表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/28

十三話 電パニック状態

 岸根さんと双葉さんはお互いに向かい合って、二人の間にはピリリとした空気が流れていた。


 何でわかるかって言うと、ボクが双葉さんの腕の中でお人形みたいに抱えられてるから、かな(地面に足はついてるけど)。


 岸根さんの目、吊りあがってた。

 絶対に怒ってるよね、あれ。


 ……怒ってるのは、双葉さんに対して?

 それとも、前に怒らせちゃったボクに対して、なのかな。


 でも、翼ちゃんって呼んでくれてるし……。

 何が何だかわかんなくて、情緒がグチャってなりそうだよ!


 ……しかも、だよ。


「──翼ちゃんから離れてって言ったよね、聞こえなかった?」


「んー? 岸根ったら、翼ちゃんなんて呼ぶから分かんなかったよ〜。いつもみたいに、白銀さんって呼んでたらすぐ分かったのにねー」


 しかも、双葉さんは、岸根さんに対して無茶苦茶ファインディングポーズを取っていた。すごく笑顔なのに、ちょっと小馬鹿にしてる感じが伝わってくる。


 ……ていうか、余計なこと言っちゃダメだよ双葉さん! 岸根さん、また名前で呼んでくれるようになったのに、白銀さん呼びに戻っちゃったら泣くよ! 心の中で!!


「うるさいっ、あなたには関係ないでしょ!」


「えー、じゃあ私と翼がデートしてるのも、岸根とは関係ないよね? どうして、ずっと私たちの跡をつけてたのかな?」


 え、そうだったの? 全然気付いてなかった……。

 一緒できたら、みんなで仲直りのお出掛けになったと思うのに……。


「なっ、気付いて!?」


「バレバレだって。粘着質なのにストーカーの才能ないなんてさ、残念すぎるね?」


「っ、黙って!」


「もしかして、罵倒されてるって思ってる? なら訂正しておくけど、別に貶してはないよ。それだけ、翼のこと大好きーってことだし」


「……茶化さないで」


「──でもね、冷たく当たっていた翼に、急に女の子が寄ってきたからって、イライラし始めるのはナンセンスだよ。なら、最初から仲良くしてれば良いのに」


「っ」


 言い合いって評するには一方的で、二人の表情は対照的だった。双葉さんはニコっとしてて、一方で岸根さんは苦しげにしながら睨んでる。


 悔しい、許せない、酷いって岸根さんの気持ちが、その目を見るだけで伝わってくる。見てるボクも、落ち着かなくなる色合いの目。


 いつもと違う、苦しんでいる目。

 ──気が付けば、ボクは双葉さんの袖を引いていた。


「ん、どしたの翼」


 喧嘩してる二人を見てると、お腹がキュッてなって。苦しそうな岸根さんを見てると、いてもたってもいられなくて。


「……きしね、イジメてるふたばは──嫌い」


 気が付けば、そんな言葉を口走っていた。


 ボクに優しかったみたいに、岸根さんにも優しくしてって言いたかった内容は、ボクの体フィルターを通すとこう変化しちゃうらしくて。


 それを聞いた双葉さんは、キョトンとした後……クスクスって、我慢し切れてない時の笑いをこぼしていた。


「そっかそっか、翼は岸根にイジワルされてたこと、気にしてないんだ。なら、確かに私が仕返しするのって、お門違いも甚だしいよね。ごめんね、大好きな岸根をいじめちゃって」


 双葉さんは愉快そうにしながら、ボクの頭を撫でてくる。愛玩するみたいに、わしゃわしゃーって。


 けど、そんな中でも、岸根さんの表情が柔らかくなっていた。


「翼、ちゃん……」


「きしね、はなし、したかった……」


 わしゃわしゃされながら、ボクは暫くぶりに岸根さんに会えたって気がした。今まで、教室で顔は見れても、薄い膜が間に挟まっていた感覚があったから。


「つ、翼ちゃん、私、私ね──」


 岸根さんが、何かを伝えようとしてくれている。さっきまで険しかった表情が、優しい頭の岸根さんのものに戻って。


 だから、その声に耳を傾けようとしたところで……。


「あっ、それは少し、待ってくれないかな?」


 それを、双葉さんが笑顔で遮った。

 ひどく不満顔に岸根さん。勿論、顔には出さないけどボクもそうだった。


 今、何か大切なこと、言おうとしてくれてたって分かったから。


「邪魔、しないで」


「……ふたば、きらい」


 二人して、一緒に双葉さんを非難していた。

 けど、双葉さんは全然堪えてなさそうで。


「あはは、ごめんね。──でも、もうちょっと仕込めそうだからさ」


 何か意味深なことを言って、双葉さんは胸元に抱き抱えていたボクを解放した。そのまま、タッタッタと岸根さんの方へと駆け寄って行って。


「な、なによ……」


「えいっ!」


「なぁっ!?」


 急に、親しい友達みたく、岸根さんを抱きしめちゃったのだ。


 ……えぇ、 待って!

 これ、一体どういうことなの!!


 双葉さん、いきなり何しちゃってるの!?


「な、何してるの!?」


「抱きついてるの」


「そ、そうじゃなくて!」


「んー、そだねー」


 ジタバタ暴れる岸根さん相手に、双葉さんは実に楽しそうに組み付いていた。慌ててる岸根さんを見て、楽しんでるみたいだ。


 ……これ、止めた方がいいのかな?

 でも、さっきよりは仲良さげに見えるし……。


「太宰は言いました、"愛は言葉だ。言葉が無くなれや、同時にこの世の中に、愛情も無くなるんだ"と」


「ふ、ふざけないで! 言葉じゃなくて、実力行使じゃない!!」


「うん、そう。でもね、別に岸根なんかに言葉は求めてないの」


「……どういう、意味?」


 そんな仲睦まじい? 距離感でくっついている中で、双葉さんはボクの方へと顔を向けて。


「──翼、岸根貰って行っていい?」


 え?


「何で私が、あなたなんかに──」


「別に岸根には聞いてないから」


「は?」


 双葉さんと視線が合う。

 夕焼けが反射して、キラキラしてる瞳。


「"愛が言葉以外に、実体として何かあると思っていたら、大間違いだ"って、太宰は書いてるけど──翼はどう思う?」


 その目に見つめられて、ただでさえ少ない言葉が惑ってしまった。


 双葉さんの問い掛けは、ボクと岸根さんのことを言ってるって、それが分かっちゃったから。


「……むずか、しい」


「うん、そうだね。分かるよ」


 そう言いながら、双葉さんは岸根さんの耳元に何かを囁いて。


 岸根さんは、悩ましげな表情を浮かべた後に、思いっきり双葉さんを睨み付けていた。


「……最低」


「でも、気になるでしょ?」


「それは……」


 葛藤してる。双葉さんの言葉で、岸根さんが。

 珍しい、何か不思議なものを見た感覚。


 そうして、岸根さんは悩み抜いた末に──顔を歪ませながら、確かに一つ頷いて。


「そう来なくっちゃね!」


 双葉さんは、ふふんと鼻息を荒くして。

 ボクの方に微笑を一つ見せてから──岸根さんの頬っぺたに、チュッてしたのだ。


 ────え?


「ちょ、ちょっと!」


「ごめんね、翼。でも、翼も悪いんだよ? ちゃんと聞いたのに、濁して答えなかったんだから」


「何でこんなこと、してっ!」


「必要だからだよ、岸根」


 さっきまでのニコっとした顔じゃなくて、今はニンマリとした表情の双葉さん。イジワルな感じの、いじめっ子の笑い方、してる……。


「ちゃんと欲しいって言わなきゃ、岸根は返してあげないから。じゃ、私はこれから岸根とデートするね?」


「だ、誰が双葉さんなんかとっ!」


「? 私の心とかいらないから、体だけ寄越せってこと? 翼を我慢しすぎて、頭とお股おかしくなっちゃった?」


「ふんっ!」


「ぶった!? 二度目だよ、岸根! 見たよね、翼。岸根はDVしてくるから、絶対別れた方がいいよ!!」


「それ以上口を開いたら、今度はグーだから」


「ひぃん」



 頭、真っ白で何にも考えられない。

 何が起こってるのか、本当についていけてない。


 そんな中で、岸根さんの顔だけが、目に入ってきて。


 申し訳なさそうで、戸惑っていて、焦ってるみたいな。色々と合わさって、くしゃっとしちゃってる顔。


 呆然としてるボクと、動揺してる岸根さんの目。

 それが重なり合った瞬間、ビクッと彼女は体を震わせて。


「こ、これ、違うから! 勘違いしないで、翼ちゃん!!」


 大声でそれだけ告げて、岸根さんは双葉さんの首根っこを掴んで走り出した。ズルズル引き摺られていく双葉さんは、まるでボロ雑巾みたいだった。






 そうして、夕焼けが見えなくなって、二人の姿が見えなくなった頃に……やっと、ボクの頭は錆びつきながら動き始めた。


 さっきのことが、ぐるぐると頭の中で渦巻きながら。



『……最低』


『? 私の心とかいらないから、体だけ寄越せってこと? 翼を我慢しすぎて、頭とお股おかしくなっちゃった?』


『勘違いしないで、翼ちゃん!!』



 ぐるぐる、ぐるぐると、さっきの会話が部分的に脳内でリフレインする。


 そうして考えてるうちに、一つの像が頭の中で身を結び始めた。答えが出なさすぎて、勝手に脳が結論を出しちゃったともいう。


「──喧嘩百合っプルってことなの?」


 半ば機能不全になってる、ボクの頭が出した結論。それは、二人が実は見た目以上に仲良しさんだというものだった。言葉のチョイスとか、なんかいやらしかったし。


 ……二人とも、ボクと話す時以上に、本音でお話ししてた感じがあったし。


 そこまで考えて、何でか胸がチクってした。



 何でだろう、なんか──嫌、だな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ