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十九話 電波感度が良好すぎる(悪口)

 言っちゃった、言っちゃったんだ、私!

 翼ちゃんに、好きって言ったんだよ!!


「双葉さん、聞いて。私、翼ちゃんに気持ちを伝えたの!」


「……ムラムラする、抱けって?」


「好きってことをだよ!」


 放課後の某ハンバーガー屋さんで、私は昨日のあらましを双葉さんに伝えていた。


 本当は、双葉さんになんか伝えたくなんてない。私と翼ちゃんだけの思い出だけど……双葉さんがお膳立て、してくれたのは事実だから。


 この報告は義務、うん、義務なんです。

 胸のポケットに仕舞いこむには、私の心は狭すぎるとか、そんな理由は少ししか無いんです。


 そんな、ポケットからはみ出た気持ちを受け取った双葉さんは、相変わらずの仮面みたいに表情を動かさないで。


「告白して、抱いたの?」


「こ、ここ、告白じゃ無いからっ!」


 情緒の欠片もデリカシーもない、破廉恥なことばっかり口にする。太宰の文学で、頭が性病みたいになっちゃってるんだ。


「……体だけの関係?」


「心だけの関係っ!」


「ムグッ」


 双葉さんのイヤらしい口にハンバーガーを捩じ込んで、よく喋る小さな口を封鎖する。喋らなければ、愛想が無い顔には不快感を抑えられるから。


「……双葉さんは、性格が悪いよ」


 ずっと、鬱陶しい人。

 今回のことだって、面白がってるんだ。


 ……翼ちゃんと仲直りするキッカケをくれた、あの時みたいに。


「もぐもぐ、ゴクン。岸根、いきなり口、するなんて……卑猥」


 それでいて、ワードチョイスが本当に最悪。

 性格も終わってるから、良いところが人のことをよく見てることくらいしかない。


 それだって、簡単に人の欠点をあげつらう人格と合わされば、ひたすら人を小バカにするモンスターの出来上がり。将来、結婚できなかったり無職のままだと、無敵の人になっちゃうタイプの危ない人だった。


「卑猥なのは双葉さんの発想っ、プラトニックだって言ってるよね!」


「岸根、性欲が強いから、すぐヒステリー起こす。迷惑だから、翼に処理してもらうべき」


「双葉さんはそればっかり、最低っ」


 どうしてこの人は、私と翼ちゃんをえっちさせようとするんだろう。

 この人も、翼ちゃんのこと気に入ってるハズなのに。


 ……ヘンタイ、だから?


「じゃあ、聞く」


 私の非難なんて、右から左へ。

 軽く聞き流されて、気にされない。


 何時ものことながらムッとしそうになるけど、そんな暇もなく双葉さんはいつも通りに淡々と。



「岸根、私と翼がキス、していたら、どうする?」


「──殺すわ」



 あまりにおかしなことを聞いてきたので、私もおかしな答えを返してしまった。前提が狂っていると、回答もおかしくならざるを得ないのかもしれない。


「唐突な殺害予告、震えが止まらない」


「無表情なのに?」


「岸根、本気、だから」


 一体、双葉さんは私を何だと思っているのか。

 腐ってても翼ちゃんの友達だから、水着で校門に吊るすくらいだ。


 そんな私の決意とは裏腹に、双葉さんは話を続けた。

 当然の帰結が、そこにはあるはずだと。


「でも、それが許せないなら、分かる、はず」


 双葉さんは無表情だ。

 けど、明確に翼ちゃんと違うところがある。


 それは、目。

 翼ちゃんはいつも透き通っている瞳をしているけど、双葉さんはそうじゃない。


 動かない表情の代わりに、目が結構モノを言ってる。

 今はジトッとしてる、アレは呆れている目だ。


 人の気持ちも、知らないで……。


「……最初に言ったよね、翼ちゃんに好きって言ったって」


「それ、告白?」


「……違う、けど」


「無能」


「うるさいっ」


 翼ちゃんが、屋上で真心を込めて好きって言ってくれたから。私も、それに応えたかった。彼女の──友情に。


 翼ちゃんの好きは、その……そういう好き、じゃ無いから。友達として、大切に思ってくれてるって、そういうことだから。


 ……そういう、ことだよね?


「翼は岸根が好き」


「双葉さんが言うみたいな、イヤらしい意味はないよ」


「それ、翼に聞いた?」


「聞くまでもなく、あり得ないの!」


 何でもかんでも、恋愛に繋がる方が不自然だし。

 そもそも、私だって……。


「翼ちゃんと一緒にいたいだけで、そんなのじゃないし……」


 一緒にいると、仲間を見つけられたって気分になった。世界で一人だけの同志で、共犯者で、大切な指針だった。


 しばらく一緒に過ごして、それが勘違いだと気がついたけど、それでも私は翼ちゃんと一緒にいたい。


 可愛くて、愛らしくて、透明で、透き通っていて、夕焼け色で、素敵。


 見てると元気が湧いてきて、ずっと見ていたくて、また明日って言ってくれるのが嬉しくて、明日が来るのが楽しみになった。


 私にとって、翼ちゃんは学校での……ううん、人生での心の拠り所だから。


 こう言うのって、何て言うんだっけ。

 確か、その……あれだ!



「──翼ちゃんは推し、なの」



 そうだ、そういうことだったんだ。

 今まで胸に揺蕩っていた、なんだかわからない罪悪感みたいなものが、上手に昇華されていく。


 これが答えなんだって、心が強く主張する。


「私にとっての、太宰みたいに?」


「一緒にされたくないけど、多分そう!」


 うん、しっくり来る。

 翼ちゃんは推せる、そう思うと力が出てくるもん。


「ふーん」


「そういうことだから双葉さん、これ以上変なことを言わないでね!」


 完全な理論武装、一部の隙もない理論。

 冤罪を掛けてくる双葉さんを、容赦なく論破出来て私は有頂天になれた。


 もう二度と、私が翼ちゃんをえっちな目で見てて、襲い掛かって性欲を満たしたいなんて思ってるなんて、そんな卑下たことは言わないで欲しい。


 翼ちゃんは、推しなんだもん!


「翼に見返り、求めてるくせに」


「……何か言った?」


「ヘタレな上に意気地なしって」


「事実無根の中傷はやめて」


「楽な方に逃げた」


「もう、また馬鹿にしてくる」


 いつもだったら、ペチってしたくなってたかもしれない。でも、今は胸がすっきりして、晴れやかだったから。


 話も聞いてくれたし、双葉さんの悪口だって聞き流せちゃった。だって私、遂に翼ちゃんとの関係性を明確に定義できたもの!


「太宰は書きました。てれくさくて言えないというのは、つまりは自分を大事にしているからだ、って」


「照れじゃなくて、今まで言語化できなかっただけ! 」


 今の私は、無敵かもしれなかった。

 気づきって、こんなに大切なものなんだって心から実感したから。


「岸根、定期的に頭おかしくなるの、何? 心の汚い自分が、ピュアな翼に好きって伝えた現実に耐えられなくて、頭パーンってなった? 翼、可哀想……助けて、あげなきゃ」


「双葉さん、小さくて聞こえないけど……悪口? ちゃんと聞こえるように言って、パンチするから」


「さいてー」


「それ、いつもの私のセリフ!」


 双葉さんは、無表情だけど呆れ散らかした目で、私を見据えていた。浮かれてること、馬鹿にしてるんだって伝わってくる。


 気分が本当にいいから、今は気にしないであげるけどね!


「──今の岸根、本当に最低だから」


「聞き飽きたよ、双葉さんの悪口なんて」


 いつものことだから、軽く聞き流して鼻歌を歌ってみちゃう。次、翼ちゃんに会ったらどうしようって、考えながら。


 翼ちゃんLOVEなうちわでも、作っちゃおうかな!






 今日も夕陽が長くて、もう夏なんだって強く思う。生きてる時間が長くなってて、できることが増えるって素敵だなって。


 ボクの場合は、ずっとこうして屋上で夕陽を眺めてるくらいだけど。


 夏、テストが終わったら夏休み。

 ……理央ちゃん、夏休みも来てくれるかな?


 今日、久しぶりに隣にいない理央ちゃんを思って、少し不安になる。でも、同時に安心もしちゃってた。


 だって、昨日……。


『──私もね、翼ちゃんのことが好きだよ』


 そんなこと、言われちゃったから。

 本気じゃなくても、真に受けちゃいけなくても、そんなこと言われたら──意識、しちゃうよ。


 あの時に感じた心のドキドキ、まだ振り切れないあの時の甘酸っぱさ。


 それに一生懸命蓋をしながら、また理央ちゃんと一緒する時には、自然と会話できるようになってなきゃって自分に言い聞かせながら。


 大丈夫、だいじょうぶ。

 理央ちゃんは、友達としてそう言ってくれただけで、ラブじゃなくてライクだから。


 それに、もし勘違いなんてしちゃったら……。



『翼ちゃん、女の子同士で赤ちゃんはできないの。いくら前世が男の子な永遠の童貞でも、今は女の子だから』


『……それとも、アレ? 童貞懐胎、しようとしてる? ──ごめん翼ちゃん。いくら翼ちゃんでも、それはキモいよ』



 そんな話になって、理央ちゃんが永遠に近寄ってくれなくなったら、ボクは発狂しちゃうよ!


 だからね、ボクは理央ちゃんにトキめいてないし、童貞懐胎もしようとしてない。

 これは紛れもない真実だから、信じて……。


 心の底でのたうちながら、理央ちゃん嫌いにならないでってお祈りしてると、屋上の扉が開いた音がした。


 背筋がビクッてする。

 ここに来てくれるのは、例外除いて約一名だから。


 丁度、あなたのことを考えちゃってたんですって。そう言い繕うには酷すぎる妄想、しちゃってたから。


 恐る恐る、怖いけど振り向く。

 どちらにしろ、確かめないといけないから。


 振り返った先、そこには……。


「翼、ちょっと話、したい」


 例外の方、双葉さんが立っていた。


 ……正直、ちょっとホッとしちゃった。

 口が勝手に、おかしなこと口走りそうな情緒してたもん。


 表情には出さないまま安堵してる内に、双葉さんはスルリとボクの目の前まで近づいてきて。


「翼、聞いてほしい」


「なに、ふたば」


 妙に真剣な双葉さんの目に、少し背筋が伸びた。

 何か大切なこと、話そうとしてるって感じだったから。


 そうして、双葉さんは──。


「岸根、壊れた。頭、浮かれポンチスイーツ梅毒。治すの、手伝って」


 とんでもない言葉を口にした。


 ……え、なんて?

 ちょっと意味、分かんないよ。


 一回で双葉さんの言葉を理解できなかったボクを、どうか許してほしい。


 何なの、頭が浮かれポンチスイーツ梅毒って……。

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