一話 夕暮れの屋上で電波キャラに会うのは鉄板
ボク、白銀翼の趣味は、学校の屋上で妄想してることだった。
例えば、教室にテロリストが襲ってきて、それをやっつける妄想。
例えば、チート能力に目覚めて、無双しちゃう妄想。
例えば、神様がやって来て、ボクを転生させた理由を話してくれる妄想。
色々妄想してて、気が付いたら夕方や夜になってることがたくさんあった。時々、見回りの先生や警備員さんに、追い出されちゃうこともある。
それでも、妄想をやめられない。
前世の反動から、今世では生まれてからずっと、中二病を拗らせている。それがボクという人間なんだ。
ボクはね、前世では変に気触れてて、リアリストを気取ってた高二病のイタい奴だった。
周りがバカにしてるから冷笑して、かっこいいって概念を必要以上に嫌って、何でもかんでも小馬鹿にしてしまう。
それが世の中では普通で、自分は普通の側に立っている。なんて的外れな認識を、中学生から高校卒業するまで、ずっと続けてた。
そんなすごく、すっごく嫌な奴がボクだった。
でもね、歳を一つ重ねるごとに、周りの人はそれが普通じゃないって気が付いていった。人はもっと優しくて、温かい目で色々と許容してて、ボクの想像よりもずっと寛容だった。
ボクのそれまでの感性は、バカとは違うって思いたいだけの、或いは自分はバカじゃないって言い聞かせるためのもの。
ある意味で、変則的な中二病だったのかもしれない。
それに気がついたとき、死にたくなるくらいに恥ずかしくなって。衝動的に走り出したら、バナナの皮に蹴躓いて階段から転げ落ちて死んじゃった。
そんな、悪い奴にはお似合いの、お間抜け全開な死に様が、ボクの前世の最後の記憶。
ここまで話したら、分かってくれるよね?
……うん、そうなんだ。
実はボクって、転生者なんだ。
これは妄想じゃなくて、事実そのものだよ?
他の人に聞かせたら、きっと妄想なんだって言われちゃいそうだけどね!
それも、何の因果か分からないけど、前世では男だったのに今世では女の子になってる。色々と、かつてと勝手の違う人生の幕開けだった。
そんな生活の中で、ボクは思ったんだ。
──折角やり直せたんだから、前世では出来なかったことがしたいって。
その一つが、中二病ごっこ。ごっこって言いつつ、実際に色々と妄想しちゃってるから、もう中二病そのものなんだけどね?
色々なシチュエーションを妄想してて、いま一番楽しいのは不思議系ミステリアス少女なエミュレート。
自分が謎めいた美少女キャラだったらって妄想。なんか、昔毛嫌いしてた夢小説みたいだけど、妄想を膨らませていくと本当に楽しい。嫌ってたことを、たくさん後悔しちゃったくらいに。
自分がこうだったらいいなって妄想、本当に楽しいね!
……本当のところは、今世のボクって表情筋死んじゃってて、思ったことをそのまま伝えられないから、そう見られてたらいいなーって妄想なんだけど。
マジで無表情だし、おはようって挨拶しようとしても"んっ"としか声出ないし、愛想なんて微塵もない。
だから友達も少なくて、こうして日がな一日お空を眺めて過ごしてるんだ。何でか、屋上に人、全然来ないし。
……別に、寂しくなんてない。
けど、誰か隣にいてくれる人がいるなら、歓迎したいよ。
一緒にお空を眺めたり、中二病ごっこに付き合ってくれる人がいたらって妄想もしちゃってるから。
そんな人が現れたら、友達になりたいなーって思ってたりもするんだ。
屋上、本当に人気がないから、妄想に終わっちゃってるんだけどね!
あーあ、何かの間違いで誰か来てくれないかな。
そしたらボク、なんか意味深なことを言って、ミステリアス美少女ごっことかできるのに。
それに付き合ってくれる人がいたら、お友達になりたいかもー、なんてね!
そんな都合のいいこと、人生にそうそう起こらないよね!
自分から行動しないとどうにもならないから、今日もボクはぼっちなんだし!
……あれ?
今、屋上の扉、開く音した?
夕暮れ時の屋上には幽霊が出る。
実しやかに囁かれる、白百合女学院七不思議の一つ。
昔、好きでもない婚約者と結婚する未来に悲観した生徒が、屋上から身を投げたとか。
好いていた上級生に告白したが思い実らず、無理心中を図った生徒がいたとか。
大体が色恋と死がセットで語られる場所、それが白百合女学院の屋上だった。
──だから、ついに出たのかと思った。
夕暮れ時の屋上に、白い髪を風に揺らしている少女が一人立っていた。
小さな体躯に透明な表情で、無感動にこちらを見ている。
あんまりに浮世離れした視覚に、ゾクって背筋が震えた。
ああ、不思議なものって実在したんだって、そう思って。
……でも、黄昏を纏っている彼女は、小さく首を傾げて。
「きしね、りお?」
何故だか、私の名前を口にした。
岸根理央、間違いなく私の名前だ。
この子、私を知っているんだ。
──お迎え、なのかな?
非日常的な空気が、日常を侵食し始めるみたいに忍び寄ってきて、魔が差したみたいな考えが浮かんで。
「──あなたは幽霊? それとも、天使様なの?」
恐る恐ると問い掛けると、彼女はごく淡々とした口調で答えた。
「しろがね、クラスメイト」
………………は?
目をゴシゴシして、改めて彼女を見た。
白い髪にちまっとした体躯、それでいて透明感のある無表情。
「…………あっ」
そこで気が付いた、いつも存在感がどうしてか薄いクラスメイトのことを。
白銀翼、同い年で同じ学校で同じクラスの同級生。
いつも誰にも意識されてない、空気みたいな存在。口数少なく、目立つ容姿なのにどうしてか埋没している子。
「ああっ!?」
無茶苦茶クラスメイトだった。
何なら、おはよーって朝挨拶もしてた。
……ねぇ、待って。
さっき、私なんて言ったっけ? 幽霊か天使様、なんて口にしてなかった?
き、気のせい、だよね?
雰囲気に呑まれて、偶々心の中でそう思っただけだよね?
「ね、ねぇ」
「幽霊、違う。足、ある」
……ダメそうだった。
思いっきり、口にしちゃっていた!
私は同級生に変なことを聞いて、普通に否定された恥ずかしい女子になってしまっていた。
夕暮れ時のポエマーとして、唐突にそういう才能に目覚めてしまっていた。永遠に目覚めることなんて、なくて良かったのにっ。
衝動的に、ここから飛び降りたい気持ちが湧き上がってきてしまう。私のバカ、本当におバカ!
「きしね」
頭の中でウワーってしてると、白銀さんが私のことを呼んだ。苗字を呼び捨てにされて、思わずビクリとする。
そんな呼び方をされたのは、怖い学校の先生くらいだったから。
「きしねは、ここ来たの──どうして?」
背筋を縮こませる私に、彼女は気にした風もなく、それでいて衒いもなく尋ねてきた。
……ちょっと、ドキッてした。
心臓が、バクバクと高鳴る。
教室では存在感がないのに、今この場所で、白銀さんは不思議な雰囲気を纏っていたから。
──心の中、見られちゃったのかなって、そう思えて。
「し、白銀さんは、どうして?」
軽く深呼吸してから、私は笑顔を浮かべて。
そうして、質問に質問で返した。
……早くここから、出ていってくれないかなって思いながら。
白銀さんは、宙を見上げた。
ほんのりと夕焼けが呑まれていく、そんな空を。
「──空、歩けそうって、思ったから」
そうして彼女が口にしたのは、子供向けのメルヘンみたいなこと。
空を歩くだなんて、絵空事。
普通なら、そんな可愛いことを言う子だったんだって、そう思って終わりかもしれない。
──でも、思わず息を飲んでしまった。
憶測が、予感が──期待が、胸に過ってしまったから。
「きしね、あなたも?」
胸が乱暴に脈打つのを自覚しながら、白銀さんの問い掛けに震えながら頷いた。
──飛び降りるために、私はこの場所に来たんだから。