番外編Ep.1 セシリアの出産
今年も社交期間に入り、多くの貴族たちが領地から王都へ移動して来た。
セシリアは臨月に入っており、現在はお茶会も夜会への出席も控えている。
彼女と婚姻したことは正式に公表し、私が帝国の筆頭であるクロード公爵家の者だということも知れ渡ったようだ。
普段はあまり出ることはないが、極まれに断れない会合などがある際はセシリアの代わりに出席する。
この国は明るい髪色が好まれる為、私の黒髪は長く嫌悪の対象だった。
執事だった頃は見向きもされないどころか蔑むような視線を向けていた者たちが、今では好意的に接してくるのを見ると面倒だという気持ちもあるが、それ以上に滑稽でしかない。
帝国の筆頭公爵家出身という身分に群がって来ているのは明白だ。
中には未婚の令嬢や未亡人などがお誘いにやってくることもあるのだから、冷笑しか出ない。
社交界で『闇夜の女王』という二つ名を持つセシリアという妻がいるというのに……余程自分に自信があるのか知らないが、羽虫如きが図々しいにも程がある。
会合の帰途、ブランシェ侯爵家の家紋を掲げた馬車の中で深く溜め息を吐いた。
……屋敷に戻ったら、セシリアに甘やかしてもらおう。
————そして、ついに出産の日を迎えた。
朝起きた時から違和感があったようだが、本人もいまいち確信が持てないまま朝食を摂っていると、セシリアのカトラリーの動きが止まった。
「……? どうかしたのか?」
「……ノイン。 破水したみたい」
今まで見たことのない表情で呆然としながら告げられた言葉に、私は弾かれたように立ち上がり彼女の傍へ駆け寄った。
椅子をずらしてみると、ゆったりとした妊婦用のデイドレスがぐっしょりと濡れており、椅子の下も水溜まりのようになっていた。
濡れて気持ち悪いのに、戸惑ってどうすればいいのか分からないのだろう。
すぐに彼女を抱き上げ、出産用に整えた産室へと急いだ。
「誰か! 産婆を呼んで来い!!」
従僕は私の形相に焦りながらも指示に従い、走って行った。
いつもなら注意するところだが、今は緊急だから目を瞑る。
「セシリア、大丈夫か?」
「ええ……。 まだ痛くはないけれど、ドレスが気持ち悪いから着替えたいわね」
どちらにせよ出産用の服に着替えなければならない。
侍女を呼んで着替えを指示すると、私は一度退室した。
産婆が到着して産室へ入ると、セシリアは既に着替え終わっていたが、本格的に陣痛が始まったようで時折、顔を歪めている。
「セシリア……!」
「……大丈夫……まだ、産まれるまで時間がかかるみたいだから……」
痛みに耐えながら無理に微笑もうとする姿に、胸が酷く痛んだ。
出産ギリギリまで傍にいてもいいという産婆の許可をもらい、痛みの波が来る度に腰を摩ったり果実水を飲ませたりと出来る限りのことをしたが、所詮男に出来ることなど多くはない……。
「もうすぐ産まれそうですね。 旦那様はそろそろ出てくださいな」
顔に深いシワが刻まれた熟練の産婆は、笑顔なのに妙な圧を感じさせる。
私は大人しく産室から退室した。
破水してから既に六回、時を伝える鐘が王都中に鳴り響いている。
隣室で待機しながらソファに座り、目を閉じて膝の上に肘を突き、祈るように組んだ手を額に当てていた。
神など信じていないが、この時ばかりは縋りたくなった。
壁の向こう側からセシリアが苦しむ声が聞こえてくる気がする。
しばらく経ち、扉が叩く音に勢い良く顔を上げて返事をすると、出産を手伝っていた使用人がやって来て、無事に子が産まれたことを告げた。
弾かれたように隣室へ移動すると、疲労感を滲ませたセシリアがベッドで半身を起こしていた。
いつもより大きな歩幅で彼女の傍らに寄り、強く抱きしめた。
「……無事で良かった……」
「ふふっ。 ほら、父親になったのだから顔を見てあげて」
彼女は安堵している私の背に手を回してトントンと叩くと、腕の中から抜け出し、生まれたばかりの子を乳母が連れて来た。
生まれた子は女の子だった。
私と、セシリアの娘————瞼が熱くなり、視界が滲み始めるのを必死に堪えた。
乳母に促されるままに腕を差し出すと、ずしりともふわりともつかない不思議な重さが両腕に乗った。
こんなにも小さいのか……。
手も、足も信じられないほど小さく、それでいて確かにここにいるという存在感を持っている。
「セシリア。 私に新しい家族を増やしてくれてありがとう」
「どういたしまして。 女の子だから、この子の名付けは私ね!」
穏やかに応えた後、無邪気に名付けの権利を主張してくる。
生まれた子が男の子であれば私が、女の子であればセシリアが名付けることに決まっていた。
「……うん、決めたわ! この子の名前はシェリーにするわ」
「シェリー……愛される人、か」
不遇の時期を長く味わった彼女の、願いなのだろう。
「まあ! お姉様のお色を継いでいて可愛いらしいわ!」
出産して一月経った頃、王妃であるヴィクトリアと王子たちがブランシェ邸へお忍びでやって来た。
……顔立ちは私に似ているはずなのだが、そこに触れないのはヴィクトリアらしい。
「ルシアン、ルチア。 見てご覧なさい。 シェリーちゃんよ」
乳母たちに抱かれた双子たちは、自分たちよりも小さな存在に興味を示しているようだ。
「お従兄様。 シェリーちゃんをルシアンの妃に……「駄目だ」 」
不敬ながら、ヴィクトリアの後に続くであろう言葉を遮った。
この子を王族に嫁がせるつもりはない。
ルシアン殿下を信用していないわけではないが、王族の婚約者として長年苦労したセシリアを思うと、彼女もきっと望まないだろう。
名前に込められた願いの通り、シェリーには心から愛する者と結ばれて欲しい。
……まあ、しばらくはそんな日はこないだろうし、少なくとも私に敵う者でなければ認めるつもりはない。
親馬鹿と言われようと、娘を守れない男など話にならない。
そう告げるとヴィクトリアは呆れた顔をし、セシリアは「ふふっ」と小さく笑った。
————————
シェリーが生まれてから、屋敷の中が明るくなった気がします。
乳母や侍女たち以外の使用人は、あまり見る機会がないけれど、それでもたまに視界に入ると微笑ましいとでもいうかのような表情を浮かべています。
ノインがシェリーを溺愛するだろうことは予想していましたが、想像以上でした。
シェリーという名の意味を、私が長年冷遇されていたことに由来すると思っているようですが、ノインも幼い頃から緋色の瞳のことで周囲から理不尽な仕打ちに遭っていました。
この子の髪と瞳の色が私と同じだったことを知ったとき、こっそりと安堵した表情を浮かべたことに気付きましたが知らないフリをしています。
ノインのことですから、気付いているかもしれませんが……。
この幸せがずっと続けばいいと、私は静かに願うのでした。




