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秋の文芸2025

死神サンタクロース

作者: 記憶の固執羊
掲載日:2025/10/03

クリスマスが今年もやってくる〜

俺は死神、今年も冬がやってきた。

寒いと人は死にやすい。ノルマのために頑張るぜ。


煙突ないから屋根を壊して侵入してたら警察呼ばれて懲役五年。

代わりに魂差し出して無罪放免、御役御免。


「よう、迎えに来たぜ」


病院の七階建ての六階、六六六号室に入るぜ。

そこには男がいるぜ。まさかの六十五歳。そこは六で揃えんかい。


「はにゃ」


このジジイはイカれてる。もう家族の記憶もなくなってる。あるのは食欲と尿意。尿意も忘れかけてるけどな。


「お前の命を貰うことはお前が生まれたときから決まってた。ここに人生展開表ってのがあってな、スタートとゴールは書かれてた。あとはお前にこれまで歩んできた歴史を語ってもらい、この書類は完成する」


「へへ」


「なんで笑うんだ。さあまず名乗れ」


死神は鎌をつきつける。もちろんナマクラだ。なぜならこいつが死ぬことは決まっているからこれ以上傷つける必要はない。絵画で見るような鋭利なやつは、ありゃウソだ。


対象が痴呆の場合は仕方ないので死神が署名を代行する。


「えぇーっと、草臥泰造と。なんて読むんだこれ」


スマホで調べてカナの欄にはクタビレタイゾウと記入する。


「おい、クタビレ。お前そんなんでいいのか。最後のチャンスだぞ。お前が生きてきたこれまでの歴史を振り返るのは今しかないぞ」


それでも痴呆のジジイはにこにこ笑ったまま仰向けにベッドに横たわっている。


「うーむ」


困った死神はひみつ道具を使うことにした。


「パパパパッパパー!歴史投影機!」


接続端子をジジイの鼻の穴に差し込む。


「これを使うことで勝手にお前の記憶を読み出せる。しかもエーアイがサマライズしてくれるから、短時間でよどみなく進む。これを導入したことで俺の今期の査定は最高評価だクハハハ」


突然ジジイの目がかっぴらいてまばゆい光線が放たれる。そして病室の白い壁に活動写真よろしく映像が転写される。


「おー、少年時代からか」


クタビレ少年の家は八人家族で、子どもが六人。そこの次男がクタビレ本人というわけだ。


クタビレ少年の頭を容赦なくひっぱたくのは長男のケンジ。ケンジのせいでジジイになって痴呆になったのではないか、かわいそうに。その周りをかけっこする長女カヨコと次女ミツミ。末っ子のタエはゆりかごで寝ている。


かまどで火をおこす母親のかっぽう着にしがみつく三男のゲンゴロウは泣きべそをかいている。父親のトシロウは徴兵されて家にはいない。


学校に行くよりも家の手伝いをすることがしんどかったクタビレ少年は肥溜めを見つめながら鶏小屋の掃除をサボることが多かった。


そういうときは三男のゲンゴロウに任せることにしている。


「おい、ゲン」


「あん?なに兄ちゃん」


五円ハゲを押しつけるようにして頭を近づけてくるゲンゴロウを押しのける。


「今日の鶏小屋はくせえぞお」


「おれ、くせえのイヤだァ」


逃げようとするゲンゴロウをクタビレ少年は裸足で追いかける。


「ちょっと、タイゾウ。あんたまたゲン坊を意地悪してんのかい」


三つ編みを揺らしながらチイ姉がやってきた。手提げには茄子やキュウリが入っている。

チイ姉は近所に昔から住んでいて、ちょうど年はケンジと同じだから五つ上だ。


「意地悪じゃねえや、しつけだこれは」


ゲンゴロウの耳を引っ張りながらクタビレ少年は誇らしげに言い張る。


「しつけでもおみおつけでも大して違わないわ。ちゃんと手伝わないとトシロウさんが帰ってきたら大目玉だろう」


クタビレ少年の肩を優しく叩いてゲンゴロウを解放したチイ姉は、手提げの端っこから紙風船を取り出した。


淡い赤、黄、みどりで彩られた紙風船をぷうっとひと息に膨らましゲンゴロウに放ってやる。


「ほら、これあげるから泣くんじゃないよ」


そう言ってチイ姉は勝手口へ回り風呂を沸かしていたミツミに母の居場所を尋ねている。


べそをかいていたゲンゴロウもすっかり機嫌を取り戻して鶏小屋で鼻唄を奏でている。箒ででたらめに枯れ草をまき散らしていたが、クタビレ少年は自分の任が解かれたとばかりに裏山に駆けていく。


「おいジジイ、弟に家事をぶん投げるなんてひでえな」


死神は目から光をほとばしらせているジジイに向かってため息をついた。


夜の病室はシンと静まり返っていて、ジジイが口をカパカパさせる音しか聞こえない。


思い出の映像はクタビレ少年の背がゲンゴロウに越されたところまで進んでいる。


「となり町まで行ってくるよ」


クタビレ青年は割の良い炭鉱の仕事を見つけて日銭を稼ぐためにあちこちを奔走していた。


ケンジとカヨコは上京して手紙をくれるようになっていた。仕送りで母と子ども四人の生活は貧しくはなかった。


「ほれ、弁当」


いつもではないけれど、たまに母は弁当を持たせてくれた。すいとんと野菜くずだがクタビレ青年は喜んだ。


炭鉱は人手不足ということもあり、頼めば働かせてもらえる。ただ事故に遭っても世話してくれない。


トロッコに乗り込んで暗い鉱山に入っていく。

クタビレ青年は言われたことをきちんとこなした。


重い荷物を運ぶと腰がイカれそうになった。

なんせひとかたまり七、八貫ほど。今で言う三十キロ近くなるのだろうか。

初めは怪我したら元も子もないと心配していた母だがもう何も言わなくなっていた。


仕事も一段落して外の空気を吸いに出たとき、鉱夫たちがニヤニヤしているのが見えた。


そのうちのひとりがクタビレ青年に気づくと、空になった弁当を地面に投げ捨てた。

それはクタビレ青年が朝母に用意してもらったものだ。


鉱夫はぺろりと舌なめずりをしてススで汚れた顔を手ぬぐいで拭いた。


弾かれたようにクタビレ青年は鉱夫のひとりに殴りかかっていた。ゴキッと鈍い音がして鉱夫は後方へ吹っ飛んだ。


呆気に取られていた残りのふたりは表情を硬くし、クタビレ青年へと襲いかかった。


はなから勝算などなかったクタビレ青年はあっという間に袋叩きにされて、鼻血を流し肩を外されうつ伏せのまま置き去りにされた。


鉱夫たちが吐いた唾の嫌な臭いにまみれてクタビレ青年は泥で顔を拭う。


男だらけの現場で喧嘩は珍しいわけでもなく、飯や道具を盗まれることもまた大事にはならなかった。


「おいジジイ、ひでえ目にあったんだなあ。随分血気盛んじゃねえか」


死神は歴史投影機を一時停止し、ジジイの様子を確認する。


鼻に接続端子が入っていることも気にならないようで、よどんだ目をベッドに落としていた。


「たいていの老人たちは歴史をたどると痴呆でもだんだん冴えてくるもんだがな、このジジイは相当な曲者らしいな」


電源をつけるとたちまちジジイの目から閃光がほとばしる。


「次のチャプターは、っと」


病院の壁一面に桃色の鮮やかな景色が広がる。

死神も思わずホウ、と声が漏れた。


「キレイだねぇ」


白無垢のチイ姉が庭園に咲く花々をぐるり見渡す。

白や黄色の花びらが池に水鏡として映っている。


鯉が泳いでいるのを池のふちに駆け寄ってタエがじっと目で追う。

側で落ちないように見張っているのはミツミ、そのふたりを和室からクタビレ青年がボケーっと眺める。


「やい、白けた顔してんじゃないよ」


久しぶりに帰ってきたかと思えばカヨコは口うるさくなって戻ってきた。

出稼ぎの土地で良縁に恵まれたカヨコは定職につかずふらふらしているクタビレ青年に対する当たりがキツくなっていた。


「なにさそのしおらしい顔は、タイゾウが悪いのは頭だけだと思っていたけどお前は根性も悪いね」


チイ姉の結婚式に遅れてきたクタビレ青年はすでにたくさんの大人たちから叱られてなにも言い返す気は起きなかった。


「ゲンゴロウだってもうすぐ所帯を持つんだよ、それがあんたボサッとしてほんとにどうしちまったのさ」


「こっちが知りてえや」


ぼそっと呟いたクタビレ青年はチイ姉から昔もらった紙風船はどこにしまったっけ、なんてことに思い巡らせており、カヨコの言葉なぞ少しも耳を傾けていなかった。


式が終わってしばらく日にちが経つとチイ姉がクタビレ青年のところにやって来た。


「ここを出ていくんだって?」


チイ姉は持ってきた野菜を勝手口に置いてタイゾウに向き直る。


「ああ。そんなこと言ったか」


「言ったさ。タイゾウは酔っぱらって覚えてないかも知れないけれど、みんなびっくりしちまってる」


「そんなに驚くこたあねえさ。ケンジとカヨコみたいにさ、おふくろに仕送りしないとな」


「アテはあんのかい」


「さあな」


ふたりの間に横たわる沈黙は田んぼのカエルの鳴き声がすっぽりと覆った。


「もうこんな話はたくさんだ。そんなことよりキヨシさんに宜しくお伝えくだせえ。もう会うこともねえだろうからよ」


「そうかい。歯ァ食いしばって頑張るんだよ」


亭主の名前を出されていくぶん家内らしい顔つきになるチイ姉を見ていると、一刻も早くここを離れたい気持ちがこみ上げてくる。


「じゃあよ、おらぁ忙しいからさ。さっさと帰ってくれよな」


チイ姉の野菜を掴んで勝手口を裏手で閉める。


「兄ちゃん晩ごはん作るのん?」


タエが野菜かごをのぞき込む。


「ああもちろんさ、タエにも教えてやるからな」


「そんなこと言ってどうせウチに任すんだろ」


かまどにつきっきりのミツミが叫ぶ。


「んなこたねえさ、茄子の輪切りでもしとくからよお」


「出てくって言って何日居座ってるんだい。ウチも出ていけるならそうしてえのに。タエの面倒を見なきゃならない。なんでタイゾウだけ自由なんだよ」


この頃文句だらけのミツミ、寝床に伏しがちな母、そしてまだ子どものタエ。先に働いているケンジ、カヨコ、それにゲンゴロウたちと比べるとタイゾウの立場はこれといってない。


炭鉱の仕事も閉山するとまるっきりなくなるし、それでなくとも喧嘩が性分のタイゾウはあまり協力し合う仕事は苦手としていた。


ひとりで商売をしてみようという気も起きず、なあなあのまま時間だけが過ぎていくのだった。


「仕方ないだろう。タイゾウだって辛いのさ」


「ウチだって分かってる。炭鉱で肺がやられちまってからはてんで元気がねえことくらい」


夜中便所にたったときに襖の間から母とミツミの会話が耳に入ってきた。冷たい廊下が軋むのを恐れてタイゾウはその場にうずくまった。


足の裏から冷気が血管をつたい昇ってくる。


「カラダも満足に動かせねえみてえだし、タエを負ぶさるときでさえフラフラしてるのさ。目も当てられねえ」


「もっと丈夫に産んでやればなあ」


「母さんがそんなこと言うことねえさ。タイゾウは大丈夫さ。いつもなんとかなったろう」


「トシロウさんに早く帰ってきてほしいねえ」


父に思いを馳せる二人が涙ぐむ声が聞こえる。

タイゾウは引っ込んだ小便を抱えたまま部屋に戻ると風呂敷に身の回りのものを詰め始めた。


鶏小屋から朝一番の鳴き声が集落に轟くころにはタイゾウはもう山道を辿りあてもなく足をただ前に進めていた。


タエの枕元に手紙とともに紙風船を添えて。


「おい、ジジイ。家族に挨拶しなくて良かったのか?ここまでのお前の人生はあんまり楽しいもんじゃなさそうに見えるな。でもきっと今も生きてるってことはなんかしら笑える思い出もあったんじゃないか。じゃないとちょっとかわいそうだ。チイ姉と最後に会ったのはあれきりか?故郷に年に一度は戻ったか?え、どうなんだよ、なんとか言ったらどうだ」


死神が古びた鎌をジジイのこめかみに突き当てる。

相変わらずジジイは反応がない。


「話さねえのなら、それでも構わねえ。てめえの記憶よりも記録が代わりに語ってくれるからよ」


また歴史投影機のスイッチを入れようと死神がジジイの鼻に端子を突っ込んだとき、誰かの足音が近付いてきた。


死神は普通の人には姿が識別できないが、一応物陰に身を潜めることにした。


病室のドアが開く。


花束を小脇に抱えた女が立っていた。

末っ子のタエだとすると若過ぎる。

だが死神はどこか既視感を覚えた。


痩せた女はなにも言葉を発さずにベッドの脇に置いてある花瓶の萎れた花を入れ替える。


そして半開きの口から舌をのぞかせるジジイを見下ろす。

椅子に腰掛けてじっくりとジジイに注ぐ眼差しの意図を死神は測りかねていた。


「おい、あいつぁ誰だ」


女が去ったあと死神はジジイに問いかける。

目を閉じて細い息をはくジジイに答えられるわけもない。


歴史投影機はまたジジイの過去を写し始める。


「なんでさ、おじさんはトラック運転手になろうと思ったの」


助手席に乗せた男の子は無口なタイゾウの気を引こうと試みる。


「ぼくね、トラック好きなんだ。荷物積んでいるときはカッコいいけど、荷台が空になったときのほうが面白くてもっと好きだな」


「あちこち触んじゃねえ」


灰皿にタバコを押し込みタイゾウは舌打ちをする。

男の子は構わず窓に両手をついて流れゆく景色に心奪われる。


「家出」


「あ?」


「家出しちゃったんだ。お父さんと喧嘩して」


「そうか」


「些細なことなんだけど、ぼくにとっては大切なものだったから」


「そうか」


タイゾウは高速道路を降りると交番までの道のりをナビで再確認する。


「おじさんに拾ってもらわなかったら山で遭難してたかな」


へらへらする男の子はカバンもスマホもなにも持っていなかった。コンビニで梅干しおにぎりを買って渡してやると夢中になって食べた。


「あのさ」


「うん?」


「実は梅嫌いなの」


「うるせえ黙ってろ」


子どもの世話は嫌いだが、小さくてチョロチョロ動き回るのを見てるとまだ幼かった頃のゲンゴロウやタエの姿が重なってしまう。そうするとからだじゅうソワソワしてきて放ってはおけないのだった。


「おい、着いたぞ」


交番の前で男の子を降ろしてやる。


「ありがとう、おじさん。名前を聞いてなかったね」


「名乗るほどじゃねえよ。さっさと行きな」


ドアを閉めてバンドブレーキを上げる。

すると交番の方から泣き声がして慌てて目を見張る。


「あのおじさんにさらわれたの!」


交番から警察が二人出てきてこちらを睨みつけている。

ギョッとしてタイゾウは慌ててギアチェンジして急発射する。


「あ、おい待て!」


叫ぶ警察たちから逃れる間、タイゾウはわけが分からなかった。


「なんだ、あのガキ」


人の親切を踏みにじるなんて、最近の子どもは恐ろしいな。


しばらくドキドキしながら暮らしていたが、ある日それはやって来た。


「すみません」


ボロアパートは木製で、ノックの音が良く響く。


「はい」


そこには黒い制服に身を包んだいかにもカッチリとした男が立っていた。


「あの、なにかご用ですか?」


タイゾウは山で見かけた子どもがなにも持っておらず夕暮れどきだったから悩んだ末に話しかけて保護して交番に送り届けた、そうでなければわざわざ交番になんて赴くもんか、といった言葉を脳内で構築していた。


「草臥さんで宜しいですか」


「ええ、私です」


「いきなりで恐れ入りますが、あなた佐々木さんをご存知ですかな?」


佐々木。タイゾウはこれまでに出会った佐々木たちを思い浮かべてみる。トラック業者になる前の足場工の現場で確かそんなやつがいたような気もする。でも一度や二度顔を合わせたくらいで、同じ釜の飯を食べた記憶もない。


ということは、まさかあのガキの?

タイゾウは背中からイヤな汗が噴き出すのを止められない、


「そりゃ、人違いですかね」


震える声がようやく喉から引っ張り出せた。


「本当にご存じないと」


男はぐっと身を乗り出してくる。


「佐々木は知らないですよ、では」


そう言ってドアを閉めようとすると、黒い制服の男は思い切ったように口を割った。


「佐々木チイ子さんを知りませんか」


「チイ子だって?」


白無垢のチイ姉が赤、黄、色とりどりの花々に囲まれていた光景が目に浮かぶ。


「佐々木キヨシさんとこの?」


タイゾウが尋ねると黒い制服の男は少しホッとした様子で胸に手を伸ばした。

懐から出てきたのは手紙だった。


「これを、あなたに」


黒い制服の男が帰ったあと、しばらくタイゾウは畳の上で未開封の手紙に視線を落としていた。

しっとりとした和紙の手触りと、なんだか懐かしい匂いがする。


「草臥泰造様。お元気ですか。昔あなたが鶏小屋の掃除をしていたのは今でも鮮やかに思い出せます。薬売りからもらった紙風船を渡すと大変に喜んでくれましたね。野菜を置きに来たことを忘れて一緒に遊んでしまうこともありました。ああ、なんてあっという間なのでしょうね。時は過ぎ去っていきます」


そんな手紙の冒頭に、タイゾウはあまり良い知らせではないことを悟った。


「あまり詳しくは書きませんけれど、わたしはもう長くはありません。数ヶ月といったところでしょう。そこであなたにこれだけは伝えておきたい。残される娘のことが気がかりでなりません。夫にも先立たれ、娘を支えてあげたくてもどうしようもないのです。どうか彼女が道を外しそうなときは導いてやってくれないでしょうか」


ポロポロと紙面に広がるしずくをタイゾウはどうすることもできなかった。

手紙の書かれた日付からもう一年は経過している。


「チイ姉。チイ姉」


弱った肺から情けない声が絞り出される。タイゾウは畳に額をつけながら泣いた。


そこで映像が途絶えた。


「おい、ジジイ!」


歴史投影機がカラカラと乾いた音を立てている。サマリーが印刷されて出てくる。

鼻にはめられた端子はしっかり付いている。

これはつまり草臥泰造が亡くなったということだ。


「最期までなにも言わなかったなぁ。ジジイよ。死人に口なしって言うんだぜ?」


死神は歴史投影機を片付ける。


投影機から出力されたしっとりとした手触りの和紙を片手に死神は病院をあとにする。


あれからクリスマスになると毎年欠かさず草臥家の墓を尋ねる者がいる。


新聞紙でくるんだ花束を足元に降ろして、痩せた女が草臥と書かれた墓石の前で手を合わせる。


線香をつけようと思ったけれど、マッチを忘れてしまった。


「ああ、困ったわ」


するとふいに黒い制服の男が女の隣にしゃがみ込んだ。

そして線香を手に取ると、火をつける。


「あなたは?」


女が聞いても笑顔のまま返事はない。


そのまま静かに合唱して目をつむる姿に、女もそれに倣った。


「草臥さんのご親族、ひょっとして娘さんでいらっしゃいますか?」


黒い制服の男が見計らったように口を開いた。


「ええ、まあそんなところですかね」


女は曖昧に微笑む。


「良かったらお話を聞かせてもらえませんか?」


男の真っ直ぐな瞳が向けられている。

話さなくても良いことまでついうっかり話してしまいそうな、そんな奇妙な心地がしてくる。


「はい、もちろんです。草臥さんとはなにか特別な縁で結ばれている気がします。なぜならわたしは彼の娘ではありませんが、わたしにとって彼はある意味では父のような存在だからです。わたしは小学生のときに父を亡くし、次いで高校生のときに母を亡くしました」


「辛かったですね」


黒い制服の男がカバンから甘いお菓子を取り出した。茶色のまんじゅうを綺麗に二つに割って、それを痩せた女にも手渡す。


「ありがとうございます。それで大学に行くためにアルバイトしてたんですけど、勉強との両立にくたびれちゃって。変ですよね、いきなり知らない人にこんな話しして」


「いえいえ、そんなことありません。どうぞ続けてください」


男に促されるとなぜだか気分が乗ってくる。


「あまりに睡眠時間を削りすぎて、寝込んだときがあるんです。誰にも助けを呼べなくて、もうこのままわたし、死ぬんじゃないかって。そんなときにたまたま近所に引っ越してきた草臥さんが夕ご飯をお裾分けしに来てくれて」


「ああ。そんなことがあったんですね」


「それからなにかと気にかけてくれて、草臥さんもトラックの運転で忙しいのに、勤務明けの日なんか家事を手伝ってくれました。そのおかげで勉強にも集中できるようになって、だけど」


二人の間に沈黙が訪れる。女はティッシュで急にあふれる涙を拭う。


「だけどわたしおじさんのことなにも知らなかった。あんなにお世話になったのに。いつも助けてくれたのに。草臥さんが怒ったところも泣いたところも見たことない。いつもいつもわたしのことばかり応援してくれました」


「草臥さんは随分と献身的な人だったのですね」


「そうなんです。大学卒業してからは顔を合わせる頻度が減ったんですけど、ときどき様子見に来てくれて、わたしが就職した薬局で子ども向けの紙風船配ってたときだったかな、なんだか珍しく笑ってたな。懐かしい、なんて言って草臥さん涙ぐんで笑ってた。いつもあの日を真っ先に思い出すんですよ。ああ、もっと話したかったのに。最期にも立ち会えず、お花を渡しに行って、それで、おしまいだなんて」


涙も枯れてしまうほど泣き腫らした女に、黒い制服の男はハンカチを差し出す。


「あ、ありがとうございます。あら、これは?」


なにかが指先に当たりハンカチのなかを開くと、しっとりとした感触の和紙が出てきた。


静かに立ち上がる男と和紙でできた手紙とを交互に見比べる。

和紙はところどころ赤、黄、みどりに染まっていて美しかった。

まだらにきらめく模様から段々と目が離せなくなってくる。


「佐々木さん、草臥さんが言いたかったことって結局なんだったのか分からなかったですけど、他人からすれば苦しいことの連続にしか思えないことだとしても、あなたがこうしてお墓参りに来てくれる、草臥さんは文句なしに幸せですよ」


「え?」


顔をあげると黒い制服の男はいなくなっていた。

まるで幻のように、線香の煙に紛れてしまった。

しばらく呆気に取られていたが、草臥さんの眠る墓石に向き直る。


「おじさん、あなたに会ってから人生って不思議なものだと思っていたの。お母さんがおじさんと巡り合わせてくれたんじゃないか、って。そして今もその不思議なパワーがまだ残っている気がする」


ありがとう、と言って線香の火を消して、力を込めて歩き出す。

そしてまたひとつ奇妙なことに気づかされる。


「そう言えばあの男の人はなぜわたしの名前を知っていたのかしらね」


雪が降ってきた。

町はクリスマスムードに包まれている。

家に帰って仏壇に手を合わせる。

母の写真の隣には、老いた草臥泰造の遺影も並んでいる。

そこに黒い制服の男から渡された手紙をそっと置いてみる。

華やかな和紙の彩りがやけにしっくりきて、久しぶりに自然と笑顔になれた。


そのころ町の上空で死神は笑う。

クハハハ。

トナカイなんて乗ってない、雲に乗って移動するのさ。


俺は死神、今年も冬がやってきた。

寒いと人は死にやすい。ノルマのために頑張るぜ。

俺のノルマは魂の回収と死人の言葉を届けること。

歴史投影機は今年も大活躍。

死人に口なし?笑わせる。

ジジイやババア、老若男女、安心しなよ、たとえ喋れなくなってもさ、俺が責任持って届けるからよ。





(了)

歴史投影機さえあれば、最期のセリフを手軽にお届け!エーアイ活用で精度もアップ。意識無意識問いません。トランスクリプトも容易に発行可能。ぜひ残されたものへの交流にご活用ください。保証期間はあなたが生きている間だけ〜

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