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エピローグ 電波はきっと、恋心のこと

 助け合いながら、一緒に生きていこう。

 そんな約束をしたボクたちが、どうしたかと言えば……。


「翼ちゃん、玉ねぎ切ってくれるかな?」


「ん」


「それ終わったら、お肉と混ぜて捏ねてね」


「ん!」


 堂々と、おんなじ部屋に住み始めていた。

 あの外からしか鍵を開け閉めしない部屋に、結局戻って来ちゃった。


 理央ちゃん、ボクの部屋って言ってくれたし。

 もう鍵閉めないって、約束もしてくれたしね!


「でき、た」


「ありがと。じゃあ焼くから、お茶碗の方お願い」


「ん」


 それから、家事を分担してやるようになったよ。

 全部お世話してくれようって思ってたみたいだけど、二人で助け合っていこうねってお話ししたもんね。


 だからね、お手伝いさせて。ボクに家事、色々教えてくださいって言葉足らずに伝えたら、こうなったの。


 理央ちゃん、ちゃんと教えてくれてる。

 言いたいこと、ちゃんと伝えられたよ!


「できたね! つ、翼ちゃん、ご飯にする? お風呂にする? それとも…………」


「ごはん」


「……そっか」


「ちゅー、歯、みがいて、から」


「っ、うん!」


 あとね、理央ちゃん何だけど。

 何かにつけてキス、されたがりになっちゃってた。


 なんかね、安心できるんだって。

 ボクは毎回ドキドキしてるのに、理央ちゃんってばズルいよね?


 頬っぺたとか手とか、そういうところばっかりなんだけどね。

 まだ、唇にだけはしたことないんだ。


 これ、逆に変なフェチズムっぽくて、えっちな気がするね?


 それはそれとして、そんなだから余計に意識しちゃって、唇にキスする難易度だけ爆上がりして行ってる気がする。


 ……ボク、死ぬまでに理央ちゃんとキス、出来るよね?


 今世でも童貞な上、唇まで交わせないまま死んじゃうなんて、おかしな未練でまた転生しちゃうかもしれない。


 純度100%、性欲を拗らせての転生だね?

 最悪過ぎて、オークに転生しちゃいそう。

 そうなったら、もう焼き豚になるしかないよ。


「美味しいね、翼ちゃん!」


「……ん」


 でも、こんな純真な笑みを浮かべてる理央ちゃんに、"くちびる寄越して、役目でしょ!"なんて言える訳が無かった。


 理央ちゃんには、えっちなのと適度な距離感を保っていてほしいのです!



 因みに、今日のチューはおへそにでした。

 ……倒錯してるよね、本当に何でだろうね?




「あっ、翼」


「……みさお」


「久し、ぶり」


「ん」


 数日後、本屋さんに行ったら操ちゃんが居た。

 相変わらず、太宰の本を見て回ってるみたい。

 太宰の物語なら、もう全部読んでそうなのにね。


 あっ、そう言えばだけど!


「みさお、本、助かった。ありが、とう」


 夏休み前、漬物石みたいなふざけた本を押し付けられて困ったけど、結果的にとても役に立ったから。


 感謝の意を伝えると、操ちゃんは軽く頷いて。


「太宰で、救われた?」


「ん、固く、て」


「モノによる。柔らか太宰もまた、存在してる」


 操ちゃんの言葉に、うんうんと頷く。

 太宰なら、物理法則を無視して固くなったり柔らかくなったりしてそうだから。


 ……一瞬、男のアレなのかなって最低すぎる想像が頭によぎって、フルフルかぶりを振った。


 いくら大宰でも、本になってまで勃起と萎えるを繰り返すはずなんてないはずだから。


「翼は、どの太宰、好き?」


「……物語、で?」


「そう、物語。他、何かある?」


「……硬さ?」


「内容の硬軟、含めて物語」


 操ちゃんは、太宰の武器性能の面じゃなくて、物語の面白さのことを論じてるみたいだった。

 いや、それが正解で当たり前なんだけど。


 でも、あの操ちゃん手作りの太宰注釈本、何であんなに角が固かったんだろう。お陰で脱出できたけど、あんなに硬くしてる意味は分からなかった。


「それで、どれ?」


 ぐいっと迫って来る操ちゃんに、ボクは内心苦笑いしながら一冊の本を取り出した。それは、以前に操ちゃんとお出かけした時に買ってもらった文庫。


「女生徒、太宰で一番、好き」


「分かる、翼は本当に分かっている。口が悪く、普通で、それでいて繊細な女の子。この子の細やかな様子が、本当に可愛い」


 早口気味になりながら語る操ちゃんは、相変わらずの様子で見てて何だか安心できた。


「ん、りお、みたいで、かわいい」


 ただ、ボクがボソッと呟いた言葉も聞こえてたみたいで、耳にした瞬間ピタッと動きと口が止まった。


 そして、カクついた動きでボクの顔、まじまじと見て。


「……眼科、行く?」


 中々に酷い一言を、正面から浴びせて来た。


 安心して、目はすこぶる良いよ。

 メガネ必要ないし、ずっと裸眼で視力1以上だし!


「りお、かわいい」


 もう一度繰り返せば、操ちゃんはパチパチと何度か瞬きして。


「……蓼食う虫も、好き好き」


 物好きだねとコメントを残して、目を逸らした。

 これも相変わらずで、理央ちゃんに対してはなんか辛辣。


 思えば、理央ちゃんと操ちゃんはずっと仲悪い。

 相性、とでも言えば良いのか。

 二人とも優しいのに、何でだろうって思う時がある。


「りおと、仲、悪い。何で?」


 ふと、口から疑問がこぼれていた。

 仲直りしてほしいとか、そんなんじゃなくて純粋な好奇心で。


 それに操ちゃんは、チラリとボクに横目で見てから、また視線を逸らして。


「……岸根は、いい加減なの、嫌い。私は窮屈なの、嫌い。生真面目な岸根と、大雑把な私。水と油、太宰と三島、反目し合うのも仕方、なし」


 そっか、と大人しく頷いた。

 言われてみれば、確かにそんな傾向があった気がするから。


 相性だから仕方ない、無理しても仲良くなんてなれないし。


 でも、ちょっとだけ寂しい。

 ボクにとっては、数少ない仲良しさんだから。


「……苦手だけど、嫌いじゃない」


 だから、そう付け足してくれた操ちゃんは、本当に優しい人だった。多分、無表情のボクからでも、何かを感じ取ってくれたんだと思うから。


「ボク、は、二人とも、好き」


 そんな二人だからこそ、友達になれたんだなって思ったら、素直に口からそんな言葉が溢れた。

 操ちゃんは、何度か目を瞬かせてから。


「……翼、素直になった。上手く行ってるみたい、安心」


 いつか見せてくれた、頬っぺたを指でグニっとして、笑顔を作るやつを見せてくれた。良かったねって、心の底から祝福してくれてる。


 だからお返しに、指で頬をあげて、操ちゃんの真似っこをした。

 ありがとうって、ボクも伝えたくて。


 そのまま、二人で擬似笑い合いっこを数秒して。


「……太宰は書きました、"ただ、好きなのです。それで、いいではありませんか。純粋な愛情とは、そんなものです"って」


 擬似的な笑みを浮かべたまま、操ちゃんは首を傾げた。


「そういうこと?」


 それにボクは、指を下ろしてから。


「そういう、こと」


 本物の笑顔で、操ちゃんに返事ができたのだった。


 うん、嬉しいもんね。

 笑顔、浮かんじゃうよね?


「……やっぱり、翼は可愛い。初めから、私、気付いてた」




 あれから、操ちゃんに軽く相談に乗ってもらった。


 久しぶりにお話しできて嬉しかったし、相談したらアドバイスくれた。操ちゃんは、本当にいつだって頼りになる友達だ。


 また学校が始まったら、よろしくだよ!


「ただ、いま」


「おかえり、翼ちゃん──ん?」


 結局、本屋では操ちゃんに勧められたロマン燈籠って文庫を買って(言うまでもなく、太宰の作品だよ)、そのまますぐに帰って来た。


 すると、出迎えてくれた理央ちゃんは、何度か鼻をすんすんとして。


「──双葉のにおい、する」


 すっごい真顔で、瞬間的に操ちゃんと会ったことを看破して来た。理央ちゃんの前世、警察犬か何かだったのかな?


「本屋、いた」


「ファブリーズ、かけるね?」


 そのまま、問答無用でシュッシュとされる。

 操ちゃんは理央ちゃんを苦手と言っていたけど、理央ちゃんは操ちゃんのことをしっかり嫌いだった。悲しいね?


「何かされてない? 大丈夫?」


「……かわいいって、言われた」


「それは全人類知ってることだよ」


 知らないと思うよ、全然。

 けど、理央ちゃん、何だかんだでボクが褒められるのは結構好きみたいだ。


 言ったのが操ちゃんでも、全然気にしてる風すらない。ボクの髪は白いと言うのと同じくらい、普通のこととして受け取っていた。


 ……流石に、ちょっと照れるね。


「何にもないなら、いっか。翼ちゃん、おやつ食べ──」


「りお」


 でも、お陰で照れを紛れさせるために、思い切って行動ができた。

 理央ちゃんの袖を掴んで、待ったをかけたのだ。


「……翼、ちゃん?」


「──りお、お散歩、しよ?」


 帰って来る前、操ちゃんに相談したこと。

 それは──理央ちゃんの唇に、キスしたいってこと。


 今日のボクは、かなり大胆だ。




 マンションを出て、二人で歩く。

 街中をのんびりと、暑い陽射しの中で靴音を響かせながら。


「あっついね」


「ん、あつい」


 今日は特に暑い日で、軽く手を繋げば暑い上に、あっという間に汗に塗れてしまった。


 それでも、ボクたちは手を繋いだまま歩いていた。そんな状態でも、不快さなんて微塵も感じなかったから。


「……翼ちゃん、ここって」


「ん、神社」


 そうして歩いて、たどり着いたのは前のデートの時に、理央ちゃんが連れて来てくれた神社だった。


 まだ昼間なのに、今日も平日休業してる。

 もしかしなくても、ちょっと経営が危ない神社っぽい。


「今日もお守り、買えそうにないね」


「次、空いてる時、来る」


 でも、今のボクにとっては好都合だった。

 だって、この場には人がいないってことだから。


「……冷たい」


「ん」


 手水舎で少しお水をお裾分けしてもらって、手を濯いで。本当はお参りに来たわけじゃないからダメだけど、ここが良いなって思ったから。


 ──理央ちゃんと、キスする場所。


 操ちゃんが、雰囲気さえ出せばいけるから、思い出の場所に誘えば良いってアドバイス、してくれたから。


 下心満載で、神様の傍に来ていた。


「りお、こっち」


 汗を流して、ほんのり冷たくなった手で、理央ちゃんの手を取った。


 そのまま、神社の木陰へと向かう。

 この神社で、一番高い樹木の前まで。


「蝉の声、すごいね」


「……夏」


「夏だね」


 つんざくみたいな蝉の合唱。

 敵わないくらい、夏を感じさせられる鳴き声。

 木陰でも、陽炎が揺れるくらいに暑い日。


 ──撫でるみたいな、一陣の風が吹いた。


 風に揺られ、葉っぱが舞い散る。

 幾らかの蝉が、思い立ち飛び立った。


 蝉の鳴き声が、遠くなる。


「……あのね、りお」


「うん」


 そんな中で、ボクは手を繋いだまま、何とか勇気を振り絞っていた。


 気恥ずかしさが、どうしても抜けなくて。

 散々して来たのに、唇に場所が変わっただけで、すごく凄く緊張する。


 ……理央ちゃんの特別なところ、だから。


「あの、ね……」


「……うん」


 それでも、手を繋いで、急かさずに見守ってくれている理央ちゃんだから。



「──唇に、ちゅー、したい」



 何とか、ギュッと振り絞りながら声を出せた。


 隣の理央ちゃんは、ゆるりと口元を柔らかくして。


「──良いよ」


 ほんのりと頬を染めて、ボクの欲望を認めてくれた。

 胸から、心臓が飛び出てしまいそうになる。


「……私からにしよっか?」


「背伸び、する」


 身長差を気にしてくれた提案に、ボクは意地を張って。

 それを、理央ちゃんは笑って受け入れてくれた。


 繋いでいた手を解いて、そっと背伸びをする。

 目を閉じた理央ちゃんに、つま先立ちをして、顔を近づけて。


「んっ」


 世界から、音が消える。

 耳鳴りがするくらいの無音。


 唯一、ちゅっ、と淡い音だけが響いていた。




 夏の日の思い出、一生物の記憶。

 ボクたちは、神様の側で口付けを交わした。


 見せ付けるみたいに、ボクたちは互いの唇を啄んだ。


 神様、どうか祝福をくださいますように、と。

 結婚式で、証を立てるみたいに。


 ここは神社で、鐘の音はない。

 ベルの代わりに、心臓ばっかりが脈打っていく。


 その中で、感じた──理央ちゃんの拍動を。

 ボクと同じくらい、ドキドキ高鳴ってる心臓の音を。


 それに気がついて、甘い甘い気持ちになる。

 心臓が脈打って、血液に代わり、ココアが体に巡るみたいに。


 溺れるみたいな、幸せな時間。

 女の子は砂糖とスパイス、それと素敵な何かで出来ているって分かった時間。


 ボクの身も心も、全部を理央ちゃんにあげちゃっていた。通い合わせた心が、体が、お互いのことを分かり合える。


 "もう大丈夫だね"って、無音の世界で誰かが囁いた。


 それが誰の声なのか、全然わからない。

 でも、一つだけわかってることがある。


 もう一人っきりじゃない、分かり合える大切な人がいる。その意味に、形となって触れ合えている。

 それは、あまりに幸福なこと。


 そうして、伝わってきて、伝え返した。

 ──好き、大好き、愛しています。


 声もなく、行為だけで。

 惑うことなく、確信を持って。


 きっとボク達は今、世界で一番幸せだった。


完結です!

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
読んでとても心に突き刺さって泣けました 素晴らしいお話をありがとうございました
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