Ep.11 家族の終焉
アシュフォード公爵家とセシリアの面会には、レオンハルトも同席することとなった。
応接室のドアがノックされ、返事とともに扉を開くと、執事を伴ったセシリアが現れた。
「失礼いたしますわ」
その姿を見た瞬間、公爵夫妻とアーサーは思わず立ち上がり「セシリア……」と呟くと、久しぶりに目にする娘の姿に、公爵夫妻は涙ぐんでいる。
特に夫人の方は今すぐにでも駆け寄り抱きしめたいのだろう。
胸元でハンカチを握りしめる両手が、小刻みに震えているのが見える。
「ごきげんよう、閣下。そして、お久しゅうございます。アシュフォード公爵閣下、夫人、そして小公爵様」
セシリアは挨拶の言葉とともに、相変わらず美しいカーテシーを披露した。
あらかじめ覚悟はしていたのだろうが、やはり実の娘に『父』『母』と呼ばれず、公爵夫妻は目に見えてショックを受けたようだった。
「……ああ、久しぶりだね。顔を上げて座ってくれないか」
公爵が座るように促すと、彼女は表情を崩さないまま、公爵たちの向かい側のソファに静かに座った。
「それで、私にお話があると伺いましたが。どのようなご用件でしょう?」
ハンスが紅茶を供するよりも早く、セシリアが率直に問いかけた。
公爵夫妻を真っすぐ見据える、その翡翠色の瞳には何の感情も映っていない。
「……アーサーから聞いたよ。もう、アシュフォード家には戻らないと。セシリア、お前をずっと独りで苦しませてしまった……本当に、すまなかった」
公爵とアーサーが、深く頭を下げた。
「セシリア……ごめんなさい…母親なのに、あなたがどれほど苦しんでいたのか、気づけなかったわ…本当に、ごめんなさい……」
夫人の謝罪は涙で声を詰まらせ、ハンカチで口元を強く覆っている為、くぐもって聞こえる。
「小公爵様にも申し上げましたが、謝罪は結構ですわ。気にしておりませんので」
予想通りの返答ではあったが、やはりそれでも、ぐさりと胸に深く突き刺さり、酷く痛んだ。
「……ああ、分かっている。それでも、直接謝りたかったのだ…」
やはり公爵は、すでに取り返しがつかないことを悟っていたらしい。
「さようですか。ですが、ちょうど良い機会ですわ。皆さまのことで、どうしても理解に苦しむことがございますの」
セシリアは、わざとらしく片手を頬に添え、小首をかしげながら困惑した表情を浮かべた。
「皆さま、私がクララ嬢の差し金でこちらに嫁がされたことを、ご存知のはずですのに、あたかも心配しているかのような手紙を寄越したり、辺境伯家の対応にお怒りになったりと、やっていることがちくはぐで、どう考えたら良いか理解に苦しんでおりますの」
その言葉に、公爵夫妻とアーサーの顔色がみるみる青ざめ、強ばったのが見えた。
「……セシリア、お前にはそう見えていたんだな…確かに、私はクララの嘘を信じ、お前を信じなかった。その報いとしてお前に拒絶されるのは当然だと思っている。だが、あの状況で王命が下った以上、私に拒否することはできなかった…」
セシリアとハインリヒの関係、そしてクララとセシリアの関係を考えると王命に従い、クララの婚約を認めることが全員にとって『最善』かもしれないと思った。
「それに王家に嫁がない以上、王太子妃として身に付けた教養を活かすことができ、家格的にも辺境伯家であれば申し分ない。このまま、王都に留まってお前の評判が更に悪化するよりも、辺境伯夫人としての地位を確立できるはずだと……私は、そう自分に言い聞かせて、お前を送り出した……」
公爵は『これは娘たちの為だ』と、必死に自分へ言い聞かせていた。
優秀なセシリアなら、どこへ行っても自分の力で立派にやっていける。
その絶対的な信頼があったからこそ、彼は「セシリアにとっても、新たに輝ける場所になるはずだ」と信じ込み、娘を切り離す後ろめたさから目を逸らした。
『信じている』という名目で、目の前の娘がどれほど疲弊し、心を閉ざしていたのかを見ようともせず、最後まで自分の想像にある『優秀で美しい娘』の姿を押し付けたままでいた。
「まあ、随分と都合良くお考えになりましたのね。ですが、ようやくすっきりいたしましたわ。お答えいただき、ありがとうございました」
セシリアは驚いたふりをしながら口元を片手で隠し、容赦ない皮肉を浴びせた。
「…すまない」と呟く公爵の声は震え、夫人もアーサーももはや、セシリアの目を見ることもできず、膝の上で拳を震わせるほど握りしめていた。
その様子を、セシリアは先ほどまでのわざとらしい表情をすべて消し、冷めきった瞳で見ていた。
「もう、よろしいでしょうか?お話がお済みでしたら失礼いたします」
「最後に、もう一つだけ」
公爵はそう言うと、一つの封筒を差し出した。
セシリアが訝しげに公爵を見つめると、静かに頷き、促されるまま封筒を受け取り、中にあった書類に視線を落とした。
「……これは…」
中に入っていたのは、晩餐前に公爵がレオンハルトと結んだ魔法契約書だった。
内容を確認したセシリアは驚きに目を見開き、レオンハルトに「……正気ですか?」と、訝しげに視線を向けた。
セシリア以外の女性を娶らず、他者との間に子も成さない。違反すれば命を落とす⸺⸺⸺
とても正気の沙汰とは思えない内容である。
だが、レオンハルトはただ静かに、深く首を縦に振ると、公爵は悲壮感漂う表情のまま、言葉を重ねた。
「署名は私とアーサーがした……これが、恐らく私たちが『家族』として、最後にお前にしてやれることだ」
現当主と次期当主がこの契約に署名したということは、出来うる限り、この魔法契約を永続させるという意味を持っている。
もしも、レオンハルトが契約を破れば、その瞬間に契約による代償を支払わなければならず、それは、セシリアを守る盾の一つとなる。
セシリアはしばらく口を噤み、公爵たちの姿を見つめていたが、やがて一つため息を吐くと、契約書を封筒に戻した。
「さようですか。では、こちらはいただいておきます」
「ああ…時間を取らせて、すまなかった」
公爵はかすれた声で答えると、セシリアは席を立ち、最後にもう一度、完璧なカーテシーを見せた。
「それでは皆さま、お先に失礼いたしますわ。アシュフォード公爵家の皆さまも、お帰りの際はお気をつけくださいませ」
そう言うと振り返ることもなく、応接室を去って行った。
セシリアがいなくなった室内には、公爵夫人の押し殺した泣き声だけが響き、重苦しい沈黙が落ちた。




