苛立ち
――闇の要塞の奥、薄暗い玉座の間。
アークスは苛立たしげに指を叩き、霧に覆われた目を細めていた。
残滓を送ってから、数時間が経過している。
偵察の報告が来ない。
周囲の部下たちは息を潜め、主の機嫌を窺う。
アークスは弱々しい体を起こし、低く唸るように言った。
「なぜ戻らん……あの愚か者が。
不毛の大地など、ただの砂漠のはず。
緑の異変など、ありえぬはずだ。
報告が遅い……業腹だ」
アークスは杖を叩きつけ、黒い霧を少し濃くした。
力が失われている今、霧の維持さえ辛い。
百年前の栄光が、遠い記憶のように感じる。
部下の一人が恐る恐る進み出た。
「主よ……もしかすると、何か妨害が……」
アークスは目を剥き、声を荒げた。
「妨害だと? あの大地に、何がいるというのだ。
月影狼の残党など、霧で絶滅したはず!
あいつらが生き残っていたら……いや、そんなはずはない。
だが、もし……もし月影狼が蘇っていたら……」
アークスの声が震え、怯えの色が混じる。
月影狼は闇の霧を浄化する力を持つ、天敵。
災厄の前に戦い、絶滅させたはずの存在。
今、力が失われた身で対峙したら、ひとたまりもない。
「くそ……あの霧が弱まっているのか。
残滓め、早く戻れ。報告せよ……」
アークスは玉座に沈み込み、霧をさらに濃くして身を隠した。
怯えが胸を締め付ける。
月狼王が誕生しているなど、夢にも思っていない。
要塞の闇に、不安の影が広がる。




