Ep.51 与えられたチャンス〜セオside
オッサンから紹介された少女は冒険者の装いだったが、纏う空気感や所作を見れば、貴族だということは容易に推測できた。
……こんな子どもに、一体何を教わればいいと言うのか。
オッサンの言う『心当たり』が、お貴族様に教えを乞うことだと知り、俺は拒絶した。
だが無理やり連れて行かれ、おまけにその相手が少女だと分かり、俺は酷く貶められたような気分になった。
俺はあからさまに不貞腐れて、少女から顔を背ける。
そんな俺の態度を見ても、彼女は怒るわけでもなく、ただ淡々と一言。
「あなたは何を望むのかしら?ただ『身分』が欲しいだけ?」
⸺⸺鈴の音のような澄んだ声。
なのに、抗いがたい威厳のようなものを感じさせられた。
質問の意味が分からず、俺は訝しげに視線を向ける。
「今のあなたでは、貴族の『身分』を得ることは出来ても、その『権利』を行使することは無理ね。仮に順番が回ってきても、豚に真珠…… すぐに剥奪されてお終いだわ」
少女はそう言い捨てると、鼻で笑った。
その瞬間、頭にカッと血が上り、彼女に掴みかかろうとしたが、何故か指一本動かすことが出来ない……。
視線だけ落として自分の体を見れば、漆黒の影が俺の全身を縛り上げていた。
必死に逃れようと藻掻くが、びくともしない。
少女はそんな俺を視界に入れることもなく、優雅に紅茶を嗜んでいる。
拘束されたことで俺の怒りは更に過熱し、「お前に俺の何が分かる!」と叫ぶように怒鳴りつけた。
「さあ、何も分からないわ。私には関係ないもの。私はただ、ギルドマスターに『あなたを預かって欲しい』と頼まれただけですし」
少女は持っていたカップを、音も立てずにソーサーの上に置いた。
「あなたは、『貴族』というものを軽く見ているのではない? 着飾って贅沢をし、自分より身分が下の者に威張り散らす…… と、いったところかしら?」
俺が抱いていた貴族像を正確に突かれ、居心地が悪くなり顔を背けてしまう。
少女は、そういう『愚か者』は確かにいるが、それでは俺のなりたい貴族は務まらないと告げた。
俯きながら、呟くように理由を問うと、彼女が答えるより先に、ずっと傍観していた男が初めて口を開いた。
「その前に……お前を拘束しているそれは闇魔法だ。リアは全属性魔法が使える。お前が無駄に暴れなければ拘束を解いてやるが、どうする?」
男の瞳からは感情が読み取れず、雰囲気からも只者ではないのが分かる。
「……分かった。何もしない」
俺がそう答えると、男は少女へ視線を向けて頷いた。
すると影のような鎖は生き物のようにシュルシュルと床に沈み、消えた。
……気持ち悪ぃ……。
恐らく、顔にも出ていたのだろう。
少女はそんな俺を見て、くすっと年相応に小さく笑った。
俺が大人しくソファへ腰を下ろすと、彼女は『貴族』について語り始めた。
『権利』に伴う『義務』と『責任』のこと。
爵位に見合う能力を示せなければ、いずれ淘汰されるという現実。
彼女の言葉は、貴族の『矜持』そのものだった。
……俺は、そんな誇り高い貴族になれるのだろうか?
沈黙した俺に、彼女は追い打ちをかけた。
「どうするのかしら?私も暇ではないの。やる気のない者に割く時間はないわ」
俺は貴族になって何がしたい? ⸺⸺俺は、俺を取り巻くすべての環境を変えたい。
父親や先代当主のような貴族ではなく、大切なものを守れるだけの力が欲しい。
そう気持ちが固まると、俺は彼女の瞳を真っ直ぐと見据え、深く頭を下げた。
「俺に、貴族のことを教えてください」
どんなに辛かろうと、喰らいついてでもやってやる。
「……顔を上げてちょうだい」
ゆっくりと顔を上げると、少女は穏やかな微笑みを浮かべた。
「場所を移しましょう。ここでは詳しい話が出来ないわ」
彼女はさっさと立ち上がり、オッサンへ挨拶すると、俺を伴ってどこかの屋敷へ転移した。
「さて、まずは自己紹介をいたしましょうか。私はアシュフォード公爵家が長女、セシリア・アシュフォードと申しますわ。彼は私の執事のノインです」
「セシリア様の専属執事を務めております、ノインと申します」
向かい合わせにソファへ座ると、二人は変装魔法を解き、本来の姿を現した。
まるで銀糸のように輝くプラチナブロンドの長い髪に、陶器のような白い肌、そして翡翠色の瞳……。
セキトフでも、トレヴァントでも、セシリア様ほど美しい人を見たことがなかった。
そんなセシリア様の後ろに控えているノインさんも黒髪に緋色の瞳と、平民にしては整い過ぎている容姿である。
「……俺は、セオドリック……です」
「やり直しですわ「は?」」
にっこりと微笑むセシリア様に即座にダメ出しをされ、俺は意味が分からず、間抜けな声を漏らした。
「貴族は、男性であろうと『私』と、自称します。ですので、『私の名前は、セオドリックと申します』が、正しい名乗りとなります」
ノインさんが、何事もなかったかのように淡々と説明を添える。
「今のままでは『貴族』の資格を得るなど、到底お話になりませんわ。セオドリックさんには明日から、私が経営しております『レペール商会』で、言葉遣いや礼儀作法、そして読み書きと計算を学んでいただきますわ」
セシリア様の有無を言わせない完璧な微笑みを前に、俺は「はい」と答えるしかなかった。
それからの約二年間は、正直思い出したくないほど地獄のような日々だった。
翌日から商会に放り込まれ、礼儀作法や言葉遣いを徹底的に叩き込まれた。
読み書きと計算が出来ると知ったノインさんは、事もなげに分厚い本を数冊、俺の前に積み上げた。
「貴族名鑑です。十年間分ありますので、すべて覚えてください」
……受け取った時の俺の顔が引き攣ったのは、仕方がない話だと思う。
だが、セシリア様が王太子の婚約者として貴族学院に通いながら、妃教育や公務もこなし、その合間に俺へ教育を施してくれていると知り、泣き言なんて、とてもじゃないが言えなかった。
与えられた課題は、すべて吸収した。
慣れない人間関係もコツを掴めばどうにかなった。
……まあ、そこで少し調子に乗った時に、ドス黒い影を背負ったセシリア様に笑顔で魔法の稽古をつけられ、更に、ノインさんに魔獣の群れの前に放り出された時は、本気で死を覚悟したが。
やっと……やっと、俺はここまで辿り着いた。
閣下……いや、異母兄。
あんたは初手を間違えたんだ。
異母兄は、初めてセシリア様と会った時、無責任な噂や、実妹に乗り換えるような愚かな王太子の言葉を鵜呑みにしてはいけなかったんだ。
セシリア様はかつて、俺にこう仰った。
「セオの貴族籍と爵位の継承権を認めさせることは、すぐにでも可能でしょう……けれど、領主になれるかは運もありますわ」
異母兄、感謝しますよ。
あなたが、私にそのチャンスを与えてくださったことに。
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