十七話 電波の内容を傍受したい
翼ちゃんを天使にさせない。
そうするには、どうしたらいいのか。
インターネットの海で、その答えを探していた。
キーワードに"天使""させない""女の子"と入力して検索すると、"検索結果は天使には性別がないんです"とか"両性具有です"なんて、検討ハズレな答えを返してきた。
違う、そうじゃない。
そんな概念論は聞いてない。
そもそも、翼ちゃんはちゃんと女の子だし、水泳の授業の時にちゃんと何も生えてなかったのを確認してる。
完全無欠、どこまでも純白な女の子だ。
男の子の要素なんて、どこにもない。
ネットは役に立たないので、仕方なく私は学校の図書室を頼った。何かしら、そういう話の本があるじゃないかって、そう期待して。
すると……。
「岸根、何してる?」
呼んでもいないのに、どこからともなく双葉さんがポップしていた。最悪すぎる。
「呼んでないよ、双葉さん」
「知ってる、岸根はオマケ。岸根、いるなら翼もそのうち来る。そうなったら、用済み」
この女……っ、相変わらずふざけたことしか言わない。この人の本性が、あの日のアホ面丸出しお喋りクソ女であることは知ってるけど、やっぱりムカッてしちゃう。
「ここ、哲学の書架。……翼と仲直りえっちし過ぎて、賢者モード入った?」
「だから、してないって言ってるよね!」
そして、神経を逆撫でしてくることに、双葉さんは私と翼ちゃんがえっちしている関係だと強く思い込んでいる。しかも、私が翼ちゃんにえっちなことを強要してると思っている節すらあった。
そんなのあり得ないし、解釈違いなのに。
この人の脳内は煩悩で塗れているんだ、きっと。
「調べ物、してるだけだから」
これ以上、双葉さんの相手をしてたら疲れる。
だって、双葉さんのウザさが、ボジョレーヌーボーの謳い文句並みに毎秒パワーアップしていくから。
たがら、無視して調べ物をしようとして。
「──天使について、調べてる?」
なのに、煽るだけ煽り散らかしてから、急に核心をついてくる。
無視、できない。
「……そう、だけど」
ジトっとした目を向けると、双葉さんは勝ち誇るみたいにピースしていた。……やっぱりウザい。
「双葉さん、その指へし折っても良いかな?」
「? 岸根、聞いて。これはピースサイン、勝利を掲げるブイサインじゃない。平和を謳う、そんな祈りのピース」
「うん、それが?」
「?? ラブ&ピース、今日も世界は愛に満ちている。暴力反対」
「ジャンケンだったらチョキになるし、実質ハサミみたいなものだよね。グーでパンチして良い?」
「??? 何を言ってる、岸根。……もしかして、サディスト? 翼と毎日、DVえっちしてる?」
「ううん、双葉さんにだけ特別にパンチしたくなったの」
「……歪んだ欲望の、発露」
相変わらず無味乾燥な表情のまま、双葉さんは二、三歩退いた。翼ちゃんと違って、双葉さんは偽物だから、露骨に怯えが伝わってくる。
分かってくれて、何よりだよ双葉さん。
今度カスみたいなこと言ったら、手、滑るからね?
「それで、さ。聞いても良い?」
手を握って、開いてを繰り返しながら、双葉さんの方へと向いた。"……サイコパス"って囁きが聞こえた気がするけど、気のせいってことにしておくね。
「……殴らないなら、聞いても良い」
「殴らないよ」
何かあったら、パーにするから。
「それなら、いい。何、聞きたい?」
「──天使になっちゃう人間って、どんな人」
ここまで来たら、恥も外聞もない。
どう思われても、得るものを得ないと。
失笑されたら、私の右手の出番になるだけだし。
チラッと双葉さんに目を遣ると、相変わらず能面のまま。けど、私の言葉を厨二病とか馬鹿にした感じもなかったから、そこだけはほっとした。
いつもコケにしてくる癖に……。
双葉さんのこと、やっぱり分からなかった。
「……人から天使になった事例は、メタトロンとサンダルフォン。両者ともに天使になった条件は違う。けど、恣意的に類似点を抽出するなら──神様に気に入られること」
「神様に、気に入られる……」
透明感のある、翼ちゃんの無表情が頭に過ぎる。
綺麗で、整っていて、雪色な翼ちゃんのお顔。
天使様の羽が、とても似合っちゃう気配。
……どうしよう。
翼ちゃん、神様に気に入られちゃうよっ。
「じゃ、じゃあ、神様に気に入られないようにするなら、どうすれば良いの?」
「……なるほど」
私の顔をジロジロと見ながら、双葉さんはわざとらしく呟いた。多分、私が誰のことで悩んでいたのか、もう全部ばれちゃっている。
双葉さんのイヤらしい視線(えっちな意味じゃない)に、落ち着かなくなる。でも、目を逸らすのは嫌だから、何よって気分で睨み返して。
「……岸根のくせに、かわいい」
「は?」
「その可愛さに免じて、教える」
双葉さんは、相変わらず無機質な表情のままなのに。……どうしてか、ニンマリと笑みを浮かべてるみたいな雰囲気を纏って。
「──堕落、させてしまえばいい」
「っ」
「太宰も書いてた、"自分は神にさえおびえていました。神の愛は信じられず、神の罰だけを信じているのでした"って。そう思うくらいの不道徳、しちゃったらいい」
そんな、とんでもないことを耳元で囁いてきたのだ。
この人、やっぱり悪魔なのかもしれなかった。
「つ、翼ちゃん、ちょっと良いかな?」
「ん」
放課後、いつもの屋上で。
今日はどの妄想の話をしようかなって悩んでた時、珍しく理央ちゃんから話を振ってくれた。
どしたんだろ、久しぶりに理央ちゃんもミステリアスしたくなったのかな?
もしそうだとしたら、大歓迎だよ!
自分のミステリアス語るのも好きだけど、他の人のに触れるのも良いって、理央ちゃんや双葉さんとお話しして思ったし!
ワクワクって期待を込めて理央ちゃんを見つめると、胸元で手をギュッと握りしめてから、ボクと目を合わせて。
「──わ、私と、でーと、してください!」
思いの丈を込めました、みたいに叫んだ理央ちゃん。
思ってたのと違くて、耳に入ってきた言葉に戸惑った。
えっ、え?
でーと……デート!?
いきなりでびっくりして、戸惑って目を逸らそうとした。
……けど、逸せない。
どうしてか、いつもの親しみを感じやすい雰囲気とはまた別の、胸がギュウってする理央ちゃんがいたから。
お顔を夕陽で真っ赤にして、潤んでプリズムを通したみたいになっている瞳。硬く握られた手は何かを耐えてるみたいで、夏風に揺れてる髪はどこか不安げで。
──いつも以上にキラキラしている理央ちゃんが、いま目の前にいた。
「り、お……」
思わず、ドキッとしちゃった。
友達相手なのに、甘い感覚が胸に走る。
そんなの、いけないことなのに。
「翼ちゃん、答えて欲しい、かな……」
軽やかに、簡単に言ってるんじゃないって、理央ちゃんを見てたら伝わってくる。精一杯で、一生懸命になって伝えてくれてるんだってことを。
ウルウルとキラキラの狭間の瞳。
それに見つめられて、ボクは……。
「りお、なら、いい、よ」
──応えたいって、そう思っちゃってた。
もしかしたら、全部が全部ボクの自意識過剰なのかもしれない。理央ちゃんが素敵過ぎて、こうだったら良いのにって、目の前の景色にエフェクトを掛けちゃっているのかもしれない。
……でも、事実がどうでも、そう思ったボクの気持ちだけは本当だから。
「でーと、楽しみ」
理央ちゃんにデートしたいって言ってもらえた。単に、遊びに行こうって言い換えなのかもしれないけど。
今だけは、自分の都合のいいように、現実を受け取っちゃおう。
「────翼ちゃん、今」
「?」
「……ううん、何でもない。行こっか、翼ちゃん」
「ん」
理央ちゃんに手を取られて、ボク達は屋上から駆け出していた。
……手、握られてるだけなのに、なんか意識、しちゃうね。
ボク、照れちゃってるや。




