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十五話 届いてるようで届いてない電波

『翼〜、見ってるぅー? 今からぁ、君の大事な大事なお姫様であるぅ、岸根ちゃん──ううん、理央をー、メスにしちゃうよーっ!』


『ほら理央、カメラに向かってダブルピースして!』


 うーん、うーーんっ。


『な、何で双葉さんの言うことなんかっ』


『えー、チューした仲でしょ?』


『それは……』


 うーん、うーーーんっ。


『翼と別れた後も、沢山チューしちゃったもんね? 友達の翼に話すのは、ちょっと恥ずかしかったかな?』


『〜っ、えっち!』


『えっちなのは理央だよね? 私、やめてって言ったのに、あんなにチューしてきて……』


『もう、やめてよ! ──翼ちゃんは関係ないのに、巻き込んだら可哀想でしょ!』


『あっ、そっかぁ』


『『ごめんねー』』



 ──翼ちゃんは関係ないのに。


 ────翼ちゃんは関係ない。


 ──────翼ちゃんは、私とはもう関係ない人だよね?



「っ」


 …………夢?




 ……なんか、とんでもない夢見ちゃって、まだ4時なのに起きちゃった。


 とんでもない夢……岸根さんが、双葉さんと百合百合してる夢。──ボクが岸根さんに、もう関係ない人って言われちゃう、そんな夢。


 酷すぎる悪夢、全部が全部夢で良かったって思えちゃった。

 あっ、でも……。


 ──薄暗い夕暮れの下、岸根さんは双葉さんにキスされた(頬っぺたにだけど)。

 それは、夢なんかじゃなくて。


『ごめんね、翼。でも、翼も悪いんだよ? ちゃんと聞いたのに、濁して答えなかったんだから』


 双葉さんの言葉が、耳にリフレインする。

 二人でイチャイチャ喧嘩しながら、ボクを置いてデートに行っちゃったこと、思い出す。


 ……ボクは、どうするのが正解だったのかな?

 岸根さんに、どう接するのが良かったんだろう。


『もう、やめてよ! ──翼ちゃんは関係ないのに、巻き込んだら可哀想でしょ!』


 ボク、このままだと、岸根さんと関係ない人になっちゃうのかな。

 ……イヤ、だよ。そんなのは。


 初めての友達で、優しくて、ミステリアスしてくれて、素敵で、一緒にいたくて。──ずっと、仲良くしていたい人だから。


 双葉さんは優しくて、結構面倒見がいい人だってこと、昨日分かった。お薬飲んでて普段は無表情になっているけど、本当はすごく楽しい太宰オタクの人だってことも。


 でも、岸根さんのことだけは、いくら双葉さんでも負けたくない。譲りたくなんて、ないよ……。


 なら、ボクは……。



『太宰も書きました、"幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ"って!』


 寝起きのモヤモヤとした頭に浮かんだのは、双葉さんが教えてくれた太宰の文章。その他にも、双葉さんの色々な言葉を思い出す。


 岸根さんにチューする前に、何度もボクに教えて、諭してくれていた。なのに、ボクに勇気が無くて、一歩が踏み出せなかったから……。


 だから、今こうして悶々とする羽目になっちゃってる。岸根さんのことをいっぱい考えて、ヤキモキすることになっちゃってる。


 だったら、どうする?

 ボクは、どうしたい?


 眠れないベットの上で考えて、ごろんごろんってして。目を瞑っても、沢山岸根さんの顔が出てきちゃって。


 ……もう、どうしようもなくて。

 

「きし、ね」


 ジッとしてられなくて、体を起こしてしまっていた。


 時刻は午前5時ジャスト。

 学校に行くには、かなり早い時間帯だった。




 一分一秒が、妙に長い。

 秒針が動くごとに、奇妙なまでに反応してしまう。


 朝方、誰も居ない教室。

 ボクだけが存在している、隔絶された世界。


 ……久しぶりに、少しミステリアスな気分になれちゃったや。


 いつもは夕方や夜、時間が少しずつ停止していく、姿が変わらない世界ばっかり見てたから。朝方、時間が段々と加速していく時間帯をゆっくり見るのなんて、思えば初めてな気がする。


 朝日の光、澄んで冷たい空気、朝練してる運動部の子達の掛け声。


 少しずつ、一日が目覚め始めている。

 そんな、眩い光に包まれた、プラチナ色の午前。


 変わらずにいてくれる夕方の時間帯も大好きだけど、今はこの成長を促してくれる朝が頼もしい。


 一歩を踏み出すために勇気を分けてくれるのは、この朝の日差しだったから。



 誰も来ないこの時間で、静かに沢山考えた。


 ボクは、どうしたいんだろうって。

 ボクは、岸根さんとどうなりたいんだろうって。


 考えて、悩んで、落ち着かなくて、ザワザワして。

 ……それで、ボクは。



 ──翼、ちゃん。



 岸根さんが、ボクの名前を呼びかけてくれる。

 そのことだけでも、とっても嬉しいんだって気がつくことができた。


 岸根さんに名前で呼ばれるだけで、胸がポカポカするから。難しく無い、そのシンプルさが答えだった。


 一人でゆっくり考えられる、朝の時間がボクに答えを教えてくれた。

 ……そんな、気がしたんだ。


 ボクが岸根さんの一番って言ってくれたこと、嬉しかったから。


 だから、さ。

 この状況になって、やっと照れずに認められた。


 恋とか愛とか、そんなのはあんまり分かんないんだけど。


 でも、ボクにとっても、岸根さんが誰よりも大切な友達なんだってことは確かな事実として自覚、出来たから。


「──」


 初めて、酷く小さい声出たけど、その名を口にできた。

 岸根さんじゃない、彼女の名前を。


 誰にも聞かれてないのに、全身がむず痒い。

 意味もなく、走り出してしまいそうになる。


 でも、今はその気恥ずかしさを打ち倒して、彼女と向かい合いたいから。


 走り出さないし、逃げない。

 絶対、名前で呼ぶんだって心に決めたから。


 窓から、校庭を見下ろした。

 疎に登校してくる生徒を、ジッと。


 ……早く来て、それでおはようって言わせて。

 ボク、待ってるから、ね。



 そうして、少しずつクラスのみんなが登校し始めて、ポツリポツリと人が増えていく中で。──ずっと、待ってた人の姿が見えたから。


 駆け寄って、いつもその人がしてくれてるみたいに、ボク達の一日の始まりを告げた。


「お、はよ──り、お」


 精一杯の勇気を出して、震える声で、おはようと……岸根さんの、ううん、理央ちゃんの名前を読んだ。


 これからもよろしくと、もっと仲良くしてと、ボクが一番で居てほしいよって気持ちを、いっぱいにしながら。


 理央ちゃんは息を呑んだ後、顔をクシャってして。


「翼ちゃん、私の、名前……」


 すごく嬉しそうな、いっぱいの笑みを浮かべてくれたんだ。


 喜んで、くれてるんだ。

 ……胸、きゅんってする。

 嬉しい、本当に嬉しいよ!


 えへへ──理央ちゃん、これからもよろしくね!






 翼ちゃんは、世界でいちばん可愛い。


 多分、将来的に論文にも書かれる。

 無いんだとしたら、大学行って私が卒論で書く。


 それくらい、翼ちゃんは無表情なのに可愛すぎた。



「りお」


「どうしたのかな、翼ちゃん」


「……呼んだ、だけ」


 ジッと私を見てたのに、正面から目が合うとプイッて目を逸らしてしまう翼ちゃん。本当に距離が縮まっていて、胸から情動が漏れ出そうになる。


 ……心が、くすぐられちゃう。



「翼、会いに来た……何?」


「ふたば、無表情」


「お薬、効いてる」


「……そう」


「煩くない私が、おともだち、なりに来た」


「……ふたばなら、良い」


「嬉しい、岸根もありが──」


「ん」


「……どうしたの、翼」


「ふたば、りおに近づくな」


「……なぜ?」


「えっちだから」


「……岸根が?」


「ふたば、が」


「? 聞いて、翼。レズは岸根で、私は違う。あと、私も名前呼び、して」


「……ふたばは、ふたば。りおは、りお、だから」


「?? じゃあ、私も岸根を理央って呼ぶ」


「……ふたばの、えっち。ダメ」


「???」


 双葉さんを前にして、私に対して独占欲を見せてくれてる。双葉さんの言った通り、嫉妬……してくれている。


 困ってる双葉さんを前にして、私は喜色を抑えられない。──双葉さんより、私を大事にしてくれてる、特別なんだって意識できて。


 だから、今だけは双葉さんに笑いかけられた。

 心の底から、思いっきり。



「りお」


「何かな、翼ちゃん」


「……放課後、いっしょ」


「うん、分かってるよ」


「──うれ、しぃ」


「え、翼ちゃん、いま」


「…………なんでも、ない」


 前より言葉を尽くして、色々と伝えてくれてる。

 気持ちを伝えてくれた後は、直ぐトテトテと去ってしまうけど、そんな姿も可愛くて仕方がない。



「りお」


「翼ちゃん」


「……ん」


「呼んで、みたかっただけ?」


「ちがう」


「うん」


「聞いて、欲しくて」


「良いよ」


「ん……夕焼けの赤は、命の赤。一日が夜で終わるのは、燃え尽きちゃっている、から」


「なら、夜はみんな死んじゃってるの?」


「そう。……でも、朝に、また産まれなおす。そう信じられるから、眠るのが、怖く、ない」


「私たち、毎日生まれ変われてるのかな……」


「……生まれ変わっても、記憶が引き継げる。その断絶がない、のを、成長っていう」


「してるんだ、私たち」


「そう──りお」


「はーい」


「呼んで、みただけ」


 翼ちゃんは、やっぱり絶好調で。

 今日も、不思議な空気感を纏っている。


 ──なのに、今までよりずっと距離が、近い。


 翼ちゃんは特別なのに、本当に近く感じる。

 前の時より、ずっとずっと近くに。


 お陰で、私まで特別になれている気分にもなっちゃって。

 何だか、胸が高鳴って仕方ない。


 子供の時に無条件で信じられていた、自分にも何かがあるって、翼ちゃんを見ていると思えるようになって。


 それと一緒に、永遠に思えた翼ちゃんも、変わっていくんだってことを理解できた。


 ……翼ちゃんが、私のために変わってくれたんだって思うと、本当に、ほんっとうに、胸から何かが溢れ出そうになる。


 私の名前を呼んでみただけ、なんて以前の翼ちゃんだと考えられない。


 ……そんなの、構ってって合図なんだから。


「翼ちゃん」


「……なに?」


「私も呼んでみただけだよ」


「そう……お揃い」


「うん!」






 楽しい、見るもの全てキラキラしてる。

 嬉しい、心がたくさんドキドキしてる。


 こんなの、初めてで。

 翼ちゃんといると、全部が全部素敵に思える。



 そんな日々が、この日から何日も続いた。



 これからも、ずっとずっと翼ちゃんとの日々が続いてほしいって、そう心から願い始めて。


 ──いつの間にか、明日は良い日かもって、信じられるようになっていた。


 でも……。




「翼ちゃん、今日も夕焼けが綺麗だね」


「ん」


「夕焼け、やっぱり好きなのかな?」


「……まあまあ」


「そっか」


 いつもみたいに、二人で夕陽を眺めて、不思議な会話をして、楽しい日々を過ごして。


「……空、見てるの、待ってる、から」


「え、何を?」


「──天使の、階段」


 翼ちゃんと過ごし始めて、私は救われた。救われちゃった。

 翼ちゃんも、私と居て楽しいって思ってくれてるんだって信じてる。


 でも、翼ちゃんはまだ──天使様の階段を待ち続けていた。

 天使様になること、諦めてなかった。



 ねぇ、翼ちゃん。

 私、もう死にたくなんてないよ。


 翼ちゃんのお陰で、明日が怖くなくなったんだよ?


 ねぇ、これからも一緒に素敵に過ごそうよ。

 ……死にたいなんて、思わないでよ。

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