Ep.50 『異分子』〜セオside
セキトフからセシリア様の別邸へと戻り、執務室で紅茶を口に含む。
死ぬ気で身につけた所作でカップを口に運びながら、チラリと正面に座る彼女へ視線を向けた。
……あの日、ギルドマスターに紹介されたセシリア様を見た時から、俺の運命は変わり始めた。
俺が生まれたのはヴォルガルド公国、セキトフ辺境伯家の分家であるアラクチェーエフ家だ。
……と言っても、生まれてすぐにセキトフ辺境伯家へ引き取られていた為、生家のことは表向きのこと以外、何も知らない。
名付け親も先々代当主様だった。
ヴォルガルド公国は多民族国家だ。
建国から百年足らずの公国は、一つにまとまった後も族長制度の名残が強く、爵位は本家しか持たない。
そんな閉鎖的なセキトフ本家の中で、俺一人だけが最初から『異分子』だった。
物心がつく頃、先々代当主様は俺の出自を教えてくれた。
俺の父親は、セキトフ辺境伯領と隣接しているレイヴンクレスト王国のトレヴァント辺境伯であること。
母親は当主様の姪で、不可侵協定の『証』として嫁いだが、向こうの王家や領民たちに拒絶され、籍のない仮初めの『妻』とされたこと。
そして、トレヴァント家の使用人に命を狙われ、命からがら逃げ帰った生家で俺を生み、そのまま死んだこと。
⸺⸺そして、トレヴァントに、異母兄がいること。
それを聞いた瞬間、今まで感じていた違和感がストンと腑に落ちた。
本家の子どもたちと同じ教育を受けつつ、なぜ俺だけがレイヴンクレストの言語や文化を学ばされるのか。
ずっと分からなかった理由が、非情にも明かされたのだ。
本家の子どもたちは、事ある毎に俺を見下し、蔑み、暴力を振るった。
彼らにやり返すことは許されず、ただ耐えるだけの日々。
夜、与えられた狭い部屋の窓から月を見上げ、一度も会ったことのない父親や異母兄の姿を想像した。
俺の叔父にあたる人が、何度も俺を引き取りたいと当主様に願ったが、「トレヴァントの血を引く者を分家に置くわけにはいかない」と一蹴されたらしい。
父親と異母兄は、俺の存在を知らない。
もし俺の存在を知ったら、受け入れてくれるだろうか?
そんな淡い期待は、鏡を見る度に消えた。
俺はセキトフ辺境伯家の中だけではなく、領内でも『異分子』だった。
容姿は母親似らしいが、白い肌の色と明るいアッシュの髪色だけは父親譲りだった。
パッと見で『セキトフの人間ではない』と分かる色。
周囲は腫れ物を見るように遠巻きにし、ひそひそと指をさす。
母親が受け入れられなかった場所で、その息子が歓迎されるはずがない。
それは子ども心にも容易に理解出来た。
16歳になった頃、先々代当主様が病で亡くなった。
跡を継いだ嫡男⸺⸺先代当主は、はっきり言って『糞』だった。
元々怠惰な性格で領地運営も分家に丸投げ。
自分は好き勝手に遊び回り、威張り散らす。
セシリア様の理論で言うなら、あのまま生きていてもいずれ大公様に処分されていただろう。
そんな男に仕えることを拒絶し、俺は国境を越えた。
向かった先は、トレヴァント辺境伯領。
だが、何をするわけでもない。
一平民が領主と会えるはずもなく、わざわざ名乗り出るつもりもなかった。
俺はただただ、腐っていた。
毎日適当に街をぶらつき、その辺の輩と喧嘩をする。
どこにいても『異分子』としてしか見られない自分が、生きようが死のうがどうでも良かった。
『どうせ、何も変わることなどないのだから』
そんな時、一人のオッサンにボコボコにのされた。
オッサンは冒険者ギルドマスターと名乗り、俺を無理やりギルドへ連れて行った。
「お前、名前は何て言う?」
「……セオドリック……」
「ほう……『民衆の支配者』か。大層な名前だが、貴族か?」
その時初めて、俺の名前がレイヴンクレスト由来であることを知った。
先々代は、俺がいずれトレヴァントへ向かうことを予見していたのだろうか……
「……俺は平民だ」
ギルドマスターは意味深に俺を見つめていた。
今思えば当時の俺のレイヴンクレスト語は、セキトフ訛りもあった為、完璧ではなかっただろう。
彼は訳ありだと察しながらも何も聞かず、俺を冒険者として育ててくれた。
魔法適性検査を受けたことがないと言うと、検査を受けさせてくれた。
俺の属性は『土』『風』『火』の三属性。
複数属性は、ほとんど貴族にしか現れないらしい。
簡単な魔法は教えてもらったが、剣の方が使い慣れていたこともあって、ほとんど使うことはなかった。
そんなある日、ギルドに緊急支援要請が下った。
魔獣暴走だ。
辺境伯騎士団だけでは手が足りず、冒険者も最前線へ駆り出された。
凄惨な戦いだった。
昨日まで共に酒を酌み交わしていた仲間が、呆気なく肉塊に変わる。
人とは、こんなにあっさり死ぬのか……
どこか現実感のない虚無感に襲われていた時、戦場に響き渡る声が耳に入った。
「まだ生きている者を探せ!!負傷者はギルドへ運び、治療を受けさせろ!」
指揮を飛ばす男の髪は、俺と同じ明るいアッシュ色だった。
一目で分かった。
あれが、俺の父親⸺⸺。
しばらくの間、俺は目を離すことが出来ずに、その背中をただ黙って見ていた。
……だが、あの男が俺の視線に気付くことはなかった。
「……お前、辺境伯様と何か関係があるのか?」
ギルドに戻り、後片付けをしていると、ギルドマスターがふいに問い掛けてきた。
俺は少し迷ったが、彼になら話しても大丈夫だろうと思えるほどには信頼していたし、あの男を見てから胸に詰まった重い鉛のようなものを吐き出したくて、俺の出自をすべて話した。
ギルドマスターは黙って最後まで聞き終えると、俺に静かに尋ねてきた。
「お前はどうしたい?」
「……どう、って……別にどうもしないだろ」
ギルドマスターは、レイヴンクレストでは当主や国王が認めれば、庶子でも貴族籍を与えられ、爵位を継承することができると教えてくれた。
「お前には、貴族として生きる選択肢もある。そうなれば、辺境伯の爵位を継承する権利を持つことができるぞ」
「まあ、厳しい道ではあるがな」と、選択肢の一つとして告げられた。
⸺⸺貴族。
母親を守れなかった父親のトレヴァント辺境伯。
自分勝手に振る舞うセキトフの先代当主。
あんな奴らが『貴族』として許されるなら、どこにいても『異分子』として扱われる俺が、自分の居場所を求めても許されるだろう?
「……オッサン。貴族になるには、どうしたらいいんだ」
俺の問いに、ギルドマスターは俺を真っ直ぐ射抜くような視線で見据えた後、ゆっくりと目を閉じて深く溜め息を吐いた。
「心当たりがあるから、少し待て」
後日、彼に引き合わされたのは⸺⸺。
雪のように白い肌と、氷のように冷たい瞳。
幼さを残しながらも、圧倒的な威厳と気品を纏った一人の少女だった。
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