Ep.6 他人
アーサーは無言がセシリアの答えなのだろう、と思うと胸の痛みを更に強く感じた。
「セシリア…一緒にアシュフォード公爵家に戻らないか?王都が嫌なら領地でもいい。手紙を受け取らなかった事も聞いた。私のことを恨んでいる事も分かっている…だが、あんな風に使用人にまで蔑ろにされ、虐げられていると知った以上、兄としてセシリアをこのまま、ここに置いておけない…」
アーサーは、やはりレオンハルトがセシリアを蔑ろにし、更に使用人たちにまで虐げられていた事が、どうしても許せずにいた。
いくら噂を真に受け、誤解をしていたとしても、セシリアは公爵令嬢だったのだ。
たかが、使用人ごときに軽んじられていい存在などではない。
アーサーは、沈痛な思いと抑えきれない怒りに顔を歪ませたまま、セシリアにすがるように「償いをさせて欲しい…」と伝えた。
そんなアーサーの言葉にレオンハルトは深い罪悪感を覚え、じくじくと胸が痛んだ。
「兄として…必要ございませんわ。私は、今更アシュフォード公爵家に戻るつもりなど、ございません」
セシリアはアーサーを、何の感情も感じられない瞳で、真っ直ぐと見ながら拒絶の意を示した。
その言葉に更に顔を歪め、うつむく姿を視界の隅で捉えながら、レオンハルトは先ほどから気になっていた事を問いかけた。
「…先ほど、別邸を借りていると言ったな…生活費などはどうしている?それに屋敷の門から出入りしているわけではないのだろう?」
「ご心配なさらなくても、辺境伯家の予算には手を付けておりませんわ。誰かが部屋を訪ねて来たら、私に知らせが来るように魔法をかけておりますので、知らせが来たら転移魔法であの部屋に戻って対応しておりますわ」
「先ほどは少々立て込んでおりましたので、来るのが遅れてしまいましたが」と付け足しながら話した。
セシリアにも一応、辺境伯夫人として最低限の予算が組まれている。
それをセシリアが使っているかどうかは、レオンハルトは把握していなかったが、ハンスからは報告がなかったため、予算以内で使っているのだろうと思っていた。
いくら辺境伯夫人の予算と言えど、別邸を借りて、更に生活費を賄うほどはないはずである。
しかし、セシリアは辺境伯家の予算は使っていないと言った。
つまり、他に資金源があるという事だが、それを深く問いただす事はしなかった。
…いや、できなかった。
部屋の中に重い沈黙が流れるが、我関せずとばかりにセシリアは態度を変えることはない。
しかし、三人の様子を見て埒が明かないと思ったのか、ため息を吐いた後で「殿下も小公爵様も先ほどから、償いをしたいとおっしゃいますが」と話し始める。
「私、アシュフォード公爵家の者も、王家も、一部を除いた他の貴族たちも…信頼も、信用もしておりませんの。ですから、あなたたちの言葉など私にとっては塵と同じですわ」
その言葉は、その場にいた者たちの胸に深く突き刺さった。
セシリアは一度そこで話を切ると、話の最中にハンスが淹れてくれた紅茶のティーカップを美しい所作で持ち、それに口をつけると話を続けた。
「殿下から婚約破棄を叫ばれた時も、特に何も感じておりませんでしたわ。せいぜい、『そうでしょうね』くらいでしょうか。昔からアシュフォード公爵夫妻も、小公爵様も、殿下も…クララ嬢の言うことをすべて鵜呑みにされて、自分の目で見ることも、耳で聞くこともせずに物事を判断されていらっしゃってましたもの」
「な、なぜ、父上や母上のことを、そんな呼び方…」
これは、目の前にいるのは、本当にセシリアなのだろうか?
自分たちが知っているセシリアとの違いに、ハインリヒもアーサーも戸惑いながらも語られた言葉にショックを受けた。
まるで、赤の他人の事かのように話す姿に、かすれてしまう声を無理やり絞り出しながら、アーサーはおそるおそる問いかける。
「…なぜ?ですか。公爵夫妻や小公爵様もクララ嬢も…もはや他人でしょう?正確に言えば、私が結婚する前から『血の繋がりしかない家族』でしたが、他家の者になりましたので、今では『血の繋がりだけがある他人』ですわね」
その返答にアーサーの顔色は真っ白になった。
婚約破棄のことで恨まれていたわけではなく、まさか、それ以前から見切りをつけられていたとは…想像だにしていなかった。
セシリアの発する言葉一つ一つが、氷のように冷たい刃に変わり、胸に次々と突き刺さると、深くえぐった。
セシリアは再び紅茶を一口飲むと、持っていたティーカップを音をたてずにソーサーの上に戻し、視線をハインリヒに向けながら問いかけた。
「それで、クララ嬢はどうなりますの?あんな大勢の人の前で婚約破棄を叫ばれたうえ、その場で新たな婚約者に指名されたのです。公爵家と王家が同意の上で、正式に婚約を結んだ以上、再び婚約を解消する事は許されませんでしょう?」
セシリアから放たれた鋭い視線が、ハインリヒに痛いほど突き刺さるが、その視線から逃げるかのように視線を逸らしてしまった。




