閑話〜ノインside
「セシリア様、お久しぶりでございます」
主の命により、別邸の奥にある庭園へ『彼』を連れて来た。
「お久しぶりですわね。お元気そうで何よりですわ」
ガゼボで優雅にティータイムを楽しんでいた主は、顔を上げると慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「どうぞ」と私が主の向かい側にある椅子へ促すと、彼は慣れた所作で席に着く。
新しく淹れた紅茶を彼の前へ供すると、丁寧な所作でカップを口に運び、一口含むと人好きのする笑顔を私に向けた。
「相変わらず、ノインさんの淹れる紅茶は美味しいですね」
私は黙って頭を下げ、そのまま主の後ろへ控える。
彼のその洗練された所作は、すべて主が仕込んだものだ。
数年前、冒険者ギルドマスターから彼を預けられた時、彼は実に『冒険者らしい』と言える人物だった。
……つまり、まったく礼儀というものを知らない粗野な男だったのだ。
彼と出会ったのは、主と共に冒険者としてトレヴァント辺境伯領を訪れていた時だ。
当時、主は貴族としての言動を完全に隠しきれておらず、それに気付いたギルドマスターが、個人的に主に相談を持ちかけたのだ。
彼の出自を語り、「彼を貴族として教育してやって欲しい」と頼まれた。
当時、彼は19歳。主よりも3歳年上の青年だった。
紹介された時の彼は、「無理やり連れて来られた」という不満そうな顔を隠そうともせず、ふんぞり返って顔を背けていた。
それを見た主は、静かに彼に告げた。
「あなたは何を望んでいるのかしら?ただ『身分』が欲しいだけ?」
怪訝そうな顔をした彼に、主は嘲笑を浴びせた。
「今のあなたでは、貴族の『身分』を得ることは出来ても、その『権利』を行使することは無理ね。仮に順番が回ってきても、豚に真珠……すぐに剥奪されてお終いだわ」
その言葉にカッとなった彼が主に飛びかかろうとしたが、時既に遅し……主の闇魔法が彼の体を縛り上げていた。
自由を奪われ、呻く彼を主は見下すように冷ややかに一瞥した後、素知らぬふりで紅茶に口を付けた。
「お前に何が分かる!!」
「さあ、何も分からないわ。私には関係ないもの。私はただ、ギルドマスターに『あなたを預かって欲しい』と頼まれただけですし」
主は、そのまま静かにカップをソーサーの上に置いた。
「あなたは、『貴族』というものを軽く見ているのではない?着飾って贅沢をし、自分よりも身分が下の者に威張り散らす……と、いったところかしら?」
「……実際、そうだろうが」
図星を突かれ、彼は苦々しく顔を背けた。
「そうねえ……そういう『愚か者』がいるのは事実だわ。でも、あなたがなりたい『貴族』は、それでは務まらない」
「……なぜだ」
ようやく話をまともに聞く気になった彼に、主はくすっと小さく笑った。
「貴族とは『権利』に伴う『義務』と『責任』を果たさなければならないわ。あなたが仮に爵位を望むなら、それに見合う能力を示し、領民や国の為にその身を捧げなければならない。それが出来ない者は、いずれ淘汰されるでしょうね」
主の言葉に彼は俯き、沈黙した。
「どうするのかしら?私も暇ではないの。やる気のない者に割く時間はないわ」
その時、彼の瞳に静かな炎が宿るのが見えた。
彼は深く頭を下げ、「俺に貴族のことを教えて下さい」と主に教えを乞うたのだ。
それからの教育は苛烈を極めた。
主は手始めに、彼をレペール商会へ放り込んだ。
「今のままでは『貴族』の資格を得るなど、到底お話になりませんわ。セオドリックさんには明日から、私が経営しております『レペール商会』で、言葉遣いや礼儀作法、そして読み書きと計算を学んでいただきますわ」
商会には平民や、継ぐ爵位がない下位貴族の子弟が多く在籍している。
そこで彼は、冒険者以外の人間との接し方を学ぶことが出来た。
初めは戸惑っていた彼だったが、順応は早かった。
……いや。むしろ早すぎた、と言うべきか。
自らの容姿の良さを活用して、貴婦人たちの財布の紐を緩める術を覚えた頃、主から『教育的指導』が入った。
「随分と楽しまれているようだけれど。あまり女性を甘く見ると、痛い目に遭いましてよ?」
背後にドス黒い影を背負い、笑顔を浮かべる主の指導と並行し、合間を縫って貴族に必要な教養と常識を叩き込んだ。
本当なら、貴族学院にも通わせたいところではあったが、彼の出自や年齢を考えると目立ち過ぎる為、断念せざるを得なかった。
だが、約二年という短期間で、貴族として『必要なすべて』を吸収させた。
「今のあなたなら、貴族としてもやっていけるでしょう。ただ、あなたの出自を明かして、その『権利』を主張するには、相応のタイミングが必要ですわ」
時期が来るまで、彼は再び冒険者としてトレヴァント辺境伯領へと戻された。
元々冒険者としても腕は悪くなかったが、魔法は未熟だった為、そこも主が直接指導した。
……仕上げに私が魔獣の群れの前に、彼を放り出して実戦経験を積ませたが。
その甲斐あって、彼はAランク冒険者にまで上り詰めたのだから問題はない。
だが、ここで予想外の事態が起きた。
……そう。王太子による不当な婚約破棄と、主とトレヴァント辺境伯を婚姻させる王命が下ったのだ。
「あら、おかしな話ではないわよ。婚約破棄された傷物の令嬢など修道院に送られるか、曰く付きの貴族の後妻にされるのが関の山だもの。そう考えたら、トレヴァント辺境伯家へ嫁がされるのは、まだ良心的でしょう」
主は動じることもなく、淡々としていた。
辺境伯のことは、既に調査済みだった。
伝え聞いた情報だけではなく、直接、自分の目と耳で見聞きしたことを元に判断する主は、先入観を持たずにトレヴァント家へと向かった。
だが、初めて顔を合わせた辺境伯は、王都の噂と愚かな王太子の言葉を鵜呑みにし、目の前にいる主をまともに見ることさえしなかった。
その瞬間、主の中から辺境伯は『切り捨てられた』。
辺境という閉鎖的な環境も相まって、魔獣討伐などで古くから根付いている『冒険者』は受け入れられても、自分たちの上に立つ『異分子』に領民たちは厳しい目を向けた。
先代も、現辺境伯も、そんな領民のねじ曲がった『常識』を当然のこととして放置している。
果たして、彼はその澱んだ泥水に、一石を投じることが出来るだろうか?
「セキトフ辺境伯家との『不可侵協定』が破棄される、というお話は、お耳に入っていらして?」
「ええ、もちろんです。騎士団内は、その話題で持ち切りですよ」
『戦』という文字が身近に迫り、さぞかし緊張感が漂っていることだろう。
「ふふっ。そうでしょうね」
主は小さく笑うと、その微笑みを妖艶な策略家のそれへと変えた。
「……さあ、あなたの出番ですわ。準備はよろしくて?」
「はい。この時の為にすべてを捧げてきましたから。見事、セシリア様のお望みのままに演じてみせますよ」
彼はいつもの人好きのする笑顔を消し、薄笑いを浮かべると、猛禽類のような鋭い眼光を主へ向けた。
不敵に微笑む二人を、私はただ静かに見守っていた。
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