二十話 もう全員電波だよ……
昨日からずっと考えてた。
双葉さんが言ってた、理央ちゃんの頭が浮かれポンチスイーツ梅毒になってるってことについて。
何なんだ、浮かれポンチスイーツ梅毒って。
理央ちゃんに、一体何が起こってるんだろうって。
ボクに好きって言ってくれたことと、何か関係あるのかな。それとも、単なる自意識過剰?
……分かんないね、実際に本人に会わないと。
妙に気になったまま、寝不足気味で迎えた翌日。
しょぼしょぼの目をグニグニしながら、学校に登校したボクを迎えてくれたのは……。
「おはよ、翼ちゃん♪」
妙に浮かれ気味な、理央ちゃんのニコニコ笑顔。
……うん、可愛い。
「おはよ、りお」
「ふふ、今日も良い一日になるね」
「そう……」
なんか、とってもご機嫌。
いつもの落ち着いた雰囲気じゃなくて、ウキウキしてるのが伝わってくる。
でも、双葉さんが言ってたみたいな、浮かれすぎて頭がヤバい、なんて状況には微塵も見えなくて。
……いつもみたいに、双葉さんの言い過ぎ案件っぽかった。深刻そうな口ぶりだったから、心配しちゃったけどね。
「放課後、いつもの、場所」
「うん、分かってるよ、翼ちゃん!」
こんなに楽しそうにしてくれてるなら、これで良かったって感じがする。……お陰で、一方的に感じてた気まずさとか、気にしなくて済んだし。
気にされてないってことは、やっぱりボクの自意識過剰だったんだ。
……良かった、色々ボクの勝手な思い込みで。
なにも、変なことしなくて。
そうして放課後。
いつもみたいに、いつもの時間が始まるって、ボクは無邪気に信じていた。
「お待たせ、翼ちゃん!」
「???」
けど、屋上に現れた理央ちゃんは、見た目からして様子がおかしかった。
両手には、"翼ちゃんLOVE!"と"愛してるぞ翼"の二刀流うちわ。
額には、"翼ちゃん命!"と書かれたハチマキ。
明らかに、ミステリアスとミステイクとを勘違いした理央ちゃんが、目の前に立っていたのだ。
さようなら、いつもの日常。
こんにちは、悪夢みたいな現実。
『岸根、壊れた』
ここにきて、昨日の双葉さんの言葉がやっと理解できた。
理央ちゃん、頭が変になっちゃってるよ!!
「りお、それ……」
「あっ、翼ちゃん気がついた?」
ニコニコ笑顔で、うちわをパタパタする理央ちゃん。
これ見よがしに見せつけられてるから、気付かざるを得なかったんだよ。出来れば、永遠に気付きたくなかったんだけど……。
「……何?」
本当に何?
理央ちゃん、どうしちゃったの。
電柱に頭ぶつけて、パーンってなっちゃったの?
「よく聞いてくれたね、翼ちゃん!」
聞かざる得ない状況なんだよ、理央ちゃん。
じゃないと、ボクの頭もおかしくなっちゃいそうだから。
「このうちわやハチマキはね──翼ちゃん激推しグッズ集だよ」
激推し、ぐっず?
「これでね、日々頑張ってくれてる翼ちゃんを応援するんだ!」
爛漫とした笑みで、ずっと理央ちゃんはおかしな事をのたまっていた。
一日ぶりに会った友達が、怪しげな宗教にハマっていた気分。
しかも教祖はボクだし、本当に理央ちゃんの中で何があったのか。偉い人が偶像崇拝を禁止する気持ちが理解できてしまう。
「なぜ?」
ボクの妄想よりも苛烈なナニかを叩きつけられて、頭がおかしくなりそうになる。でも、最後の気力を振り絞って、この時間の答えを得ようとした。
理央ちゃん、君はどうしちゃったのって。
すると、キリリとした顔で、理央ちゃんは……。
「──翼ちゃんが私の推しで、世界で一番可愛いんだってこと、気がついちゃったの」
完全におかしくなっちゃったことを口走って、えっへんとしていた。
ミステリアスでカッコいいとか、綺麗だとかなら受け入れられたのに、かわいいなんだ……。
ボクがあの時、いいなって思った理央ちゃん。
夕陽の中で、素敵な事を言ってくれる友達。
その人が、こんな変な事を口走るようになってしまった。
ボクは一体、どうすれば良いの……。
「りお、へん……」
「えっ、翼ちゃん?」
おかしくなって、ボクを推しとか言って崇拝する理央ちゃんを見てられなくて、小走りで屋上を後にする。理央ちゃんの声が聞こえるけど、今だけは全部無視した。
だって、頭がおかしくなりそうだもん!
こんな理央ちゃん、見たくなかった!!
「……ふたば、話、ある」
「そろそろ、来ると思った」
逃げるようにして屋上出た後、ボクが向かったのは図書室だった。
頼れる友達が、双葉さんしかいなかったから。
何か事情、知ってそうって思ったのもある。
「りお、へん……あれ、なに?」
理央ちゃんヤバいよ、何であんなのになったの! って口にすると、お口が意訳してくれた。
端的だったから、双葉さんの返事もシンプルになって。
「浮かれポンチスイーツ梅毒、アホの岸根になってる」
あんまりにもあんまりだけど、確かにそんな感じ。許してあげたいけど、あんまり許せないタイプの理央ちゃんだったから。
「どうして?」
何かが起こってるんだって認識できたから、次は解決の糸口を求めた。早く理央ちゃんに、元に戻ってほしくて。
理央ちゃんが永遠にあのままだと、今度はボクもどうかしちゃいそうなのもある。
「なら、聞いて、翼」
双葉さんは、重々しく頷いて。
順番に、昨日あった事を話し始めた。
彼女の視点から見た、理央ちゃんについてを。
「昨日の岸根、浮かれてた。翼に好きと言って頭がパー」
「……」
そう、確かに言われた。
理央ちゃんに、好きって。
嬉しいけど困って。
本気にしたいけど、真に受けたらダメで。
だから、さっき理央ちゃんに会うまで、心がクシャクシャしてた。
……さっきの理央ちゃんで、全部心からボトボト落ちてっちゃったけど。
「ずっと浮かれっぱなし。でも──時々、思い詰めた顔、してた」
思い詰めた顔って聞いて、思い当たりがあった。
屋上で、時々理央ちゃんがしてた顔。
寂しそうな、悲しそうな、俯き気味の。
夕陽越しだから、そう見えちゃったのかなって思ってたけど。もしかしたら……何か悩み、あったのかな。
「翼、理由、わかる?」
分からない、気のせいかもしれないって思ってたから。
もっと理央ちゃんのこと気にしてたら、頭のネジ、外れなかったのかな。ボクを推しだなんて言って、ミステリアスから電波に転向しちゃったり、しなかった?
友達のSOSに、気が付いてあげられなかった、のかなぁ……。
考えれば考えるだけ、しょんぼりしてしまう。
ボク、理央ちゃんのこと、大切なのに何にも気付いてあげられてないって、気がついて。
「因みに、私、知ってる」
「……?」
だから、双葉さんのその言葉が、耳にスッと入ってきた。
「──岸根が、突発性メルヘン梅毒に掛かった要因」
溺れてる最中に、差し出された藁みたいで。
「……しってる?」
「うん、知ってる」
お陰で、落ち込んで底までいっちゃいそうだった気持ちが、シャッキリしてくる。
何にも分かんないと何か分かりそうでは、天と地の差があるから。
「おしえて、ふたば」
「いいよ」
だから、双葉さんに心の底から本当に感謝した。
背後から、後光が差して見える。
救世主様はここにいたんだって、理央ちゃんみたいに怪しい宗教にハマっちゃいそうな心境。
救われるって、こういうことなんだって、何気なく理解して。
「でもね、翼」
そんなボクに、双葉さんはそっと耳元まで近づいてきて。
「──操って、呼んで」
トーンが変わらなくて、だから何者にも阻まれない。
そんな、平らな声で双葉さんは囁いた。
名前で呼んで、親しくしてって。
一瞬の逡巡、誰かを想って過る罪悪感。
ツンとした彼女の態度を思い起こすと、胸が騒めく。
でも、そんな戸惑いに、双葉さんは……。
「昨日、岸根と二人でハンバーガー食べた」
変わらない表情のまま、何で悩んでるのか知ってるんだよと、戸惑いを掻き消す一言を放った。
気まずくて、落ち着かず──どうしてか、チクって胸がして。
「……そう」
そっか、とその言葉を受け止めた。
ボクとは、気軽に遊びに行かないのに……。
……でも、ボクはあんまり喋れないし、退屈だと思われても仕方ない。
すごく複雑な気持ちのまま、ボクは。
「──みさお」
「ん、上出来」
何だか分からない気持ちのまま、そう呼んじゃっていた。
双葉さんは無表情だけど、口角に指を添えて。
「嬉しい。ありがとう、翼」
そっと指で頬を押し上げ、笑顔を作ってくれた。
……和んじゃった、不器用な笑顔で。
ボクの方こそ、ありがとうだよ──操ちゃん。
「翼、聞いて」
「ん」
それから直ぐ、ボク達は理央ちゃんを正気に戻すための会議を始めた。原因を尋ねたけど、まずは治す方法を先に説明させて欲しいと言われて。
「岸根の脳は、異常をきたしてる」
「ん」
残念なことに事実だ、残念な事実すぎた。
今の理央ちゃんは、明らかにおかしいから。
「これを治すには、ショックが必要」
「……ショック?」
「そう、岸根の脳は昭和家電と一緒だから、斜め45度で衝撃を与える必要がある」
……何か偏見が混じってるけど、頼りにできるのは操ちゃんだけだし、黙って続きに耳を貸して。
「だから、破壊する」
「何を?」
「岸根の脳を」
???
「どういう、意味?」
「──岸根の脳を破壊して、メルヘン梅毒を駆除する。言い訳、出来なくして、気持ちを暴くの。二人ともの」
……えっとさ、よくわかんないんだけど。
昭和の家電は、破壊したら直らないんじゃないかな?
ちょっと心配になってから。
けど、すごい自信があるみたい。
無表情なのに、ドヤ顔だって伝わってきたから。
信じてって、操ちゃんは綺麗な目で訴えかけてきていた。




