首風鈴
なろうラジオ大賞応募作品になります。
冬を目前にしたある日、私は地方紙の記事を書くために、ある酒蔵を訪ねた。美味い酒が飲みたいという下心もあったのだが、蔵主は快く応じて案内してくれた。
「ここがアートスペースとして開放してる江戸時代の蔵ですわ。数年前にアーティストの方が貸してくれぇ言うて」
古びた仕込み蔵の真ん中には、裸電球が一つ吊るされていた。広い蔵を照らすには光量が足りないが、それ故に陰影は濃くなり、長い時を経た趣が感じられる。
「風が入らんきに、音は鳴らんのですがね」
よく見れば薄暗い明りの中、無数の色彩鮮やかな風鈴が様々な高さに吊るされていた。現代アートは作家の意図が読めないことが往々にしてあるが、これは何を表現したかったのだろう。
ちりーん
(……音?何故?)
ちりーん…
ちりーん…
ちりんちりーん…
「一体どこから風が?」
私はあたりを見回した。
しかし四方は壁や蔵に囲まれており、風が吹きこんでいる感じはしない。
「ご主人、どこか扉、が……?」
振り返ってみれば、そこにいたはずの蔵主がいない。
蔵の中でも確認しに行ったのだろうか?
そう思った私は、蔵の入り口にかかっていた注連縄を避けて、中を覗き込んだ。
その時。
聞いたことのない女の声が聞こえた。
よぉく 見やれ
「何を?」
いいから 風鈴を 見やれ
不意の声に 私は目を凝らし
風鈴と思っていたものが 風鈴ではないことに気づく
「舌」の部分は 人の頭
そこだけ 骨と化している
「短冊」は生きていた時のままの体
それが揺れ動き 乾いた音を 鳴らしていた
言葉を失った 私に
女の声だけが 届く
お前様 これを恐ろしいというかぇ?
これはの 恨みを買って死んだ者の骸さ
本当に人の恨みほど 恐ろしいものはないわいな
ちりーん
あぁ また一つ 風鈴がふえた
また 恨みを買った輩が死によったか
恨みはな
自分は悪うない
相手が悪い
それの塊よ
こうなると どれだけ相手を傷つけようが 殺そうがお構いなしじゃもんなぁ
自分が 正しいと思うたら 人は遠慮なくやるんじゃもんなぁ
本当に 人は 怖いのぅ
お前様は ここに吊るされんようにしぃや……
「大丈夫かね?」
蔵主にそう言われて、私は我に返った。
辺りを見回しても、何も変わったことはない。
白昼夢でも見ていたのだろうか?
「おや?倒れんさったかい?」
そう言って蔵主は落ちていたものを拾い上げる。
「ここのお守り言うて、作家さんが置いてったんですわ」
そう言って置かれたのは、白い着物を着た黒髪の人形。
彼女は寂しそうな笑いを浮かべ、じっとこちらを見ていた。
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