Ep.15 影と覚醒~クララside
「……側妃?……私が?」
本宮から訪れた勅使が読み上げたその一文に、私の思考は凍りついた。
え?何を言っているの?
クロンヴァルトの皇女が正妃で、私が側妃?
何で?どうして?!
⸺⸺⸺
私、クララ・アシュフォードはアシュフォード公爵家の第三子として生まれた。
お母様によく似た容姿のおかげでお父様に溺愛され、末っ子としても、かなり甘やかされて育てられたとは思う。
でも、そんな幸せな時間は『淑女教育』が始まると同時に終わってしまった。
4歳の頃にやって来た家庭教師は、お兄様とお姉様にも教えていた夫人だった。
お兄様とは5歳年が離れていて性別も違うから、そこまで気にならなかったけれど、お姉様とは2歳しか違わないうえに同年代の貴族子女の間で、すでに『完璧な令嬢』として名前が知られていた。
セシリア・アシュフォード⸺⸺
お父様そっくりな綺麗な顔立ちに、輝くようなシルバーブロンド、そしてお母様と同じ翡翠色の瞳。
「クララ様。きちんとマナーを身に付けませんと、お姉様のような立派な淑女になれませんよ?」
「聞いた?セシリアお嬢様、こないだ訪問された侯爵家で無礼な真似をした令嬢を毅然とした態度で対応されたそうよ!」
「さすが、セシリアお嬢様ね~。クララお嬢様も家庭教師の先生がついたというのに、旦那様から他家への訪問は許可されていないわよね?」
「それはそうよ。最低限のマナーが身に付いていなければ、アシュフォード公爵家の恥になるもの」
周囲の視線は、常に私を通り過ぎてお姉様へと向かう。
その視線は少し前までは、私に注がれていたのに……
……お姉様、お姉様、お姉様!!
みんな、お姉様のことばかり!!
私だってアシュフォード公爵家の令嬢なのに!!
ただ、私よりも早く生まれただけのくせに……
お姉様はずるい!!
そう思ったら、お姉様のすべてに腹が立った。
最初のうちは、お姉様の物を強請ると快く譲ってもらえた。
けれど、だんだん「ダメよ。これは私がお祖母様から頂いた物だもの。クララも頂いた物があるでしょう?」と断られるようになった。
お父様とお母様に泣きわめいても「ダメだ」とか「クララにもあるでしょう?」ばっかりで、私の話を聞いてくれない!
他家の令嬢なら他家へのお茶会の訪問が許される年齢になっても、私は許可してもらえなかった!
お姉様は王城にも出入りしてるのに!!
……ずるい、ずるい、ずるい!!
思い通りにならない事ばかりで、私が癇癪ばかり起こしていたら、周りは『呆れている』ような目で見るようになった。
家庭教師の先生はもっと厳しくなって、更に私とお姉様を比べる。
そんな時間が大嫌いで、授業の時間になると逃げ出していた。
そんな時、お姉様の婚約が決まった。
相手は第一王子殿下だった。
お姉様に王子様が会いに来ると聞いて、私は授業をこっそり抜け出し、庭園でお茶を共にしている二人の姿を盗み見た。
そこで、私はお姉様の向かい側に座っている彼に目を奪われた……
蜂蜜を溶かしたような明るい髪に、お姉様とお話をしながら時折見せる笑顔。
初めて見たお父様やお兄様以外の『綺麗な黄色い宝石』のような男の子。
『欲しい』
胸の中にどろりとした何かが湧き出てくる。
お姉様よりも、きっと私のほうが似合う。
そう思ったら、自分でも気付かないうちに王子様の前に立っていた。
いつも、どんな時にも表情を崩さないお姉様が、私を見た瞬間に目を見開いたこともおもしろかった。
「初めまして、クララ嬢。私はセシリアの婚約者のハインリヒ・レイヴンクレストだよ。よろしくね」
ハインリヒ様……
慌てながら私に挨拶するように言ってるお姉様にハインリヒ様が、「いいよ」と微笑むと私に挨拶をしてくれた。
いつもだったら叱られるのに、ハインリヒ様は私を見てくれた。
『欲しい』
ハインリヒ様が帰ってから、私はお姉様に「王子様をちょうだい!」ってお願いしたけれど、お姉様は冷たい瞳で「ハインリヒ殿下は物ではないわ。それに国王様が決めたのだから無理よ」と拒否した。
……何で、何で、お姉様ばっかり!!
大泣きしている私をお姉様は翡翠色の瞳で、不快そうに冷たい視線で見下ろしていた。
結局、お父様もお母様も私のお願いを聞いてくれなくて、お兄様からも注意をされた。
……きらい、嫌い、大っ嫌い!!
何日か自室に閉じこもって、ずっと考えていた。
どうしたら、ハインリヒ様を私の物にできるだろう……
そこで思い付いた。
お姉様が私より優秀だというのなら、お姉様の評判が私より悪くなればいいんじゃない?
どうやったらいいのか具体的なことは分からなかったから、その方法を知る為に家庭教師の先生から逃げるのを止めた。
周囲は「ああ、ようやくクララが成長した」と、安堵の色を見せた。
少し態度を変えただけで、掌を返すように周囲の反応が変わった事に少し笑えた。
ハインリヒ様と会う為には、他家や王城への出入りが許される程度にはマナーや、礼儀作法を身に付けなければいけない。
これも『ハインリヒ様を手に入れるため』と、自分に言い聞かせて、合格点が出るまで頑張った。
更に、図書室にある色んな物語なども参考程度に読み漁った。
他家への訪問が許されるマナーや礼儀作法が合格点をもらえたことで、ようやく他家のお茶会参加の許可がもらえた!
お兄様とお姉様と一緒だったけれど、他の令嬢が何をして怒られるのか、評価が下がるのかをこっそり観察した。
「悪役」がなぜ失敗するのか?
それは『すぐにバレる罪を作る』からだ。
事実だけれど、真実ではない。
偽りだけれど、嘘ではない。
この微妙なラインを見極めなければいけない。
かつての私は泣き叫んでいたが、それでは相手が不快に感じるから、私の味方にはなってくれない。
だから、瞳に涙を浮かべ、震える声で、断片的に事実を語る。
お兄様は正義感が強く、泣いている妹を放ってはおけないだろう。
お母様も「もう少し、優しく諭してあげて」とお姉様に注意するようになった。
お姉様の完璧な城壁に少しずつ、少しずつ……ヒビを入れていくの。
そしてそれは、いつか崩れ落ちるわ。
私は気付いたの。
人は見たいものだけを見て、それだけで判断してしまう、ということを。
お姉様?最後に微笑むのは、私なのよ。




