十三話 電パニック状態
岸根さんと双葉さんはお互いに向かい合って、二人の間にはピリリとした空気が流れていた。
何でわかるかって言うと、ボクが双葉さんの腕の中でお人形みたいに抱えられてるから、かな(地面に足はついてるけど)。
岸根さんの目、吊りあがってた。
絶対に怒ってるよね、あれ。
……怒ってるのは、双葉さんに対して?
それとも、前に怒らせちゃったボクに対して、なのかな。
でも、翼ちゃんって呼んでくれてるし……。
何が何だかわかんなくて、情緒がグチャってなりそうだよ!
……しかも、だよ。
「──翼ちゃんから離れてって言ったよね、聞こえなかった?」
「んー? 岸根ったら、翼ちゃんなんて呼ぶから分かんなかったよ〜。いつもみたいに、白銀さんって呼んでたらすぐ分かったのにねー」
しかも、双葉さんは、岸根さんに対して無茶苦茶ファインディングポーズを取っていた。すごく笑顔なのに、ちょっと小馬鹿にしてる感じが伝わってくる。
……ていうか、余計なこと言っちゃダメだよ双葉さん! 岸根さん、また名前で呼んでくれるようになったのに、白銀さん呼びに戻っちゃったら泣くよ! 心の中で!!
「うるさいっ、あなたには関係ないでしょ!」
「えー、じゃあ私と翼がデートしてるのも、岸根とは関係ないよね? どうして、ずっと私たちの跡をつけてたのかな?」
え、そうだったの? 全然気付いてなかった……。
一緒できたら、みんなで仲直りのお出掛けになったと思うのに……。
「なっ、気付いて!?」
「バレバレだって。粘着質なのにストーカーの才能ないなんてさ、残念すぎるね?」
「っ、黙って!」
「もしかして、罵倒されてるって思ってる? なら訂正しておくけど、別に貶してはないよ。それだけ、翼のこと大好きーってことだし」
「……茶化さないで」
「──でもね、冷たく当たっていた翼に、急に女の子が寄ってきたからって、イライラし始めるのはナンセンスだよ。なら、最初から仲良くしてれば良いのに」
「っ」
言い合いって評するには一方的で、二人の表情は対照的だった。双葉さんはニコっとしてて、一方で岸根さんは苦しげにしながら睨んでる。
悔しい、許せない、酷いって岸根さんの気持ちが、その目を見るだけで伝わってくる。見てるボクも、落ち着かなくなる色合いの目。
いつもと違う、苦しんでいる目。
──気が付けば、ボクは双葉さんの袖を引いていた。
「ん、どしたの翼」
喧嘩してる二人を見てると、お腹がキュッてなって。苦しそうな岸根さんを見てると、いてもたってもいられなくて。
「……きしね、イジメてるふたばは──嫌い」
気が付けば、そんな言葉を口走っていた。
ボクに優しかったみたいに、岸根さんにも優しくしてって言いたかった内容は、ボクの体フィルターを通すとこう変化しちゃうらしくて。
それを聞いた双葉さんは、キョトンとした後……クスクスって、我慢し切れてない時の笑いをこぼしていた。
「そっかそっか、翼は岸根にイジワルされてたこと、気にしてないんだ。なら、確かに私が仕返しするのって、お門違いも甚だしいよね。ごめんね、大好きな岸根をいじめちゃって」
双葉さんは愉快そうにしながら、ボクの頭を撫でてくる。愛玩するみたいに、わしゃわしゃーって。
けど、そんな中でも、岸根さんの表情が柔らかくなっていた。
「翼、ちゃん……」
「きしね、はなし、したかった……」
わしゃわしゃされながら、ボクは暫くぶりに岸根さんに会えたって気がした。今まで、教室で顔は見れても、薄い膜が間に挟まっていた感覚があったから。
「つ、翼ちゃん、私、私ね──」
岸根さんが、何かを伝えようとしてくれている。さっきまで険しかった表情が、優しい頭の岸根さんのものに戻って。
だから、その声に耳を傾けようとしたところで……。
「あっ、それは少し、待ってくれないかな?」
それを、双葉さんが笑顔で遮った。
ひどく不満顔に岸根さん。勿論、顔には出さないけどボクもそうだった。
今、何か大切なこと、言おうとしてくれてたって分かったから。
「邪魔、しないで」
「……ふたば、きらい」
二人して、一緒に双葉さんを非難していた。
けど、双葉さんは全然堪えてなさそうで。
「あはは、ごめんね。──でも、もうちょっと仕込めそうだからさ」
何か意味深なことを言って、双葉さんは胸元に抱き抱えていたボクを解放した。そのまま、タッタッタと岸根さんの方へと駆け寄って行って。
「な、なによ……」
「えいっ!」
「なぁっ!?」
急に、親しい友達みたく、岸根さんを抱きしめちゃったのだ。
……えぇ、 待って!
これ、一体どういうことなの!!
双葉さん、いきなり何しちゃってるの!?
「な、何してるの!?」
「抱きついてるの」
「そ、そうじゃなくて!」
「んー、そだねー」
ジタバタ暴れる岸根さん相手に、双葉さんは実に楽しそうに組み付いていた。慌ててる岸根さんを見て、楽しんでるみたいだ。
……これ、止めた方がいいのかな?
でも、さっきよりは仲良さげに見えるし……。
「太宰は言いました、"愛は言葉だ。言葉が無くなれや、同時にこの世の中に、愛情も無くなるんだ"と」
「ふ、ふざけないで! 言葉じゃなくて、実力行使じゃない!!」
「うん、そう。でもね、別に岸根なんかに言葉は求めてないの」
「……どういう、意味?」
そんな仲睦まじい? 距離感でくっついている中で、双葉さんはボクの方へと顔を向けて。
「──翼、岸根貰って行っていい?」
え?
「何で私が、あなたなんかに──」
「別に岸根には聞いてないから」
「は?」
双葉さんと視線が合う。
夕焼けが反射して、キラキラしてる瞳。
「"愛が言葉以外に、実体として何かあると思っていたら、大間違いだ"って、太宰は書いてるけど──翼はどう思う?」
その目に見つめられて、ただでさえ少ない言葉が惑ってしまった。
双葉さんの問い掛けは、ボクと岸根さんのことを言ってるって、それが分かっちゃったから。
「……むずか、しい」
「うん、そうだね。分かるよ」
そう言いながら、双葉さんは岸根さんの耳元に何かを囁いて。
岸根さんは、悩ましげな表情を浮かべた後に、思いっきり双葉さんを睨み付けていた。
「……最低」
「でも、気になるでしょ?」
「それは……」
葛藤してる。双葉さんの言葉で、岸根さんが。
珍しい、何か不思議なものを見た感覚。
そうして、岸根さんは悩み抜いた末に──顔を歪ませながら、確かに一つ頷いて。
「そう来なくっちゃね!」
双葉さんは、ふふんと鼻息を荒くして。
ボクの方に微笑を一つ見せてから──岸根さんの頬っぺたに、チュッてしたのだ。
────え?
「ちょ、ちょっと!」
「ごめんね、翼。でも、翼も悪いんだよ? ちゃんと聞いたのに、濁して答えなかったんだから」
「何でこんなこと、してっ!」
「必要だからだよ、岸根」
さっきまでのニコっとした顔じゃなくて、今はニンマリとした表情の双葉さん。イジワルな感じの、いじめっ子の笑い方、してる……。
「ちゃんと欲しいって言わなきゃ、岸根は返してあげないから。じゃ、私はこれから岸根とデートするね?」
「だ、誰が双葉さんなんかとっ!」
「? 私の心とかいらないから、体だけ寄越せってこと? 翼を我慢しすぎて、頭とお股おかしくなっちゃった?」
「ふんっ!」
「ぶった!? 二度目だよ、岸根! 見たよね、翼。岸根はDVしてくるから、絶対別れた方がいいよ!!」
「それ以上口を開いたら、今度はグーだから」
「ひぃん」
頭、真っ白で何にも考えられない。
何が起こってるのか、本当についていけてない。
そんな中で、岸根さんの顔だけが、目に入ってきて。
申し訳なさそうで、戸惑っていて、焦ってるみたいな。色々と合わさって、くしゃっとしちゃってる顔。
呆然としてるボクと、動揺してる岸根さんの目。
それが重なり合った瞬間、ビクッと彼女は体を震わせて。
「こ、これ、違うから! 勘違いしないで、翼ちゃん!!」
大声でそれだけ告げて、岸根さんは双葉さんの首根っこを掴んで走り出した。ズルズル引き摺られていく双葉さんは、まるでボロ雑巾みたいだった。
そうして、夕焼けが見えなくなって、二人の姿が見えなくなった頃に……やっと、ボクの頭は錆びつきながら動き始めた。
さっきのことが、ぐるぐると頭の中で渦巻きながら。
『……最低』
『? 私の心とかいらないから、体だけ寄越せってこと? 翼を我慢しすぎて、頭とお股おかしくなっちゃった?』
『勘違いしないで、翼ちゃん!!』
ぐるぐる、ぐるぐると、さっきの会話が部分的に脳内でリフレインする。
そうして考えてるうちに、一つの像が頭の中で身を結び始めた。答えが出なさすぎて、勝手に脳が結論を出しちゃったともいう。
「──喧嘩百合っプルってことなの?」
半ば機能不全になってる、ボクの頭が出した結論。それは、二人が実は見た目以上に仲良しさんだというものだった。言葉のチョイスとか、なんかいやらしかったし。
……二人とも、ボクと話す時以上に、本音でお話ししてた感じがあったし。
そこまで考えて、何でか胸がチクってした。
何でだろう、なんか──嫌、だな。




