七話 レズじゃないと、お互い電波を送り合ってる
双葉さんは何を思って、岸根さんをレズ扱いしたんだろ。
……岸根さんがボクのこと一番って言ってくれたのは、キュンキュンってきちゃったけどさ。それだけでレズ扱いは、あまりにもイジワルだと思う。
そのせいか、あの後すぐに屋上にきたけど、岸根さんはいつもに比べても口数少なくなってる。目も、あんまり合わせてくれないし。
岸根さんがレズな訳ないから、気まずくなんてならなくても良いのに……。
「きしね」
「白銀さん? って、わっ!?」
岸根さんと気まずいのが嫌で、気にしちゃダメだよって伝えるために、背伸びをして彼女の頭を撫でた。
岸根さんの名前はすんなり口にできるのに、分かってるよって言葉すら口にできないから。行動で、何とか伝えられたらなって、そう思って。
背伸びして、手を伸ばして。
ボクの背が低いせいで、撫でてるっていうよりかは、ペチペチしてるって感じになっちゃってるけど。
でも、一生懸命、そうしてみて。
「心配、してくれてるのかな、白銀さん」
フラフラしてたボクの体を、そっと支えてくれた岸根さんは、いきなりなことでびっくりしちゃったみたいだ。
ボクの口が正直なら、岸根さんを慰めたくてって伝えられるけど……。
「……別に」
この通り、死ぬほどお口が素直じゃないから、ボディランゲージするしかなかった。
……いきなりこんなことして、幾ら友達とは言っても引かれたりしないかな?
自分で始めたことだけど、大丈夫か急に不安になってきた。急にベタベタ接触し始めたから、ボクがレズだって勘違いされちゃうかもしれないし!
『白銀さんってレズだったんだ。いつも無表情だったのは、性欲が顔から漏れ出ないよう、表情筋を勃起させて我慢してただけだったんだね。通りで、全然ミステリアスじゃないし、お股からレズのにおいがしてるって思ってたよ。──もう二度と、私に近付かないでくれないかな?』
そんなこと、大切な友達の岸根さんに言われちゃったら、ボクは来世への希望を胸に屋上飛び込み15mの競技に勤しむことになっちゃう。
絶対に訪れたくない、そんな未来だった。
心配よりも不安とか恐怖が勝って、手を止める。
ボクはレズじゃなくて、性癖がノーマルの一般屋上ミステリアス女子だったから。
……そう言えば、マジメに考えたことなかったけど、今世のボクは男の子と女の子、どっちの方が好きなんだろうね? ボク的には、男の子と恋愛するのは難しいし、女の子かなーって思ってるんだけど。
レズじゃないけどね!
「……白銀さん、やめちゃうの?」
だから、思ってたより嫌がられてないって分かって、ホッとできちゃった。
岸根さん、ちょっぴり残念そうな口調だし。眉がほんのり下がって、惜しんでくれてたのが分かる。
……正気に戻っちゃったから、真正面から頭を撫でるの、照れちゃって出来ないんだけどさ。
「ん」
「そっか」
背伸びをやめて、レズと勘違いされない様に離れようとする。……けど、どうしてか岸根さんの方がボクを離してくれなくて。
「……きしね?」
何だろうって見つめてみると、岸根さんはすぐに視線を外して。でも、離してくれない。
な、何なんだろ、一体。
岸根さん、別に怒ってる風には見えないけど。
「あの、さ。白銀さん」
けど、なんか緊張してるって伝わってくる。
軽く深呼吸してから、ボクの目を真っ直ぐ見て。
「私、白銀さんのこと、その、苗字じゃなくて、名前で呼びたいの」
え?
「──白銀さんじゃなくて、翼って呼んでも良い?」
わぁ、あっ……。
双葉さんの魔の手から白銀さんを救い出してすぐ、私たちは昨日の約束通りに屋上まで来ていた。
なのに、昨日までと違って、何だか雰囲気が変だ。
……違う、私が変なんだ。
『──レズビアン?』
双葉さんにおかしなこと言われて、すごく居心地が悪い。白銀さんに変に思われてないかって、そればっかり気にしてしまう。
今日は、この前の生まれ変わりのことについて、私なりに考えてきたことを話そうとしてたのに。
……全部、双葉さんのせいでぐちゃぐちゃになっちゃった。
最低、本当に最っ低。
「きしね」
だから、白銀さんから話しかけてくれて、嬉しくて。応えようとして……そこで、白銀さんが単に呼びかけただけじゃないってことに、気が付いた。
「白銀さん? って、わっ!?」
急に白銀さんは、私の頭を手を添えたのだ。
そのまま、ゆっくりと撫ではじめる。
一生懸命、んっしょ、んっしょと背伸びをしながら。まるで、慰めてくれてるみたいに。
……胸が、ふわりと軽くなる。
健気な姿が、心に染み込んでくる。
心配してくれてるんだって、私を気にかけてくれてるんだって、白銀さんの優しさが温かくて。
「心配、してくれてるのかな、白銀さん」
気が付けば、うんって言って欲しくて、おねだりする様に無粋なことを聞いてしまっていた。
「……別に」
素っ気ない返事が返ってくるって分かってたのに、残念に思えた。
……私になら、そうだよって言ってくれるかもしれない。そんな期待、していたから。
でも、否定しながらでも、白銀さんは頭を撫で続けてくれて。それに、胸がギュッとして、沸々と嬉しいって気持ちが湧き上がり、目を瞑って、その感触に身を委ねた。
……本当、優しいね。
「……白銀さん、やめちゃうの?」
そっと、その手が頭を離れた時、白銀さんの温もりをまだ感じていたかった。……さっきだけは、私にだけ優しくしてくれてた気分、だったから。
「ん」
「そっか」
でも、そこでおしまいと決めちゃってたみたいだ。背伸びをやめて、そのままそっと離れようとしてる。私にだけ優しかった白銀さんが、近くにいなくなる。
『──翼』
ここに居ないのに、付き纏ってくる双葉さんの声が耳に聞こえた。
「……きしね?」
気が付けば、私は白銀さんの制服を掴んだまま、離さないでいた。
……白銀さんの目が見れない。
だって、恥ずかしくて。
衝動的に、行かないでって、駄々っ子みたいな理由で引き留めちゃってたから。
『──翼』
なのに、まだ双葉さんの勝ち誇ってそうな、そんな意地悪な彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。
双葉さん、うるさいよ。
急に出てきて、いきなり白銀さんに馴れ馴れしくして……。
──私が、一番にその名前を呼びたかったのに。
「あの、さ。白銀さん」
双葉さんのことを思い返すと、何だかムカムカして。負けたくないって気持ちが、ドンドン大きくなっていく。
……うん、決めた。
軽く息を整えて、私はハッキリ白銀さんを見遣って。
「私、白銀さんのこと、その、苗字じゃなくて、名前で呼びたいの」
自分の気持ちを、素直に口に出した。
私、双葉さんに嫉妬してるって。
「──白銀さんじゃなくて、翼って呼んでも良い?」
私が、あなたの特別になりたいんですって。
そう、気持ちを隠さずに伝えて。
自分の声が震えてるのが分かる。
意地悪な双葉さんのからかいに、妙な説得力を持たせちゃうことを言ってるってことも。
こんなの、イヤって言われたら私……。
マリア様を前にしたみたいに、彼女の透明な瞳を見つめた。吸い込まれてしまいそうな、空にいる様な瞳を。
夕焼けが、全部を赤く染める。
彼女の姿も、初めて会った時みたいで。
1秒が引き延ばされる感覚。
夕暮れが永遠に感じる。
その、刹那──。
「……いいよ。きしね、なら」
その言葉で、また秒針が正しく時を刻み始めたんだって実感できた。
胸から、じわりと感情が染み出してくる。
ムズムズして、ドキドキして、叫び出したい気持ち。
それが、胸いっぱいに広がって。
「つ、翼……ちゃん」
双葉さんみたいに呼び捨てになんかできないけど、大切な彼女の名前を口にして。
「ん」
私の呼び掛けに、小さいけど確かに返事をくれてる。
「翼ちゃん!」
「きしね」
それが嬉しくて、また呼んでみたら、今度はいつもみたいに私ことを呼んでくれて。
「理央って、呼んでほしいかな」
このまま、名前で呼び合えたら素敵だなって気持ちで、私の口は滑って。
「……きしねは、きしね」
それはまだ早かったみたいで、理央とは呼んでもらえなかった。
ちょっと残念、お陰で落ち着けたけど。
私、欲しいものなんて無かったはずなのに……なんか、欲深くなってる気がするなぁ。