Ep.10 義父と婿
先触れにあった定刻通り、アシュフォード公爵夫妻と小公爵はトレヴァント辺境伯家に、その姿を現した。
「出迎え、感謝する。私がアシュフォード公爵家当主、カイザー・アシュフォードだ。隣にいるのが、妻のナタリアだ」
「初めまして、トレヴァント卿」
馬車から降り立った公爵夫妻と小公爵を丁重に出迎えると、アシュフォード公爵から労いの言葉をかけられ、夫人の紹介を受けた。
「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。トレヴァント辺境伯家当主、レオンハルト・トレヴァントです」
挨拶を返し、小公爵の方へ視線を移すと「トレヴァント辺境伯閣下、ご機嫌麗しく」と挨拶をする顔は、以前より少しやつれて見えた。
公爵たちを乗せた馬車が領内に入ったという知らせを受けた際、セシリアにも知らせに行った。
「さようですか。私は結構ですわ。到着してから少し休憩されるでしょうし、お話をされる際にお呼びください」
セシリアはそう言い残し、冷ややかに部屋のドアを閉めた。
今回、公爵夫妻を迎えるにあたり、ハンスがセシリアに頼み込み、食事などに関する注意点を教わったらしい。
彼女はハンスにだけは、最低限の対応はしてくれるようだ。
恐らく、私やユーリが相手では、こうはいかないだろう。
公爵夫妻の目的は『セシリア』だ。
しかし、彼女は必要最低限しか対応するつもりがない。
ハンスが晩餐のメニュー確認を求めた際に「食事を共にするつもりはない」と言われたらしい。
「奥様は、旦那様とお食事どころか、お茶もご一緒にされたことが一度もございません。ご実家のことも敬遠されております。そのような状態で席を共にされるのは、互いに良くないとお考えなのでしょう」
そう言われ、彼女とお茶すら共にしていなかったことを思い出し、頭を抱えしまった。
セシリアの予想では、話をするのは晩餐の後だろうとのことだった。
貴族女性の身支度には時間がかかる。
公爵夫人が休憩の後、湯を浴び、準備を始めるとちょうど晩餐の時間になるだろう。
とりあえず執務室へ移動しようと廊下を歩いていると、向こうからハンスがやって来た。
「旦那様、アシュフォード公爵閣下がお時間をいただきたいとのことです。了承いただけるようであれば、一時間後にでも、と」
……来たか。当然、断るという選択肢などない。
何を言われても自業自得なのだ。
一時間後、公爵はレオンハルトの執務室を訪れた。
「時間を取らせて申し訳ない」
「いえ、とんでもありません。本来ならば、私の方からお声がけするべきでした」
セシリアを妻に娶ったにも拘わらず、今までアシュフォード公爵家に連絡をしたことがなかったのである。
ソファに向かい合って座り、ハンスがお茶を供したのを見計らって、レオンハルトは口を開いた。
「まず、先にお詫びをさせていただきたく。王命とはいえ、セシリアを妻として迎えながら、彼女を疎かにし、公爵家の皆さまにご心配をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます。…申し訳ありませんでした」
深く頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。
しかし、目の前に座っている公爵は無言のままだった。
それでも勝手に頭を上げるわけにはいかない。
アシュフォード公爵家の方が格上であり、レオンハルトがセシリアを軽んじたのは事実なのだから…
少しの沈黙が流れ、頭上から深いため息が聞こえた。
「…頭を上げてくれ」
促されて目を向けると、公爵は視線を落とし、複雑な面持ちを浮かべていた。
「確かに、卿が娘にした仕打ちを息子から聞いた時は、強い憤りを感じた。しかし、その後に娘の本心を聞き、私たちも同じことをしていたのだと思い知らされた。君のことを怒る資格など、私たちにはない…」
小公爵はセシリアの言葉に酷くショックを受けていたが、公爵はショックよりも後悔の念が強いのだろう。
「娘はアシュフォード公爵家に戻らないと聞いている。そして、このまま離縁しないかもしれないと…だとするならば、確認したいことがある」
「何でしょうか?」
「卿は辺境伯家の当主だ。当然、後継が必要になる。だが、今の関係で娘との間に子を成すのは難しいだろう。となれば、第二夫人か妾が必要になるはずだ」
それは、セシリアがこの屋敷に住むことを拒否した際に、懸念していたことだった。
「…お聞きになっているかと思いますが、何人か関係を持った女性はおりました。しかし、いずれも欲を解消することが目的でしたので、長く関係が続いた者はおりません。今の私には、複数の女性に対し平等に気を配る自信がありません」
「では、どうするつもりかな?」
「…虫のいい話なのは承知しておりますが、もし、叶うならばセシリアとの間に子が欲しいと…しかし、それは難しいと分かっております。ですので、叶わなければ養子を取ろうと考えております」
今更、どの面を下げてと言われたとしても、己の愚かさを突きつけられたあの時、女の身でありながら毅然とした態度を崩さなかった彼女の強さに、どうしようもなく惹かれた自分がいた。
セシリアを知った今、たとえ、手に入らないとしても、他の女に心が傾くことはないだろう。
「そんなことを私に言っていいのかな?娘がこの地で生きていくというのならば、私は娘の憂いは払っておきたい。卿の言葉が本気ならば、契約魔法を結んでもらうよ?」
⸺⸺⸺契約魔法。
それは重要な契約を結ぶ際に使う『魔法契約書』のことである。
契約書に魔力を込め、署名をすることで結ばれる。
契約内容の変更・破棄には原則として、署名者全員の同意が必要であり、それ以外で契約が解除されるのは、いずれか一方が命を落とした時のみである。
「かまいません」
レオンハルトは公爵の目を真っ向から見据え、公爵もまた、その瞳に偽りがないか、その本気度を見極めるかのような鋭い視線を向けた。
少しの間、静かに視線をぶつけ合うと、やがて公爵はゆっくりと瞼を閉じ、重いため息を一つ吐いた。
「…いいだろう、契約内容はこうだ。『レオンハルト・トレヴァントはセシリア・トレヴァント以外の女性を娶ることを禁じ、他者との間に子を成すことも一切認めない。この契約を違えることがあれば、命をもって償うものとする』」
レオンハルトはその内容に同意すると、迷いのない手つきで魔法契約書に自らの名を記した。




