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九話 太宰の文学は毒電波みたいなとこある

 岸根さんを怒らせちゃった……。


 理由は分からないけど、何か不用意なことを言ってしまったんだって思う。

 だから、謝りたいなって思ってる。


 思ってるん、だけど……。



「きしね、おは、よ」


「……おはよう、白銀さん」


 ここ最近、ずっと翼ちゃんって呼んでくれてたのに、呼び方が白銀さんに戻ってしまっていた。


 ショックで絶句(元から喋れない)してしまい、怒らせちゃった理由も聞き出せないままで。



「きしね、屋上……」


「……帰るね」


 更には、放課後には直ぐに帰っちゃう様になった。取りつく島もなくて、呆然と見送るしかなくて。



 ……そんな日が、もう何日も続いていた。




「きしね……」


 屋上で三角座りしてると、自然と岸根さんと口にしてしまっていた。


 今日の夕暮れも、ぼっちの屋上。

 ずっと、一人で三角座りをしてしまっている。


 あれだけ好きだった妄想も、岸根さんを怒らせちゃった日からは、全然できなくて。


 ずっと、どうしてこんなことにって、そればっかり考えちゃってた。


 ……曇りの日とかに生理が酷くなるんだね、とか思ったことが悪かったのかな。それを見破られて、ヘンタイって思われちゃったの?


 それとも天使の階段、一緒に見たくなくなっちゃったのかな……。ボクのこと、ミステリアスなこと、全部面倒臭いって思われたりとかして。


 考えれば考えるほど、ドツボにハマって抜け出せない。だって答えなんて、岸根さんの胸の中にしかないんだから。


 今日も、答えなんて出ない、出せない。


 だから、また明日からおんなじ日々がまだ続くんだって。岸根さんのこと、分かってあげられないから、繰り返しなんだって諦めを友達にしようとした──そんな時のこと。


 ギィっと、鉄の擦れる音がした。

 屋上の扉が開いた音。


 反射的に、ボクは振り返った。

 来てくれたんだ、嫌われちゃった訳じゃないんだって。


 そんな期待と希望がいっぱいになって、振り返った先には……。


「……翼」


「ふた、ば?」


 なんか想像してなかった人が、無表情全開で立っていた。


 ……えっ、なんで?






 私、双葉操の同志にしてマブダチの白銀翼が図書室に現れなくなって、もう二週間ほど経った。


 私、プチ不満である。

 あの時、確かに熱い太宰魂を共有した仲なのに。

 無表情シンパシーも、感じちゃってたのに。


『ん、みさお、図書室傾いてる?』


『翼、よく来た。やや斜め気味』


『人、みさおしかいない』


『そう、太宰を読んでる私たちだけが人間。太宰読まなきゃ、人間失格』


『平家的思想』


『平なのに、斜めな思想』


『……それが本当の斜陽ってこと?』


『激うま太宰ジョーク』


『私たち、息ピッタリ』


『『いえーい』』


 こんな感じで、楽しい太宰トークするつもりだったのに。なのに、翼は弛んでて、太宰が全然足りてないみたいだった。


 ……それとも、もしかすると、太宰に呑まれて病んでしまったのか。


 太宰の唯一悪いところ。メンタルヘラヘラの時に書いた作品を読者に読ませると、メンヘラが伝染する。


 それも太宰の可愛げだけど、変に患ってる時。例えば受験勉強に疲れてる学生とかに人間失格とか読ませると、地の底まで気分が沈んだ後、なぜかハイテンションなメンヘラになって屋上からアイキャンフライしちゃう。


 学生にとって、一部の太宰作品は割と有害図書気味だった。翼も、この前太宰の良さに気がついてしまって、人間失格に手を出したのかもしれない。


 もしそうだとしたら、翼は今頃、ダブルピースしてお空を飛ぶ練習でもしてるのかも。


 ……それは、困る。


 せっかく友達になれたのに、翼に太宰の殉教者になられたら、私は友達を失った挙句に太宰の書籍まで図書室から失いかねない。


 それはとってもナンセンスで、少しも笑えない事態すぎた。


「翼の様子、見なきゃ」


 使命感に駆られて、翼を探す旅に出た。

 全ては、翼と図書室にある太宰の本を守るために。




 ……結構、難航した。

 翼、どのクラスか教えてくれてなかったし。


 でも、見つけた。

 私とは別のクラスの教室で、ボンヤリと窓辺から外を眺めている。


 どうしてか、そんな翼が白紙のページに見えた。

 まだ何も書かれてない、物語られてない書籍。


 それくらい、教室にいる翼は気配が無かった。

 ちょっと、心配になるくらいに。


「太宰に染めなきゃ」


 胸から湧き出る使命感的にも、翼を放りっぱなしにはしておかない。だから、彼女の教室に足を踏み入れようとして……。


「……双葉さん?」


「あっ、レズ」


 扉を開けて直ぐのところに、翼のことが大好きなヘンタイがいた。同じクラスだったんだ、仲良しなのも納得。




「……何しに来たの? あと、レズじゃない」


「翼を太宰色に染めに来た」


「帰って」


「何故?」


「何でも……こっち、来て」


 レズに手を引かれて、廊下の端っこへと連れ出された。


 もしかすると、レズはレズだから、私を相手に淫猥な行為に及ぼうとしているのかもしれなかった。最悪すぎる。


「レズ、聞いて。私はレズじゃない」


「……叩いて良い?」


「暴力は憎しみしか生まない」


「あなたのせいで、私は憎しみに塗れてるんだけど?」


「かわいそう」


「どの口が言ってるのっ」


 若めの更年期なのか、レズは突如として切れるタイプのレズだった。


 肩をガクガク揺さぶられる。

 揺れて頭がおかしくなりそうだから、やめて欲しい。


「……それで?」


「何?」


「何でダメなの?」


 翼に会って、話すことが。

 この人に翼と話すのを邪魔する権利なんて、無いはずなのに。


「……変だから」


「翼が?」


「あなたが、よ!」


 妙にジトジトした目で、私は睨まれた。

 翼に近づく人は、みんな敵だって言わんばかりに。


 ……そう言えば、私が翼の一番とかそんなことを、このレズは言ってた。


 それに則って考えると……つまりは、独占欲ってこと?


「レズ、聞いて。実は翼は翼のもので、あなたの所有物じゃ無い」


「うるさい! ……あなたになんて言われなくても、そんなの分かってる……分かってるよ」


 顔を真っ赤にして怒鳴られた。

 キッ、と睨んできてる辺り、結構気にしてるぽかった。


「じゃあ私、翼と話すから」


 納得してもらったところで、翼と話しに行こうとする。翼と、メロスのことでも良いから、話し合いたかった。


 ……でも、手を掴まれた。

 行かさないって、そんな強さで。


「レズ、聞いて。こんなところで性行為に及んだら、みんなに見られて身が破滅する。私もレズレイプ被害者として、全校生徒の注目の的になる。互いに損しかしないから、変態性欲に抗って」


「ふんっ!」


「ぐえっ」


 このレズ、いま私にパンチした!!


「お、女はやさしくあれ、人間は弱いものをいじめてはいけません……」


「私、レズじゃ無いって言ったよね?」


「じゃあ、何?」


「岸根よ、二度と忘れないで」


「……分かった」


 レズの岸根、二度と忘れない。

 翼に言いつけてやる、これと付き合ったらDVされるって。


「岸根、翼と話したい」


 それはそれとして、今は阿る。

 太宰的盟友、つまり私にとってはセリヌンティウスな翼だから。


 この邪智暴虐の王を前に、私はとりあえず頼んでみた。激怒する前に、話せば通じるかもしれないし。……喧嘩になったら、私が負けるだろうし。


「……ダメ」


「なんで?」


「いいからっ!」


 ダメそうだった、この王様は駄々っ子だ。

 革命起こされて然るべき、そんな王様だった。


 ……でも、なんかおかしい。

 すごい、焦ってる感じがする。


 レズの岸根と翼は友達だし、レズが見張ってるなら会わせてくれても良いのに。


 ……会わせられない理由、もしくはそうすることができない理由があるの?


「──喧嘩でも、した?」


 当てずっぽうだった、すごい適当なことを口にした。

 でも、言われた岸根は目を見開いてから、私を強めに睨みつけて。


「してないっ!」


 したんだ。


 そう確信できるくらいに、逆ギレ気味だった。


「自分が話せないのに、私が翼と話すの、気に入らない?」


 もしかしてと思っての問い掛け、それに対する答えは……。


「……だから双葉さん、嫌いよ」


 吐き捨てるような言葉と、逸らされた目。


 どうやら、私は名探偵だったらしい。

 事務所の名前は、太宰探偵事務所にしようか。


「駄々っ子」


「っ、うるさい!」


 キッと睨まれて、今度は私が視線を逸らす番だった。だって怖いし。


「なら、早く仲直り、して。レズのヒステリーは、えっちしたら治ると思うから」


 私の要望を伝えると、強く私を睨んだまま、岸根は小さい声で。


「嫌い、本当にきらい……」


 でも、しっかりと私に聞こえるように、そんなことを呟いた。


 安心して欲しい。

 私もさっき、ぶたれて嫌いになったから。


「じゃあ、待ってる、ね」


 伝えるだけ伝えて、私はその場を後にした。

 本当に翼とお話ししたかったけど、岸根がいる間は埒が明かなさそうだったから。




 そうして、数日待って。

 定期的に翼と、あとついでに岸根を観察してた。


「きしね、屋上……」


「……帰るね」


 二人はやっぱり気まずそうで、仲直りしたいよって思ってる翼を、岸根はずっと無碍にし続けていた。


 今も、何かしようって言ってた翼を置いて、早足気味に教室から駆け出して行った。あれだけ私に近づくなって言ってたのに、自分は翼から逃げ続けてたのだ。


 これ、もうしばらく掛かっちゃうのかな。

 面倒くさいなぁ、と思った──その時、私は思い至ってしまった。


 あれ、レズの岸根がいないのなら、普通に翼に声かけられるんじゃないかって。




「……翼」


「ふた、ば?」


 私の推測、ドンピシャりだった。

 屋上には翼だけ、レズの姿はどこにも無い。


 全部が全部、思った通り。

 もしかしなくても、私はやっぱり名探偵だった。

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