六話 怪電波発生器
まさかのキャラ被りが発生した。
この学校で、ミステリアス少女はボク一人だけって思ってたのに……。
「双葉操。私の、名前」
──なんでよりによって、この方向性でキャラが被ってるんだよ!
完全に油断してた、ビックリしてちびってしまった。でも、真実として目の前にはミステリアス少女が存在している。
どうやら、図書室の主系ミステリアス少女らしかった。
「名前、知りたい」
「……ん」
ミステリアスがインフレして、価値が暴落したらどうしようか……。
「翼、おすすめ」
「……」
そしてボクは、どうしてか商売敵の女の子に下の名前で呼ばれて、オススメの本を手渡しされまくっていた。
……なんで?
「いらない」
三冊までしか借りれないよって言おうとしたら、今日もボクの口は絶好調なくらいに言葉足らずだった。
いや、実際にこんなに本を渡されても、困るんだけどね。太宰治の本を何冊も手に積まれて、腕が密かにプルプルしてるし。
「いる」
けど、それ以上に眼の前の女の子、双葉さんは妙に押しが強い系の無表情女子だった。
多分、ボクとは系統の違うミステリアス少女だ。
それだけは、ちょっと感謝かもしれない。
……それはそれとして、本当にこの状況は何かな?
「なに、が?」
キャパオーバーしながら、双葉さんの熱い太宰推しは何なのか、あとこの状況本当に何? って尋ねた。
すると、彼女は無表情なのに、目をキラリと光らせて。
「──太宰は、世界に遍在してる」
突如として、図書室系ミステリアス少女としての本領を発揮し始めたのだ。
「へん、ざい」
「そう。どこにでも太宰は、ある」
遍在する太宰……えっ、なにそれ怖い。
思わず、どんな状況なのか、想像してしまって。
──ボクの頭の中には、ケルベロスと化した太宰治が過ってしまっていた。
顔を三つにされ、犬の体に繋げられてしまっている太宰。コロシテ、コロシテ、という声が、聞こえてしまいそうな太宰だった。
……それが、何度も太宰が自殺しようとした理由ってことなの?
「悲哀」
あまりに哀れなケルベロス太宰を評して一言呟くと、双葉さんは一つ頷いてから。
「太宰は、勝手に寄り添ってくる」
太宰愛に溢れながら、太宰の小説のことについて語り始めたのだ。
「読んでいると、呼んでもいないのに心に棲みつく。そうして、気持ちは分かるって心に囁いてくる。嬉しい時も……辛い時にも」
無表情のままなのに、双葉さんは目をキラキラと輝かせて、手をギュッと握りしめながら語っていた。好きなものについては、結構長々と語れるんだ。
「だから、太宰は遍在している。読んだ人の頭に、勝手に棲みつく」
……商売敵のミステリアス少女だけど、ちょっと親近感あるかも。
キラキラと目を輝かせている双葉さんは、無表情だけど、かなり感情が現れやすいタイプの女の子みたいだった。
「──それで、翼」
そこまで話して、双葉さんはヌッと間合いを詰めてきた。そうして、そのままボクの肩を掴んで。
「私、話した」
近距離から、ボクの目をジーッと覗き込んできた。その黄色い目は、ねぇねぇと語り掛けてきてる。
「だから、今度は翼の太宰、聞かせてほしい」
ワクワクを隠せてない目で、ボクにまで太宰を語らせようとしてきたのだ。
……クッ、このままだとボクの方は、この子のミステリアスに呑まれて、ミステリアス領域バトルで完全に負けるっ。
そうなったら最後、この子のミステリアス舎弟となり、ボクはケルベロス白銀として太宰を布教することになっちゃう。
そんなの、絶対に嫌だよ!
……よし、ガツンと断って呑まれないようにしないとっ!
ボクはボクのミステリアスを貫かなきゃだよね!
「……馴れ馴れしい」
うぇっ!?
思ってたより、辛辣な言葉が出ちゃった。
だ、大丈夫かな、双葉さん……。
心配でチラッと彼女の方に視線をやると、何故かウンウンと頷いていて。
「わかる」
なんて、無表情のドヤ顔で頷いていた。
いや、何でなの、無敵か?
……困った。
双葉さん無敵すぎて、勝てるビジョンが全然思い浮かばない。
こ、ここは一旦、戦略的撤退をすべきなのかな。
よくよく考えたら、ここは双葉さんの本拠地みたいな場所だし、対面不利過ぎただけだし!
よ、よしっ、逃げよう!
次ミステリアスバトルする時は、屋上に引き摺り込んでからにするからね!
じゃあ、今日はこれくらいにしといてあげるけど、これで勝ったと思わないでね!!
「ふたば、もう行く」
ただ、ボクの口は捨て台詞も苦手みたいで、全部に興味なくしちゃったみたいな、そんな素っ気なさに満ちていた。
バリバリに対抗意識、あるんだけどね!
双葉さんに持たされてた本を押し付け、帰ろうとしたんだけど……。
また、袖を掴まれちゃった。
簡単には逃さない、そう伝えるみたいに。
「違う、操。翼は、そう呼ぶべき」
最後の最後まで、本当に強敵のミステリアス強引少女だった。
な、なんか、距離の詰め方がエグい気がする。
いきなり、下の名前で呼ばせようなんて……そんなのハレンチだよ!
「……馴れ馴れしい」
「うん、太宰は馴れ馴れしい」
無敵の返しすぎるから、今すぐそれ禁止カードにしてほしい。
あと、下の名前では呼ばないから。岸根さんのことだって、まだ……ん? 岸根、さん?
……あっ!?
しまった、ずっと岸根さんを待たせっぱなしにしてたの、忘れてたままだった!!
は、早く行かなきゃ!
岸根さんに嫌われちゃうなんて、そんなの嫌だし!!
「──白銀、さん」
………………あっ。
「だから、今度は翼の太宰、聞かせてほしい」
「……馴れ馴れしい」
「わかる」
「ふたば、もう行く」
「違う、操。翼は、そう呼ぶべき」
「……馴れ馴れしい」
「うん、太宰は馴れ馴れしい」
どうしてか、白銀さんは知らない女の子と何だか親しげに話していたのだ。
ずっと待ってた私を、放りっぱなしにして。
「──は?」
思わず低い声が出たのも、ちょっと許してほしい。
だって、我慢できなかったから。
また明日って言ってくれて、嬉しかった。
久しぶりに、ベッドの中で明日が来るのをドキドキしながら待ってた。
きっと白銀さんも私だけしかいなくて、私だけ見てくれて、だから寂しくないんだって思っていたから。
白銀さんは孤独でも生きていけるから、一人きりだったと思ってた。
けど、想像してたよりもずっと可愛い女の子で、一人で居たくていたんじゃないかもって、そう見えて。
だから、白銀さんの一番になりたいって、昨日の彼女を見てそう思った。
なのに、今の白銀さんは、私のことを放りっぱなしにして、知らない女の子と話している。
──翼って、下の名前で呼び捨てにされてる。
気がついた時には、一歩踏み出していた。
会話に割って入るなんて行為、今までしたことないけど。でも、考える前に、衝動が体を突き動かしていたから。
「──白銀、さん」
二人の会話を断つようにして、割って入ってしまった。でも、今は気にならない。
「……誰?」
「きしね」
今は、白銀さんにどうしてって聞きたかったし、何してたのって問い詰めたかった。だから、頑張って白銀さんを睨みつけて。
けど、私の姿を確認した瞬間、白銀さんはトテトテとこっちに駆け寄ってきた。そして、無表情で、ジィっと私の顔を見上げてくる。
……それだけで許してしまいそうになるけれど、私の気持ちが安いと思われたくなくて、頑張ってその幼気な視線から目を逸らした。
「……きしね」
「待ってたんだよ、ずっと」
目を逸らしながら、怒ってるって伝える。
「白銀さんは、私のことなんてどうでも良かった?」
拗ねてるって思われないために、できるだけ恨みがましく。不満を白銀さんになすりつけるようにして。
……チクリと胸が痛くなるけど、でも私の胸にモヤモヤを描いたのは白銀さんだから。
「……ごめん、きしね」
声と一緒に、袖が摘まれた。
いつも通りの小さな声が、心なしか申し訳なさそうに聞こえる。
「何で、すぐ来なかったのかな?」
「……ちょっと」
「ちょっとじゃ、分からないよ」
目を合わせたら絶対に許してしまうから、逸らしたまま問い掛け続ける。私のヤキモキを、白銀さんにも味わって欲しくて。
すると、今度は……。
「ね」
白銀さんのことを、翼って呼んでいた女の子が、変わるように話しかけてきた。……この子のせいで、屋上に来れてなかったんだよね、多分。
「何かな」
冷たく、つっけんどんに返事をすると、その子は……。
「太宰、好き?」
何故か、全く見当違いな、おかしな質問を投げかけてきたのだ。
……えっ、太宰?
走れメロスとかの、太宰治?
「白銀さん、この人は?」
「変」
詳しい説明はなくとも、端的にその人のことを形容できている言葉。思わず白銀さんを見ちゃったけど、じっとこっちを見ていててくれたみたいで、直ぐに視線が合ってしまった。
透明で、無垢で、まるで鏡みたいな瞳。
……モヤモヤしてるのに、これ以上は怒れなくなっちゃった。
ずるいよ、白銀さんは。
「変じゃなくて、操」
「変なふたば」
双葉操っていう名前なんだ、この人。
白銀さんに、自分の名前で呼ばせようとしてる。
……私だって、まだなのに。
「きし、ね?」
咄嗟に、私は白銀さんの手を握っていた。
低めの、ほんのりと温かくなっている手を。
そうして、この子、双葉さんにハッキリ告げた。
「白銀さんの一番は私で、私の一番は白銀さんだから」
一緒に旅をするって、そう約束した時から。
だから、他の人には渡せない。
そういう意志を込めて、双葉さんを睨んだ。
白銀さんに、ちょっかいを掛けないでって、気持ちをこれでもかってくらいに詰め込んで。
すると、双葉さんはキョトンと首を傾げて。
少し宙を見上げてから、一言。
「──レズビアン?」
「は?」
レズ? 私が?
思わず白銀さんに視線を落とすと、パチパチといつもより瞬き多めで私を無言で見つめていて。ちょっと、びっくりしちゃっているのかもしれない。
それに気がついた時、急激に凄まじい羞恥に襲われて、声を思いっきり荒らげずにはいられなかった。
「さいっ、てぇっ!!!」
双葉さんは、白銀さんの友達かもしれない。
そのことも含めて、私はこの人のことが大嫌いになった。
白銀さん、信じないでね。
私の一番が白銀さんなだけで、下心なんて、ないはずだから!