Ep.29 未練〜アーサーside
ヨアヒム殿から、シャーロットのドレスが仕上がったと連絡が来た。
細かいサイズ調整の為、二人で来店してほしいとの事だったので、彼女と予定を合わせて店を訪ねた。
「……どうでしょうか……」
淡いピンク色に染められた生地に、薄いチュールレースを重ねたドレス。
幼く見えないように、デコルテを大胆に開けたエンパイアラインは、彼女の可憐さに少し大人びた気品を添えていた。
いつもより背伸びしたようなその姿に、私は思わず息を呑む。
「……ああ、すまない。あまりの美しさに、言葉を失ってしまった」
はにかむように微笑むシャーロットを見ると、自然と私も笑みがあふれた。
パーティー当日。
私は黒を基調とした正装に、彼女の瞳の色である赤みの強いピンクのカフスやハンカチーフを合わせた。
馬車でローズウェル侯爵邸へ迎えに行くと、豪胆なローズウェル侯爵閣下が出迎えてくれた。
「久しぶりだな、アーサー殿。今日は娘を頼んだぞ!」
明るく大きな笑い声と共にバンバンと背中を叩かれ、私は痛みに耐える……
私も剣術は出来なくもないが、武門の間で名高い侯爵閣下の剛力は、文官よりの私には少々キツイものがある。
「アーサー様、ごきげんよう」
仕立て上がったドレスに身を包み、華やかに着飾ったシャーロットの手に口づけを落とすと、私たちは馬車に乗り込み王城へと向かった。
今回、シャーロットはアシュフォード公爵家の一員として王族の前に立つ。
ハインリヒはヴィクトリア皇女殿下と婚約をして以来、彼女以外の者は目に入らないようだ。
公務はこなしているが、幽閉同然のクララに会いに行く様子はない。
当然であり、自業自得だ。
ヴィクトリア皇女殿下の慈悲のおかげで、毒杯を免れ側妃の座を得られたのだ。
感謝すべきだろう。
だが、夫に顧みられない妃の行く末など、想像に難くない。
『お飾りの側妃』として離宮で朽ち果てる……
それがクララへの罰なのだと自分に言い聞かせても、胸の奥が重く痛む。
「アーサー様?大丈夫ですか?」
シャーロットの声に、はっと意識を引き戻される。
「ああ、すまない。少しボーッとしていたようだ」
「お疲れなのでは?最近、お忙しかったのでしょう?」
心配そうに眉尻を下げる彼女の小さな手を、安心させるように優しく包み込んだ。
「確かに忙しかったが、シャーロットの顔を見るだけで疲れなど消えてしまうよ」
心からの言葉を口にすると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。
父たちと合流し、アシュフォード公爵家の入場が告げられた。
華やかな広間を歩きながら、私は一箇所だけ異様なほど視線を集めている場所に気付いた。
⸺⸺セシリアだ。
最後に会ったあの日から、半年以上経つ。
ちらっと横目で両親を確認すると、二人も気付いたようで、その瞳には隠しようのない哀愁が浮かんでいた。
王族の入場と共に一礼し、ハインリヒが紹介するヴィクトリア皇女殿下の完璧な挨拶に拍手を送る。
王族への挨拶が始まり、やがてアシュフォード公爵家の番になると、階下へ向かい儀礼通りに一礼をした。
国王陛下の言葉に顔を上げ、父が挨拶と祝いの言葉を述べる。
王族席に、当然クララの姿はない。
生かさず殺さず、救いのない日々を送る娘を思う父の背中からは、いつもよりも温度が感じられず、言葉を紡ぐ声も淡々としていた。
「まあ!ローズウェル侯爵令嬢のドレスはとても美しいですわね」
ヴィクトリア皇女殿下がシャーロットのドレスに目を留めた。
このドレスに新しいあの生地を使ったのは、王太子妃になる彼女に宣伝する為でもある。
「この生地は、どんな色にも染まりやすい物なのだそうです。ただ数が少ないので、もしお気に召したのであれば手配させていただきます」
私は頭を下げながら申し出た。
アシュフォード公爵家は現在、王家とは距離を置いている。
ハインリヒとは、幼い頃から側近として、友として長く共に過ごしてきた。
だが今、私たちの間には決定的な一線が引かれている。
側近であることに変わりはない。
だが、もはや友とは呼べない。
セシリアへの冤罪、婚約破棄、そしてクララの側妃内定。
あまりにも短い期間に、修復が難しいほどの亀裂が入りすぎていた。
「ヴィクトリアが気に入ったのならそうしよう。アーサー、頼めるか?」
「かしこまりました」
私はただ一人の臣下として、無機質に答えた。
国王陛下が『終わり』を告げ、私たちは一礼と共にその場から下がる。
ハインリヒが苦い表情を浮かべたのを視界の端に捉えたが、今の私にはかけるべき言葉など、何一つ残っていなかった。
やがてトレヴァント辺境伯家の番が来ると、広間は魔法にかけられたような静寂に包まれ、誰もが王族席までの道を空けた。
その中央を辺境伯とセシリアが堂々と歩いて行く。
元々の美しさに威厳が加わり、他を寄せ付けない輝きを放っていた。
セシリアが階下へ到着し、一礼をすると国王陛下が声をかけたのが分かった。
王族相手に毅然と応じる姿に、遠目から見ていても後ろめたさを隠せておらず、ハインリヒはまともに言葉を返すことも出来なかったようだった。
セシリアたちがその場を辞する姿を、私はどうしても未練がましく目で追ってしまう。
「……アーサー様」
シャーロットが心配そうに私の腕にそっと触れた。
無理に笑みを作ったが、上手く笑えていなかっただろう。
どんなに会いたくても、悔やんでも、もう二度とセシリアの前に顔を出す資格は、私にはないのだ。
そのまま二人の姿から目を離すことができずにいると、セシリアが辺境伯に何かを告げ、一人でその場から去って行くのが見えた。
残された彼は、苦痛に顔を歪めながら、その後ろ姿をじっと見つめている。
その様子を見ていたら、気付けば体が動いていた。
「トレヴァント辺境伯閣下」
「……アシュフォード小公爵……」
辺境伯は驚いたように目を見開いたが、その顔は憔悴しきっていた。
最近、辺境伯領で彼の悪評が広まっているという噂は、どうやら事実のようだ……
「お久しぶりです。紹介します。私の婚約者のシャーロットです」
「お初にお目にかかります。ローズウェル侯爵家長女、シャーロット・ローズウェルです」
声をかけたものの何を話していいか分からず、誤魔化すようにシャーロットを紹介した。
「……お初にお目にかかる。トレヴァント辺境伯家当主のレオンハルト・トレヴァントだ。お会い出来て光栄だ」
かつての不遜さは影を潜め、彼はシャーロットに丁寧に挨拶の言葉を述べた。
「……あの、セシリアとは……」
どうしても我慢出来ず、言い淀みながらも口にしてしまった。
だが、辺境伯は静かに目を伏せ、ただ力なく首を振った。
私はそれ以上、言葉をかけることが出来なかった。
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