Ep.23 出会い〜シャーロットside
「ようこそお越しくださいました。アシュフォード小公爵様、ローズウェル侯爵令嬢」
アーサー様から久しぶりにお誘いをいただけて、私は朝から準備で大忙しでした。
「ああ、ヨアヒム殿。今日はお邪魔させてもらうよ」
「ごきげんよう。素敵なお店ですわね」
アーサー様の挨拶に続いて私も微笑みを向けると、ヨアヒムの口角が僅かに引き攣っているのが見えました。
……まだまだですわね。後でお父様に報告しておきましょう。
ヨアヒムや、セシリア様の側にいるノインは、我がローズウェル侯爵家で『影』としての教育を受けていた者たちです。
我が家が代々、『影』を束ねる一族である事を知る者は極めて僅か。
私の愛しいアーサー様もご存知ありませんし、今後もお伝えする事はないでしょう。
「シャーロット、見てごらん。これが例の生地だよ」
アーサー様が、甘く優しい眼差しを私だけに注いでくださる……
それだけで私の胸は高鳴りました。
例え、アーサー様の後ろでヨアヒムがどれほど顔を強張らせていようと、まったく気になりません。
私とアーサー様の出逢いは6歳の頃。
初めて他家のお茶会に参加した時のことでした。
レイブンクレスト王国の貴族は、美しく輝く明るい色の髪を好みます。
王族を筆頭に、高位貴族のほとんどが光り輝く明るい髪色の持ち主です。
けれど、侯爵令嬢である私の髪は『キャラメルブラウン』
普通の茶色よりは明るいけれど、それでも貴族の中では『暗い色』の部類に入ります。
隣国クロンヴァルト帝国出身の母譲りであるこの色を、私は嫌いではありませんでしたし、父も「美しい色だ」と愛してくれていました。
それでも、子供という生き物は残酷です……
「なぁ、お前侯爵令嬢なんだろ?なのに、何で髪の色がそんなに暗いんだ?」
「まあ、本当だわ。あんな色じゃ、結婚も難しいのではなくて?私の髪がブロンドで本当に良かったですわ」
見知らぬ子供たちに囲まれ、心ない言葉を投げかけられました。
「こ、これはクロンヴァルト出身の母譲りで……」
言い返そうとしましたけれど、年上の子供たちの威圧感に圧され、悔しさと恐怖で涙が滲みました。
「そこで何をしている」
凛とした声に顔を上げると、そこにはピンクがかったシルバーブロンドの、美しい男の子がおりました。
「集団で年下の令嬢を囲むなど。恥ずかしくないのか?」
「あ、アシュフォード公爵令息様……!で、ですが!この子の髪の色は暗くて……」
「だからなんだ。髪の色が貴族の証ではない。平民にだってブロンドはいるだろう」
アーサー様の鋭い視線に、子供たちは逃げて行きましたが、一人取り残された私は、ポロポロと溢れる涙を止められず、俯いたまま立ち尽くしていました。
「……泣かなくていい。君の髪は、キャラメルみたいで……その、可愛いと思う」
アーサー様は辿々しく、私の頬にそっとハンカチを当て、髪の色を褒めてくださいました。
遠くからアーサー様を呼ぶ声が聞こえると、「……それじゃ……」とハンカチを私に握らせたまま、彼は去って行きました。
「……アシュフォード、公爵令息様……」
それが、私が彼に恋した瞬間。
それから二年後、初恋の熱に浮かされる娘の様子を察した父が、アシュフォード公爵家へ打診し、顔合わせの場を設けていただきました。
「久しぶりだな。ローズウェル侯爵令嬢」
10歳になったアーサー様は、記憶よりもずっと凛々しく見えました。
「……はい。お久しぶりでございます。アシュフォード公爵令息様」
恥ずかしくて俯いてばかりの私に、彼は根気よく話しかけてくださり、帰る頃にはようやく目を合わせて話せるようになりました。
そして、私たちの婚約は正式に結ばれたのです。
「シャーロット、このデザインはどうだ?いや、こちらの方が君の瞳に映えるか……」
同じソファに座るアーサー様は、私の為にドレスのデザイン画をいくつも広げ、真剣に悩んでおられます。
……公爵家嫡男として毅然としておりますが、この方はあまりに情に厚く、流されやすい……
セシリア様は、その危うさを早くから見抜いておりました。
「私は嫁ぐ身ですので、アシュフォード公爵家はお兄様ではなく、シャーロット様にお任せいたしますわ」
愛するアーサー様の大切な妹⸺セシリア様は、ある日私にそう仰いました。
もう一人の妹であるクララ様が巧みに周囲を操り、セシリア様を陥れている事に私は気付いておりました。
けれど、他家の内情に口を出すのは婚約者といえど過ぎたこと……
一度だけ、「私からアーサー様にお話ししましょうか?」と提案したことがありますが、セシリア様は首を振りました。
「お兄様には仰らないでください。証拠がない以上、真実を証明することは叶いません。それに、もしクララに知られてしまえば、シャーロット様まで標的にされてしまうかもしれませんから」
愛する人の妹を守れない不甲斐なさに、私は俯いてしまいました。
けれど、セシリア様は「一つお願いがございますの」と続けたのです。
『ローズウェル侯爵閣下にお会いしたいのです』
セシリア様は、公爵家の古い記録から『影』の存在に気付き、王太子妃教育の合間に、王城の図書館にある一般には閲覧が制限された秘匿文書をすべて読み解いたそうです。
そして、確信されました。
ローズウェル侯爵家の家紋の中に、密かに刻まれた『影』を示す刻印に……
これは、『影』を従えるに相応しい知性と観察力があるかを見極める、最初の篩です。
それを、わずか11歳の少女が見抜くなど、想定外でした。
約束通り、私はアシュフォード公爵家に内密に、父と彼女を引き合わせました。
父と彼女が何をお話ししたのかは分かりません。
ですが、あの厳格な父がセシリア様を『対等に付き合うべき方』と認めたのです。
「私は今、アシュフォードの屋敷の中で孤立しているのです」
セシリア様は自分の手足となって働く、信じられる者を求められました。
そこで、我が家で預かっていた『ノイン』を付けたのです。
二人は以前どこかで面識があったようで、ノイン自身も『セシリア様に仕えたい』と強く望みました。
ノインが側にいた事で王太子殿下の不信を煽った面は否定できません。
ですが、あの頃のセシリア様には、クララ様が張り巡らせた蜘蛛の糸を自力で躱す術はありませんでした。
人は、目の前にある『箱』の一面ばかりを真実だと思い込みます。
ですが、そこには必ず見えない裏面が存在します。
その存在を意識し、多角的に捉えようとしなければ、物事の本質は見えて来ません。
それは凡人には、とても難しい事です。
「うん、このデザインが一番いい。シャーロットはどう思う?」
「はい。アーサー様が選んでくださったものなら、私にはそれが一番ですわ」
私の言葉に、アーサー様ははにかむように微笑んでおられます。
あのままでしたら、アシュフォード公爵家もこの国も、あの方々の『身勝手で浅ましい私欲』に食い潰されていたでしょう。
だから、私たちは『駆除』を決めたのです。
お優しいアーサー様。
貴方の為でしたら、私は喜んで
鬼にでも、蛇にでもなりましょう。




