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十一話 電波の周波数がいつもと違う

 翼ちゃんを白銀さんって呼ぶようになって、もう数日。


「きしね、おは、よ」


「……うん、おはよう白銀さん」


 どうすれば分からないまま、翼ちゃんと距離を取って。そのまま、ここまでズルズルと来てしまった。


 本当は、話したい。

 二人でお話しして、もっともっと一緒にいたい。


 けれど、私の浅ましい自尊心が、それを許してくれない。


 一緒に空を歩こうって約束した。

 二人で、一緒に旅をしようって約束。


 この約束のお陰で、一人じゃないって思えた。

 翼ちゃんのお陰で、運命ってあるんだって信じられた。


 けど、気付いてしまったから。

 旅立った瞬間、翼ちゃんと離れ離れになるって。


 空に踏み出したら最後、穢れない翼ちゃんは純白の羽が生えて、遠い空へと登っていける。

 けど、醜い心の私には羽なんてなくて、階段に足を掛けられないまま、地の底へと呑まれていく。


 天使様の階段があったとしたら、きっと、そうなってしまうから。


 だから、翼ちゃんと一緒にいるのが──怖い。

 心が翼ちゃんを求めているのに、一緒にいると胸がざわめいて、泣きたくなって、切なくて。


 私一人だけ、置いていかれちゃうって、確信できちゃったから。


 嫌いな自分を自覚して、逃げたい(死にたい)のに、翼ちゃんと別れることになるって考えると逃げられなくて(死ねなくて)


 なのに、頑張りたい(生きたい)って思うには、私は意気地なしで。


 許せないのに、許してほしくて。

 穢れなくいて欲しいのに、穢れて欲しくて。

 避けてるのに、構って欲しい。


 心が四分五裂して、バラバラのジグソーパズルみたいになってしまってる。


 どうすれば良いかなんて、もう分かんない。

 自分がどうしたいかも、全然分からない。


 でも、一つだけ確かなことがある。


 ……寂しいよ、翼ちゃん。




 じっと、息を潜めて過ごす日々。

 今日も、私達の間に会話はなかった。


 私が、翼ちゃんから逃げているから。


 翼ちゃんが、綺麗すぎて。

 私が卑屈で、救いようがなくて。


 ただ一つ、翼ちゃんと良く目が合うことだけが、いま唯一の心の支えだった。


 私、翼ちゃんに、どう思われてるんだろう。


 気になるのに怖くて、怖いのに知りたくて。

 だから、今日も視線だけ向けて、目が合うと逸らしてしまって。


 それで、一日が終わってしまう──ハズ、だったの。



「翼、いる~?」



 でも、何かイレギュラーが起こった。

 とっても明るい声が、翼ちゃんの名前を呼んだのだ。


 思わずシャーペンを握りしめて振り返ると、そこには……。


「いた~。会いたかったよ~、翼!」


 満面の笑みを浮かべて、愛嬌たっぷりに翼ちゃんの元へと駆け寄っていく──双葉さんの姿があった。



 ………………え?



「……だれ?」


「えー、ひどーい! マブダチなのに忘れちゃってるなんて、翼ちゃんはツンデレラさんなんだから!」


「?」


「あなたの双葉操だよ! 今日は一緒に本屋さんで太宰巡り、しよ! あっ、太宰府巡りじゃないから、福岡県に行く準備なんてしなくて良いからね!」


「??」


「そういう訳だから、早く行こ行こ! 太宰も書きました、"幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ"って!」


 双葉さんは迷いなく、自然に翼ちゃんの手を取った。


 ──は?


「じゃ、行こっか」


 そう言って、翼ちゃんの手を引いた双葉さんは、そのまま教室から出ていく。私は、呼吸できないみたいに魚みたいに、口をパクパクさせて見送るしかなくて。


 意味分かんない事態に脳がついていかなくて、何かしなきゃって思うのに、どうすれば良いか分かんなくて、頭が混乱してしまって何にもできない。


「……きしね」


 教室から出る直前、半ば引きずられている翼ちゃんは、小さく私の名前を呼んでくれた。


 ……けど、それに私が答える前に、双葉さんはいつもの無感動な表情から一転して、馬鹿みたいな笑顔を私に向けて。


「翼、借りていくよ。──汚しちゃったら、ごめんね?」


 ────。


 思考が、停止した。

 意味、分かんなさすぎて。


 声、出ない。

 体、動いてくれない。


 頭、真っ赤で。

 胸にモヤモヤ、たくさん溢れて。


 今日の私は、勝ち誇っている双葉さんを見送るしかなかった。



 バキって、何か音がする。

 手に、チクリとする感覚。


 ──お気に入りのシャーペン、ひしゃげてた。






 ボクは今、双葉さんっぽい何者かに手を引かれて、放課後の街中を歩いていた。


 そう、双葉さんっぽい何者か。

 この双葉さんは、双葉さんじゃないみたいな感じ。


 だって、いつも無表情でミステリアス少女なはずの双葉さんが──すごくニコニコ笑っていて、ずっと楽しげに歩を刻んでいたから。


 これ、絶対偽物の双葉さんだよね?


「お勧めしたい本、いっぱいあるんだー。まずは基本中の基本、斜陽でしょー。それから、太宰溢れるカス男を感じてもらいたいし、ヴィヨンの妻も呼んでもらってぇ。あっ、でも、いま翼に一番お勧めなのは、グッド・バイかも! 未完結作品だけど、遺作だけあって、本当はこうありたかったって太宰の気持ちが伝わってくる作品だから。人間失格じゃなくて、多分こっちが遺書だったんじゃないかな?」


 煩いくらい、すごい捲し立てて話してるし。

 勢い凄すぎて、頭に半分も入ってこない。


 ……双葉さんは、もっと落ち着いてて物静かだもん。


「ふたば、うるさい」


 解釈違いです、と言おうとしたら、もっと簡素になって口から否定が飛び出した。


 まあ、言いたいことはそこまで違ってないから、良いけどさ……。


「ふふ、そうでしょ? そうなの、今日の私はお騒がせ女! 敢えて言うなら双葉ソウ、だからね!」


 フタバ、ソウ?


「……違う、名前」


「ちなみに言っておくと、双子の妹や姉とかじゃなくて、ちゃんと双葉ミサオだよ!」


 キラリとウインクしながら、茶目っけたっぷりにそう言ってのけた。


 頭、バグりそうになる。

 いつもの物静かで、謎めいていた雰囲気の双葉さんじゃない。ないはず、なのに……。


 ──でも、今の彼女は、余計に謎めいて見えた。


「そう……」


「呼んだ?」


「違う」


「そっかー」


 物静かな双葉さんと、この騒がしい双葉さん。

 どっちが本物なんだろう……両方、本物なの?


「……ふたば」


「はいな!」


「……昨日のふたば、は」


 物静かな双葉さんが、どうしてこうなったのか。

 昨日、何かあったの? 大丈夫? って尋ねる。


 すると、心得てましたみたいに、双葉さんは胸を張って。


「安心してよ、全ては計画通りだから! ふふふ、うふふふふ!」


 何でか、手鏡越しに、すっごくニヤニヤしてる双葉さん。言いたいことは全くわからないけど、全然大丈夫そうなことだけは伝わってきた。


 ……まあ、いっか。

 何だか知らないけど、双葉さん楽しそうだし。


 ……もしかして、岸根さんとのことで落ち込んでるの、見抜かれちゃって励まそうとしてくれてるのかな。


 昨日、何とかするね、みたいなこと言ってたし。


 実際はどうなのか、分かんない。でも、明るく振る舞ってくれてるから……ボクも元気、分けてもらえちゃったし。


「ふたば」


「はぁい」


「……ありが、と」


 だから、ありがとうって何とか口にできた。

 寂しいのが紛れて、ボクの口は少しだけ素直になってたみたいだったから。


 すると、双葉さんは目をキラリンと輝かせて。


「幸福は一夜おくれて来る……明日の夜に、私は噛み締めちゃってるのかな?」


「?」


「ふふっ、何でもなぁい! 翼が初めてデレってしてくれたなーって思ったら、嬉しくってさ!」


 ……確かに、今思い返してみれば、ボクは大体双葉さんに辛辣なことしか言ってなかった気がする。


 デレるとか言われると困るけど、今後はもっと口調、柔らかくできたら良いな。


「ね、翼」


「ん」


「太宰は書きました、"憤怒こそ愛の極点"って。──覚えててね?」


 よく分からないまま、ボクは頷いちゃっていた。


 だって、今日の双葉さんは、元気っ子意味深系ミステリアス少女だったから。解釈違いでも、この双葉さんならありかもって、そう思えちゃったから。


 ボクはミステリアス少女には、とことん弱かった。

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