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冬カブト

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~、日が暮れてからが急激に寒くなって来たねえ。さすが秋のおとずれってところか。

 夏の間はシャワーで済ませることが多かったけれど、このごろは湯船にゆっくり浸からないといかんなあ……と感じることが多い。

 ちゃんとお風呂であったまらないと、次の日がきついんだ。特にのどの奥が痛むことが多くってね。どうにも寝ている間に鼻が詰まっているのか、口を開いて眠ってしまっているのかもしれない。

 身体の内側を暖める。古来、重要な健康法のひとつとされてきて、その効果は現代でも認められているものだ。けれども、その効力のすべてを我々は把握しているとは、少し言い難い。

 ひとつ、私が以前に体験したときのこと、聞いてみないかい?


 私の地元には、「暖封じ」と呼ばれる概念がある。

 これは身体を暖めるよう心がけることで、これより起こりうるような「タネ」を封じ込めるという仕事のようだ。

「タネ」というのは、ここだとあらゆる凶事のきっかけになるようなできごとを指す。病は気からというが、身体が弱れば気もやられる。それを防ぐためにも、寒への備えにいろいろと特色があったんだ。

 私たちの地元でいうタネは、多くが「冬カブト」なるものへの備え。その暖封じと冬カブトの話が今回のメインだ。


 頭が冷えたままだと、冬カブトがやってくる。

 小さいころから、教えられてきた。物は動けば、熱を帯びるものゆえ、動かずにいるならば冷えていく一方。そうして頭を動かさずにいると、やがては冬カブトをかぶらされてしまう。

 冬カブトをかぶらされると、頭を中心として体が冷え切っていき、様々な不良を呼び込むおそれがある。ゆえに頭をよく暖める、働かせることが大切だと。

 子供も大人も勉強や仕事をしながら、頭を働かせ続ける。プライベートで娯楽をするにしても、頭はどこかしらの思考回路を働かせて熱を持っている。

 そのため、休みに入る時がもっとも注意が要るとされているんだ。


 その日の私は、いざお風呂に入るときになって、にわかに震えを覚えた。

 脱衣所でのことであるし、最初は服を脱いだことによる寒さから来ているのだと思ったよ。ささっと浴室へ移動した。

 ところがかけ湯をしても、湯船に浸かっても、思わず体が震えてしまうような底冷えが、なかなか止まらなかったんだ。

 それだけなら、風邪などと思うかもしれないが、私は例の冬カブトの話を聞いて育った身。念のために用心をしておこうと思ったんだ。


 君の家も、冬場の浴槽にゆずを入れて入った経験がないだろうか。香りと成分的に健康に良いことがしられているが、元をたどると江戸時代からはやり始めたことだという。

 冬至にゆず風呂へ入るのは、ゆずが邪気を払うといわれていたことから。冬至は昼が短く、夜が長い。夜は視界がききづらく、冷えそのものもまた死の危険としてやって来る時間帯。そこに関してのお守り的な意味合いを期待されていたのだとか。

 そして、こいつは冬カブト対策にも活かされる。

 家によってスタイルはいろいろあるが、我が家の場合だと、脱衣所の洗面所に袋詰めにしたゆずがストックされている。詰められたゆずたちは輪切りにされていて、中の果汁がたっぷりとしみ出すつくりだ。

 袋に入ったそいつを、そのまま頭に乗せる。温泉などへ入るとき、タオルを畳んで頭に乗せるのと、似たかっこうになるな。そのまま、肩までたっぷりと湯船へ浸かり、様子をうかがうんだ。


 もし冬カブトを相手にしている場合、ほどなくして状態に変化が訪れる。

 頭上という至近距離に置かれるゆずたちは、芳醇な香りで鼻を楽しませてくれるものだけど、その香りがどんどんと弱まっていってしまうんだ。

 単純に時間が経ってしまったためではない。冬カブトによるものだったなら、そっと手で触ってみると、先ほどまでふやけていたゆずたちが、カチコチに凍ってしまっているのが分かる。そのまま放っておくと、袋の表面にまで氷気はしみ出してしまい、全体を凍らせきった後で、あらためて頭全体を冷やしにかかってしまうのだ。

 なので、ゆずの凍てつきを察知した時点で、新鮮なゆずを追加するか、新しく薬味を袋の中へ加えていく。うちではネギやニラやショウガが中心だったな。こいつも洗面所の近くにストックされている。

 こいつを袋全体が覆う氷気が去るまでの間、続けていく。中の氷が解けて、元の香りが外へ流れ出してくるまでだ。このときには、およそ30分は格闘していたし、浴室はもろもろの薬味の匂いが溜まりきっていたなあ。

 家族のうち、ひとりでも冬カブトの兆候が見られると、その日は家族全員が同じようにゆずの袋を頭に乗せて入浴する。そのうえで寝るときにも、薬味を染み渡らせた鉢巻をおでこに巻いたうえで、床に入るんだ。


 入浴中とは違い、寝ている間に冬カブトをかぶらされてしまうと、意識がないために対抗できない。そのためあらかじめ、この状態を用意しておくのが肝心になるわけだ。

 とはいえ、完全なものではない。

 身体が弱れば気もやられる。対策をしても、朝になれば冷たいむくろになってしまうこともある。冬カブトをはねのけられるうちは元気な証で、それができなくなるのは、そのものの死期の訪れだと認識されているんだよ。

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