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五話 競合他者電波

 どうしよう、岸根さんにめたんこボコボコにされちゃった……。


 昨日は、ボクの素敵なミステリアス振りを見せて、岸根さんに抱かれたかもしれないポンコツの疑いを晴らそうとしたんだ。


 ──けど結果は、ボク呼びで揚げ足を取られて、かわいいってマウントを取られた挙句、涙目(心の中は的な意味)で敗走することになった。


 まさに惨敗。ポンコツの疑いは晴れるどころか、汚名として被ることになっちゃった。もう全身ポンコツの汚名でビチャビチャ状態だ。


 ……どうしよう、岸根さん、呆れてないかな?


『白銀さん、全然ミステリアス少女じゃなかったんだ。……残念、ならもう良いや。ミステリアスじゃない白銀さんは、もう汚名塗れのミステイク錆銀さんだし、家に帰ってマコモ湯にでも浸かってれば?』


 こんなこと、唯一の友達になってくれた岸根さんに言われたら、ボクは間違いなく精神崩壊する。絶対に許されてはいけない、そんな未来だった。


 昨日、敗走しちゃう前に不安になって、"また明日会おうね、待ってるからね!"って伝えたけど……屋上、来てくれるかなぁ。


 ガラッと教室の扉を開けると、今日も岸根さんはこっちを振り向いてくれて。


「おはよう、白銀さん」


「ん、おは、よ。きしね」


 にっこり笑顔で、おはようって挨拶してくれた。

 微塵も、ボクのことをミステイク錆銀だなんて思ってる気配がなくて、ホッとする。


 ……いや、そもそも究極コミュ障のボクと友達になってくれる人が、そんな残虐なこと言う訳ないって分かってはいたんだけどさ。


 実際に目で見て、やっと安心できた。

 ご機嫌な岸根さんは、今日もボクにとっても優しい女の子だ。


 あと、ボクのミステリアスさは健在みたいで、一安心だよ!


 ……岸根さんが疑ってないってことは、そう言うことで良いんだよね?




 今日は屋上に行く前に、作戦を練ってから行くことにした。


 今度ポンコツを晒しちゃったら、ミステリアスが完全に削げちゃいそうだし。ボクの矜持的にも、ドキドキワクワクしちゃうミステリアス少女でいたいしね!


 そういう訳で、今日は屋上へ行く前に図書室へ寄っていた。今度は万全を期した、完璧ミステリアス少女として振る舞うために。


 岸根さんに可愛いね、じゃなくて素敵だねって言ってもらいたいし!


 そういう訳で、ボクは図書室の窓際の席に、太宰治の短編集を持って着席した。


 そんなモノ持って、何がしたいかっていうとね──ミステリアス精神統一、だよ。



 ミステリアス精神統一、それは謎めいた雰囲気を醸し出しながら他人を寄せ付けず、けど視線だけは集めるための儀式。


 ……なんて言うと大袈裟だけど、要するに事前に謎めいた雰囲気を高めて、ミステリアス少女としての切れ味を砥いでおくことだ。


 何をするかといえば、取り敢えずミステリアス少女がしてそうな挙動を、取り敢えず形から入る感じでしてみること。


 いつもみたいに、屋上で佇んでるのもそう。

 他には、意味深なことを呟いてみたり、何だか特別に見える行動をしてみたり(難しい文学読んでるフリ)するのが、ミステリアス精神統一。


 ……うん、いつも通りってことだよ。


 ただ、今日は先に岸根さんが屋上に行ってくれてるだろうし、他の場所でする必要があったんだ。


 だから図書室、学校でミステリアス少女の生息地と言えば、屋上か図書室か謎の部室だったりするからね。


 だから、こうして図書室でミステリアス高めてから、屋上に向かう必要があったんだよ!


 じゃあ、太宰治読んでるフリして、精神統一していかないとね。岸根さんが待ってくれてるし、10分くらいで良いかな!


 ………………

 …………

 ……


 ハッ、しまった!?

 つい読みやすいから、ぼやーっと短編集読んじゃってた!


 うわっ、読み始めてから30分も経っちゃってるし、マズイよ!

 岸根さん、もう帰っちゃったりしてるかな……。


 クッ、おのれ太宰治め!


 ……思ってたより暗くないし、結構チャーミングに思春期の女子書いてるじゃん。明日、太宰の文学読み漁ってみようかなぁ。


 と、それはともかくとして、急いで屋上に──あれ?


「……」


 いつの間にか、おんなじテーブルの反対側に、水色のショートヘアの女の子が、座って本のページを開けていた。


 ただ、その子は今、本じゃなくてボクの方を見上げていて。


「……なに?」


 ボク、落とし物でもしちゃったのかな?

 そう思って尋ねると、その子は淡々とした口調で、無表情のまま口を開いた。


「太宰、好き?」


「……ちょっと」


「そう……」


 その子は本を閉じて立ち上がると、ボクの側までやって来て。


「良い趣味、してる」


 無表情のまま、こっちの手を繋いでブンブンと握手して来たのだった。



 ──しまった、新手のミステリアス少女だ!?






 また明日、白銀さんのその言葉に胸を躍らせて学校に来た。


 久しぶりに、次の日が楽しみだったから。

 今度は、からかいすぎないようにしないとって、そう思いながら。


 いつもの通りの時間に、教室の扉が開いて。


「おはよう、白銀さん」


「ん、おは、よ。きしね」


 教室に入ってきた白銀さんは、迷うことなく私に挨拶をしてくれた。

 少し距離が縮まったみたいで、それが嬉しい。


 今日は、前までよりも良い一日になりそうな気がした。




 そうして、放課後。

 やっぱり白銀さんは、気が付けば教室から居なくなっていた。


 本当、猫みたいな身軽さだ。


 多分、私以外に彼女が教室から居なくなったこと、誰も気が付いていないと思う。どうってことないことだけど、優越感にも似た感情が胸に満ちる。


 この学校で、白銀さんのことについて一番詳しくなったのは、私だって自負があったから。


 些細なことなんて気にしないで、私は弾む気持ちで屋上へと向かった。



 ギィ、と鉄の擦れる音と一緒に、屋上の扉を開ける。


 開けた瞬間、飛び込んでくるのは視界いっぱいの青色。

 階段の暗がりから転調した世界が、そこには広がっている。


 そして、そこに彼女が──。


「……白銀さん?」


 待ってくれているはずの彼女の姿が、そこにはなかった。


 辺りを見回したけど、その姿はどこにもない。

 いつものフェンス際にも、給水塔の上にも、下の地面にも。


「まだ来てない、のかな」


 探しても見つからないなら、多分そう。


 ……少し、待ってみよう。

 そのうち、来てくれると思うし。


 今日は、私がフェンス際に近寄って、空を見上げた。

 何時も、白銀さんがそうしているように。


 薄い青色、それがどこまでも広がっている。

 何となく、その透明感が白銀さんを思わせた。


 あの子は、見上げた空に何を感じてたのかな。

 やっぱり、歩けそうって思うんだろうか。


「……そうかも」


 透き通っていて、けど冷たい訳じゃない空。

 青空が白銀さんに似ているなら、きっと拒絶されない気がした。


 ──私も、今日は少し、空を歩けるような気持ちになれた。



 それから30分、じっと待っても白銀さんはやってこなかった。




 待っている間に、陽は傾いて夕暮れが近付いているのを感じさせられた。

 でも、まだ彼女はここには来ていない。


 一瞬、もう白銀さんはここには来ないんじゃないかって考えが過る。けど……。


「……また明日って、言ってたよね」


 昨日の、いじらしい白銀さん。

 彼女のあの姿を思い出し、そんなことないって信じることにした。


 でも、だとしたら、今はどこにいるんだろう。

 白銀さんが何をしているのか、考えると居ても立っても居られなくなって。


「探しに行こう」


 自然と、足が動き始めていた。

 早く話をしたいなって、そう思って。




 そうして、まだ学校に居てくれてる筈の白銀さんを探して、校舎を覗きまわって。

 その姿を、やっと見つけることが出来た──のだけど。



 どうしてか、白銀さんは知らない女の子と何だか親しげに話していたのだ。



 ──は?

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