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三話 アンジャッシュ電波状況

 もしかすると、今のボクは地上で最も成長した生き物なのかもしれなかった。


 ……何故なら、おはようって言えたから!



 朝、ボクはルンルン気分(表情は殺し屋みたいに無表情だけど)で登校していた。


 どうしてかって言うと、そんなのは勿論──今世で初めて、友達ができちゃったからだ!


 岸根さん、岸根理央さん。

 ちょっと気弱そうだけど、逆に言えば表情がとっても柔らかくて、すごく人当たりのいい女の子。

 でも、それは表面上の岸根さんにすぎなかったんだよ。


 岸根さんは何と、屋上ミステリアス同好会(非公認、部員現在2名、岸根さん込み)への入部希望者だったのだ!


 格好良い言語センスに、空を飛びたいだなんて素敵な感性をしている彼女が一緒に屋上でミステリアスしてくれる。それだけで、気分がアガってきてしまう!(毎日来てくれるかは分からないけど、好きな時に参加してくれたら良いからね!)


 そんな子と友達になれたボクは、もしかすると人生の確変期に突入しているのかも知れなかった。今パチンコに繰り出したら、億万長者、目指せるかも知れないね!


 それにさ、単に友達になっただけじゃないんだ。

 ……約束も、しちゃった。


 一緒に天使の階段を見に行こうねって、我ながら凄く素敵なお誘いを!


 いつもは口が反逆して何も言えないのに、昨日に限っては言葉足らずになっちゃったけど、ちゃんと言いたいことを言えたんだ。言いたかったこと、全部じゃないけどね。


 言葉足らずになっちゃった部分は、天使の階段についての説明のところ。本当に、ちゃんと現実にある現象のことだから。


 ちゃんと説明できなくて、危うくミステリアス少女から電波系アルミホイル巻き巻き少女に見られちゃうところだった(岸根さんの読解力が鬼強くて、ギリギリ助かったけど)。


 天使の階段、正式名称は薄明光線。みんなは天使のはしごって呼んでるらしい、階段に見えるのにね。

 空が雲に覆い隠されちゃってる時、雲の切れ目から漏れ出る太陽光のこと。


 扇状に広がってたそれは、とっても神秘的で、この上を歩いて行ったら別の場所に繋がってるんじゃないかってすら思えた。


 前世で一度だけ見たことがあるんだけど、本当に綺麗すぎて、ボクの心に巣食っていた高二病に亀裂を入れるきっかけになったんだ。


 もしかすると、ボクが転生できたのも、その光のおかげかも知れないしね!


 だから、また見たいなぁって思ってて、妄想するついでにそういう日が訪れるのを待ってたりしてた。


 でも、天使の階段見るより先に、友達ができちゃうなんてね。人生現在16年目(二周目)、長生きはしてみるものだね!



 心の中でスキップしながら、教室に到着。

 ガラリと戸を開けると、一番近くの席にいる彼女が振り向いて。


「お、おはよう、白銀さん」


 いつも挨拶してくれる人、もっと言えば昨日友達になった人がにこやかに、おはようって言ってくれた。


 岸根さん、今世で初めてで唯一のお友達。

 そんな彼女に、ボクは……。


「ん」


 いつも通りに横柄な、ん、って返事が口から漏れ出た。それだけで、岸根さんは満足そうにしてくれてるけど……。


 足が、彼女の席の前で止まった。

 ……友達になれたのに、素っ気ないのは嫌だったから。


「白銀、さん?」


 不思議そうにこっちを見上げている岸根さんに、ボクは何度か口をパクパクさせてから。


「──おは、よ、きしね」


 絞り出すように、ごくごく普通のおはようを捻り出した。捻り、出せた。


 ……言えちゃった。

 おはようって挨拶、ちゃんと出来ちゃった。


 今までまともに挨拶できない系の人間だったのに、一生懸命頑張ろうって気持ちになったら、何かいけちゃったよ!


「えっ、白銀さん、いま……」


 ボクの圧倒的進化を前に、岸根さんもびっくりして目をまん丸にしている。人間、やればできるものなんだね!(呼び捨てだったけど!)


 ……この言い方だと、今までやる気なかったから挨拶できなかった、みたいなダメな奴っぽくてヤだなぁ。


「あっ」


 なんか複雑な気持ちになって、そっと自分の席へと向かった。挨拶できたことが嬉しいけど、なんか照れちゃったのと、自分のポンコツ具合を岸根さんに悟られないために。


 ……バレてないよね、ボクがミステリアスな女の子じゃないってこと。つい昨日まで、幽霊って思われてたし大丈夫だよ、ね?




 なんか不安になって、今日は授業中、ずーっと岸根さんをチラ見していた。


 ちょっと見つめてから、すぐ目を離す。

 こんなことを何回も繰り返して、繰り返してると岸根さんと目が合うこともあって。


「?」


 何かなって目をしてくれるから、その都度に目を逸らすしかなかった。首を振って何でもないよって伝えることでさえ、ボクの体にとっては高等技術が必要な技能みたいだから。


 そんなことを一日続けたけど、結局バレてるかどうかなんて分からなかった。分かったのは、岸根さんが授業の時だけメガネを掛けてることくらい。


 目、悪かったのかな?

 もしかしたら、幽霊だって思われてたの、そのせいだったの?


 むぅ、まさかの伏線回収。

 ボクの雰囲気が神秘的すぎたから、幽霊って思われてた訳じゃないんだ。


 なんか、悔しい。

 ミステリアスな女の子、できてたんじゃ無いかって思い込んでたから。


 このままだと、まだバレてなくても、いつかはミステリアス美少女じゃなく、ミステイク系ポンコツ少女だって思われちゃうよね。こ、困る!


 な、何とか岸根さんに、見直してもらわないと。

 どうすれば良いかな、岸根さんに無表情系ミステリアス美少女だって思ってもらえるの!


 ミステリアスでー、不思議でー、何考えてるかわかんない雰囲気、出す方法。



 ──死生観とか、口にしてみるのってそれっぽいかな?






 少しドキドキしながら、教室まで来た。


 昨日、あんなことがあったから。

 もしかすると、何かが変わるんじゃ無いかって。


 息を潜めて、その時が来るのを待って。


 彼女が来る、いつもの時間。

 予鈴が鳴る5分前、いつもの決まり事みたいに教室のドアが開けて、彼女が登校してきた。


 白銀さん、とても大切な約束をしてくれた子。


 天使様の階段の前で、空を歩こうねって。

 そうして、綺麗に終わろうねって約束。


 誰とでもできない、たった一人とだけできる約束。それを交わした相手が、私にとっての白銀さんだった。


 行きずりの心中だなんて、そんなの信じてなかったけど、本当にあるのかもしれないって思わせられたから。


 彼女は単なるクラスメイトでも、友達でもなくて……敢えていうなら、共犯者が一番近いかもしれない関係だった。


「お、おはよう、白銀さん」


 声を震わさないようにしながら、昨日特別になった、なる予定になった彼女に声を掛けた。もしかしたら、いつもと違う反応をもらえるかもしれない、ちょっとだけそう期待して。


「ん」


 でも、白銀さんはいつも通りに、ある意味で安心するくらいの短い返事だけの挨拶で。


 ……別に、良いけど。


 いきなり変わる事なんて、早々ないし。

 ただ、ちょっと寂しい、だけだから。


 そう、自分を言い聞かせようとしたところで。

 ──白銀さんが、私の席の前で立ち止まって。


「白銀、さん?」


 見上げた彼女は、何の色もない透明な表情のまま。

 でも、何かを言いたげに口をモゴモゴとさせてから。


「──おは、よ、きしね」


 みんなに聞こえない、本当に囁くみたいな声量で、白銀さんはそれだけをボソリと伝えてくれて。


「えっ、白銀さん、いま……」


 おはようって、言ってくれたの?

 あの、白銀さんが?


 期待はしてたけど、でもまさかって思って。

 まじまじとその顔を覗き込むと、直ぐにプイッと逸らされてしまった。それで……。


「あっ」


 何事もなかったかのように、そのまま自分の席へと向かって行った。いつもの、クラスにいる時の透明な空気を纏って。


 ……今、話しかけて、くれたんだよね?

 一瞬のこと、夢みたいだったけど、多分夢じゃない。


 一瞬だけ、夕陽が落ちた後の彼女が顔を覗かせてくれたみたいで、少し嬉しい。懐かない猫が、少し甘えてくれたみたいで。


「……思ってたより、可愛い子、なのかな」


 感情表現が苦手なだけで、もしかすると人懐っこさがあるのかもしれない。そんな子が、私にだけそれを見せてくれた。


 ちょっぴり、それに優越感を感じずにはいられなかった。



 それから、いつもと違うことに気がついたのは、授業の最中でのことだった。


「…………」


 白銀さんが、時折こっちを無心で見つめてること。

 それで、視線があったらプイッと顔を背ける。

 そんなことが、何回もあった。


 ……メガネ、気になってるのかな?


 落ち着かなさを感じて、少しズリ落ちた黒縁のメガネを整える。私は目がそこそこ悪くて、授業の間にだけ掛けてる。そのことに、多分白銀さんは今日気が付いたんだ。


 だから、気になってるんだと、多分そういうことなんだと思う。……ダサいから、あんまり見られたくないんだけどなぁ。


 そんな、授業の内容が妙に頭を素通りして、あんまり残らなかった一日を過ごして。


 終礼が終わるのと一緒に、いつの間にか教室から白銀さんが消えていた。今まで気にしたことなんて無かったけど、もしかすると毎日こんな感じなのかな。


 そんな彼女の姿を求めて、私は迷わずに屋上へと向かった。

 聞きたいことも、知りたいことも沢山あるから。


 まだ、白銀さんのこと、全然知らないから。



 キィ、と金属音の擦れる音と一緒に、屋上の扉を開ける。

 風と一緒に、まだ青色の空が吹き抜けるみたいに目に入ってきて。


「きしね」


 やっぱり、予想通りに白銀さんはそこに立っていた。


 ……けど、雰囲気が違った。

 まるで昨日の夕暮れ時みたいに、不可思議な雰囲気に包まれた彼女がそこに立っていて。


「──生まれ変わり、あると思う?」


 私達の未来を案ずるようなことを、口にした。

 どうしてか、変わらない無表情の中に、微かな憂いを載せて。

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