十八話 電波の模様がおかしいんです
理央ちゃんに手を引かれて、放課後の街を歩く。
脈拍から、心臓がバクバクしてるのバレちゃうんじゃないかって心配になりながら。
頭が真っ白で、上手くモノが考えられない。
ただ、理央ちゃんとデート、しちゃうんだって思うと、表情にはでない体の内側が弾むようになっちゃって。
いきなりどうしたんだろうとか、デートの意味分かってて口にしてくれたのかな、なんて疑問が湧いて。
──でも、理央ちゃんと手を繋いで放課後の道を歩くだけで、そんな些細なことは全部頭の中から流れていっちゃう。
なんでボク、こんなにドキドキ、しちゃってるんだろ。
「なん、で?」
途中で買ったアイスをチマチマと舐めながら(かぶりついちゃうと、頭はキーンってなっちゃう)、ボソリと呟く。
意味のない自問自答、単なる独り言。
……でも、理央ちゃんはいつだって、ボクの言葉を拾ってくれるから。
「どうしたの、翼ちゃん」
チロリとアイスに舌を這わせていたお口を止めて、理央ちゃんに顔を覗き込まれた。
いつもより、なんだか近く感じる距離。
多分、10cmもない。
手を繋いでるから、逃げるに逃げられなくて。
「……りお、なんで?」
結局、逃げ場がないまま、どうしてデートに誘ってくれたんですかって、尋ねてしまっていた。
逃げられないし、落ち着かないし……気になってたし。
「……このデートのこと?」
「ん」
最近、理央ちゃんはボクの言いたいこと、ちゃんと分かってくれる。全部じゃないけど、幾つかは今みたいに伝わってくれてる。
……うん、嬉しい。
分かってもらえるって、嬉しいことだね。
「そう、だね」
そんな、ボクのことを分かってくれる理央ちゃんは、一瞬目を泳がせてから。
「──大好きって、言ってくれたから」
頬をりんご色に染めて、でもボクみたいに目を逸らしたりなんか微塵もしない。しっかり視線を合わせて、でも何時もよりかはちょっと小さめな声で理央ちゃんは呟いた。
……顔が近くて、吐息が当たる。
理央ちゃんが食べてた、アイスの味の匂い。
「あれでね、胸が締め付けられちゃったから」
──オレンジの、甘酸っぱい匂いがする。
「だから、デートしたいなって思ったんだよ。……双葉さんだけ、ズルかったし」
ボクに胸の締め付けをお裾分けしながら、理央ちゃんは笑みを浮かべた。
ただ、自然な笑顔っていうよりは、強がってるみたいな、少し強張っている笑顔。顔がさっきより赤くて、たくさん照れてくれてるってこと、分かっちゃう。
理央ちゃんのテレテレする気持ち、繋いでる手を通じて伝わってきちゃう。
……ボクまで顔、赤くなっちゃいそうになる。
「りお……」
「うん」
「あいす、溶けてる……」
「……本当だね」
気が付けば、二人揃って溶け出したアイスで、手がベタベタになっていた。
慌てて繋いでた手を解いて、汚れた手をハンカチで拭う。……手、ペロリと舐めてみると、甘いイチゴの味がした。
放課後に、大切な友達とアイスを食べる。
それだけでも十分、青春してるって気になったけど、ボクはまだ理央ちゃんに手を引かれていた。
夏の長い夕暮れ、陽炎の中に影法師が二つ。
汗が滲んでいる手を、また握り合いながら歩いてる。
そうして、ボク達は神社まで来ていた。
何があるって訳じゃないけど、ぶらりと歩いて行き着いた先がそこだっただけ。偶々、理央ちゃんと歩調があってたどり着いた場所。
まるで、神様のご指図か何かがあったみたい。
ウチの学校、ミッションスクールだから、手は合わせるものじゃなくて組むものなんだけど。
「社務所、閉まっちゃってるね」
「お守り、買えない」
「ちょっと気になってたんだけどね、雲外蒼天のお守り」
え、何それ。
そんなお守り、あるの?
「りお、おしえて」
「うん、この神社ってね、定期的に期間限定のお守りとか売ってたりするんだ。雲外蒼天……悪いことあっても、そのうちいいことあるって意味らしいよ」
ほえー、そんなのあるんだね。
神社の期間限定品、妙に生臭いね?
「どう、する?」
「……お祈りだけ、しておこっか」
折角だし、そうしよっか。
それくらいの軽さで、ボク達はお賽銭箱の前まで来た。
二人で小銭を投下して、小さくお辞儀。
二拝二拍手一拝、カランカランと乾いた鐘の音がよく響く。パンパンと手を合わせて、お願いを……。
あっ、何お願いするか、全然考えてなかった。
ど、どうしよ、このままじゃ、意味もなく神様に50円玉を投げつけただけになっちゃう!
違うんです、神様。
ボク、神様相手にピンポンダッシュしに来た訳じゃなくて!
「──翼ちゃんと、ずっと一緒にいられますように」
「────」
頭の中で延々言い訳しようとしていた中で、その小さな呟きが聞こえてきた。
どうかしちゃいそうなくらい、温かな囁き。
本気で祈ってくれてるって、伝わってくる真剣な声音。
どうしようもなく自分本位だった頭が、急激にクリアになる。真っ白な頭で、そのまま浮かんだ言葉が口から溢れ出る。
「──りおに、いいこと、ありますよう、に」
貰った気持ちの分だけ、お返しがしたくて。
理央ちゃんに沢山、溢れるぐらいの幸せがありますようにって、神様にお願いした。
ボクだけじゃ返しきれないくらい、胸いっぱいの気持ちを詰め込んでくれたから。
一生懸命お祈りしながら、理央ちゃんの幸せのことだけを考えて。精一杯のお祈りをしてから顔を上げると、理央ちゃんと目が合った。
静かな間、音が無い世界で見つめ合う。
太陽が傾いて薄暗い中、理央ちゃんの揺れてる瞳を真剣に見つめた。
ね、理央ちゃん。
さっきのお祈りさ、きっと叶うよ。
ボク、ずっと理央ちゃんのお友達でいるからさ。
だからね、ボクのお祈りも届いて。
理央ちゃんに幸せ、届いててください。
神様、どうかよろしくお願いします。
静謐な、神様のいた時間。
ボク達と神様だけの世界。
それが、カラスの鳴き声によって霧散する。
今日はここまで、そう言うみたいに。
それを感じたから、最後に深々とお辞儀をした。
神様、お話を聞いてくれてありがとうございました。ボクも頑張りますけど、足りないところはお願いします。
「……行こっか」
「ん」
最後の挨拶を終えて、ボク達は手を繋いだ。
汗ばんでるのに嫌にならない、お互いの手を。
「あの、ね、りお」
「うん」
「……ありが、と」
「私も、ありがとうだよ」
夜の帳が下りる前、離れる間際。
今日は楽しかったねって、二人で共有する帰り道。
いつもとは違う一日で、二人で色んな所を歩いた。
だから、ちょっと疲れちゃった。
でも、嬉しい疲れ方だったから。
やっぱり、名残惜しいな……。
「ね、翼ちゃん」
そんな、一日の終わりを感じた瞬間。
暗くなって、理央ちゃんの顔が見えづらくなった頃合い。
「──私もね、翼ちゃんのことが好きだよ」
ギュッと、強く手を握りしめながら、理央ちゃんは惑いなく告げた。それが、当たり前のことなんだってくらいに。
──心が、張り裂けそうなくらいドキドキした。
──繋いだ手を、強く握り返しちゃった。
「大切なことだから、覚えていてね」
「──あっ」
最後に、もう少しだけ強く手を握ってくれて、理央ちゃんは手を離しちゃった。
手が、寂しい……。
「また、明日だよ。翼ちゃん」
いつもボクがしてる別れ際の挨拶を、今日は理央ちゃんがして。
一歩も動けないボクとは対照的に、野うさぎみたいな足取りでこの場を跡にした。
……辺りが暗くなり、街灯がつき始める。
街から唯一見える一番星が、ボンヤリと瞬く。
その場で、ボクはしばらくの間、ずっと立ち尽くしてしまっていた。
──高鳴った鼓動をずっと感じ続けながら。
理央ちゃんは大切なお友達、唯一の親友。
ずっと一緒にいるって神様に伝えた、これからも隣にいたいって思っている人。
だから、絶対に嫌われたくなくて──こんな気持ち、なっちゃったらダメなんだ。
誰ともうまく話せなくて、ずっと一人で屋上にいた時に、話し掛けてくれた。
ボクの変な趣味を知っても、避けないどころか付き合い続けてくれた。
すれ違いしちゃって、話し下手だからずっと仲直りできないって思って苦しくて仕方なくなったけど、ちゃんと仲直りできた──唯一の、女の子。
そんな理央ちゃんに、取り返しのつかないことはしたくないんだよ。
ボクにとって、理央ちゃんが初めての優しさで、温かさだったから。
勘違い、したくない。
させないで、理央ちゃん……っ。




