇を生き抜いた支配者の気高さ。
悠真は圧倒され、胸に一種の畏怖の念を抱いた。
傍らでルナも、金色の瞳を細めて女王を見つめていた。
月狼王として、同じく王者の威厳を認めたのだろう。
ルナの心にも、同じ敬意が芽生えていた。
「恩人よ……奴は、守るべきものを抱えている。
我も、かつての我が一族のように。
ここで死なせては、ならぬ」
悠真は頷き、再び実の汁を女王の口元に優しく押し込んだ。
群れの蜘蛛たちは不安げに脚を動かすが、女王の威厳に押され、抵抗を止めた。
実の効果が、ゆっくりと現れ始める。
ポケットから、あの白い実――サンジーバニー――を取り出す。
今では能力でいくつか育て、ストックしていたものだ。
悠真は実をすり潰し、汁を女王の傷口に塗り、口元に押し込んだ。
「これで、少しは良くなるはず……」
実の汁が女王の体に染み込む。
群れの蜘蛛たちは不安げに脚を動かすが、抵抗はしない。
悠真は祈るように見守った。。




