四話 ボク電波
生まれ変わり、前世。
転生って語彙は、最近流行りのモノになっちゃうから、わざとズラして生まれ変わりって言った。
そっちの方が、それっぽいしね!
突如として、こんな質問を投げかけられた岸根さんは、目を白黒させた後にちょっと考えて。
「分からない、かな」
岸根さんにしては、普通の返事を返したのだ。
でも、すごく真剣な表情をしてくれてるし、いっぱい考えてくれての答えだって分かる。
オシャレな言い回しじゃなくても、それで嬉しい。
だって、ボクの言葉に、一生懸命になってくれたってことだから。
ミステリアスな少女は、実は友達に構って貰えるのが嬉しいって思うものだし!
……ボクも喜んでたりしてるよ? 岸根さんが、こうして来てくれて。
恥ずかしい上にお口がアレだから、上手く伝えられないけど。
「白銀さんは、どう思ってる?」
それでも、やっぱり岸根さんは優しくて。
言葉足らずで無愛想レベル100のボクと、ちゃんと会話をしてくれてる。
顔面がはがねタイプじゃなかったら、多分ぬへって笑みを浮かべてたと思う。
「……ある」
だから真っ直ぐ、思ってるままのことを口にした。
実際問題、ボクは転生者だから疑う余地は無いしね!
ただ、証拠を出せって言われても出せるものはない。
だから、信じてって、岸根さんの目を上目遣い(無の表情)で見つめるしかなくて。
それだけじゃ足りないかなと思って、もうちょっと付け加えた。今回テーマの死生観のことも踏まえて、それっぽく。
「人は、生まれ変わり続けてる。だれかに」
「誰か?」
「だれか」
転生した理由について、考えてみたことはあった。
幼少期の時とか、ずっと暇だったし。
ボクが転生したのは、死んじゃうより過去のことだった。
産まれ直すのが、必ず未来だとは限らないってこの時初めて気がついた。
そう、死後の世界は過去と未来の狭間にある。
どこにだって行けるし、どこにだって行ってしまう。
だとしたら、未来に産まれるボクの中には、ボクじゃない誰か別の魂が入っているのかもしれない。ボクが産まれるのだって、そう遠く無い未来だしね。ボクの魂をコピペでもしないと、存在が矛盾しちゃいそうだし。
もし、このボクの考えが違って、同一の魂だけしか存在できないなら。
その時は、ボクは近い将来死んじゃってるのかも……。
──なんてね!
そんな訳ないだろうし、ていうか、これがボクの初めての妄想なんだ!
考えるのって、妄想するのって楽しいよねって、これで分かったんだ。
えへへ、自分がもしこうだったらって設定、考えると止まらないよね!
因みに、今のボクはミステリアスクール系少女だよ!
まあ、簡単に要約するとね?
「きしねはボクで、ボクはきしね」
「……え?」
「そういうことも、ある」
ボクの来世が岸根さんで、岸根さんの来世がボクだってこともある。
前世で読んだ、クソ分厚い小説の受け売りなんだけどね。
ボクたちは誰にだってなれる、そう思うんだ。
ね、それって結構面白かったりするよね、岸根さん!
「…………白銀さん、ボクっていま言った?」
「ん……」
あっ、気になっちゃったところ、そこなんだ!?
「──生まれ変わり、あると思う?」
その問い掛けは唐突で、今まで考えたことなんてないものだった。
白銀さんは濁りなく、透徹した目をして問い掛けている。……きっと、これからの事を勘案してくれてるんだって思えた。
この問い掛けは、空へ旅をする一歩を踏み出した後のことを考えて、旅立ったその後を考えてのものだから。
生まれ変わり、私じゃない私になること。
その響きは、ゾワリと私の背中を撫でていった。
最初からやり直せる──自分じゃない自分になれる。
そうなのだとしたら、素敵で、喜ばしくて、甘美で──なんて怖いんだろう。
「分からない、かな」
白銀さんの言うことは、おおよそ大体分からない。
けど、その言葉は本当に良く耳に残る。
「白銀さんは、どう思ってる?」
昨日の再現みたいに、白銀さんへと問いを返した。
何て言うんだろうって、ドキドキしながら。
どっちだったとしても、白銀さんの考えが気になって。
「……ある」
だから、ハッキリと言い切った彼女に意外さを覚えた。天使の階段の時みたいに、もう少しメルヘンな言い方をするんじゃないかって思ってたから。
「何で、そう思うの?」
風にたなびく白髪、はためくスカート。
パタパタと風に揺られている世界の中、白銀さんは気にした風もなく、私の目を真っ直ぐ見つめていた。
その目に射抜かれた瞬間、ふと思った。
今日の白銀さんは、空色なんだって。
「人は、生まれ変わり続けてる。だれかに」
「誰か?」
「だれか」
相変わらず、ふわりとした物言いだった。
来世の自分は、今の自分のが残ってないってことなのかな。
そうだったら、やっばり怖いかもしれない。
「きしねはボクで、ボクはきしね」
「……え?」
「そういうことも、ある」
でも、そんな私の考えを吹き飛ばすみたいに、白銀さんは不可思議なことを口にして。
フェンス際から、こっちにそっと近寄ってきた。
私が白銀さんで、白銀さんが私。
それって一体、どういう意味、なのかな。
やっぱり、白銀さんの言葉はむずかし──あれ。
待って、白銀さんの一人称、なんか変じゃなかった?
「…………白銀さん、ボクっていま言った?」
「ん……」
本当なら、色々と語ってくれた内容を考えるべきだって思う。
生まれ変わりの話をしてくれたのも、私のためだって分かってる。
──でも、だけど、今だけは!
未来の生まれ変わることより、近くの白銀さんのことを優先したかった。
白銀さんのこと、もっと知りたいって思っていたから。
白銀さんの幼い声で、ボクって一人称は……正直な話、なんか良いなって思ってしまったから。
「ね?」
「んっ」
一歩距離を詰めると、二歩白銀さんは後退する。
もう一歩詰めると、フェンス側までトテトテと離れて。
ジーッとこちらを見つめる瞳は、いつもと変わらないのに、その仕草から警戒されてるって分かって、何だか微笑ましい。
どんな子なのか、皆目見当もつかないと思っていた白銀さんは、もしかしなくても可愛い女の子だと伝わってくる。
「きしね、きちゃだめ」
それに、いつもよりも更に舌っ足らずな感じで、もしかしたら焦ってるのかもしれなかった。
……どうしよう、白銀さんが可愛いや。
「めっ」
一歩近付くと、白銀さんは無表情のまま威嚇するみたいに、"めっ"と口にした。
ここに来た時に纏っていた、不可思議な空気はこぼれ落ちていた。ただの白銀さんが、子猫みたいに可愛らしい女の子が一人、そこにいるだけで。
「ごめんね」
その様子があんまりに愛らしすぎて、我慢できずに近寄っちゃった。
白銀さんは、逃げることなくこっちをじっと見ていて。
「白銀さんは、ボクなの?」
私も視線を合わせて、尋ねてみると。
「……ボク」
観念したみたいに、一言だけそう呟いた。
そっぽ向いてるのは、もしかしたら照れてるってことなのかもしれない。
「か、かわいい……」
耐えきれなくて口に出して呟くと、白銀さんは小さな声で。
「きしね、いじわる」
って、囁いて。
スルリと私の横を抜けて、屋上から出ようとした。
……したんだけど、一度トテトテとこっちに戻ってきて。
「きしね、また、明日」
それだけ告げて、今度こそ屋上を後にした。
時間帯は、気がつけば夕暮れ時。
いつも、憂鬱になる時間帯。
──けど、今日はそんなことはなかった。
「また明日、かぁ」
些細でありふれてる言葉なのに、どうしてか白銀さんが言うと、特別な響きを持って耳に残った。
明日なんていらないって、そう思ってるのに。
ちょっと、ほんのちょっとだけ……。
「また明日だね、白銀さん」
明日が来るのも、許せそうな感じがした。