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老科学者の空虚な日常

どこか違う世界に

作者: 一飼 安美

「背骨だけの生命体、か」


 俺は大昔の記録をたどり、くだらねえと馬鹿にしていた。大学の客員教授だというのに、こんなことを真剣にいうのだから一昔前の科学なんて知れたものだ。妄想、夢想の類。コミックでも描いた方がいいんじゃないか?そんなことを考えていたら、だんだん本気になっていた。科学者気取りの妄想家が残した論文からストーリーを拾えばいい。こいつは本気なのだから本を書いて出版なんてしないだろう。もう四十年も前に書かれた手書きのレポート用紙は、色褪せて読めないものから半分捨てられて途中までしかないものまで色々だが、中身自体は多岐に渡る。これをほとんど一人で書いた酔狂がいるというのだから、変わり者は自分では気が付かないものなのだろう。


 人間の体は、欠落しているというのがその男の言い分だったらしい。足りないものを埋めるために、他者を求める。コミュニティが生まれ、コミュニケーションが生まれ、文明となる。猿はなぜ人になり得たかといえば、そもそも変化していない、と考えていたようだ。驚くほど単純で、進化とも呼べない範囲の変化しかしていない。誰もが皆、一笑に付した。俺のどこが猿だっていうんだ?……そんなことを言いたくなる気持ちは、わからなくもない。だが、男の研究は、さらに常軌を逸していたという。


 人間の体は、欠落している。ならその欠落した箇所には、何がある?何もなければ回路が繋がらずシステムは機能しない。人体という極めて高機能なシステムは、何かでそれを補填している。同時にそれは、欠陥。メモリーの挿し口からウィルスが投入されれば、コンピュータが壊れるのと同じだという。


 ある生物を仮定する。それは、人体の欠陥構造に入り込み、寄生する。そしてこの異生物は、寄生はするが共生はしない。この生物を腹の中に飼わなければ、餌となるのは自分。生きていくのには、宿主の脊椎があれば十分なのだという。


 脊椎さえあれば十分、回旋筋鍵盤他の骨格は全て余剰。気の利いたサービスだ、としか思っていない。脳髄すらもがその中の一つ、モーテルのアメニティに含まれた歯ブラシのようなもの。寄生された本人が、抗わなければ占拠されるだけ。一つの体で、二つの生物が、神経系を奪い合うというのだ。なかなかおもしろいストーリーだ、と気を利かせて言った誰かが、真剣に言っていると怒鳴り返された、と大学の古株たちは今でも話題に出す。本当に、どうかしてしまったのだと。なあに、おもしろいストーリーにできればちょっとした金になるかもしれない。俺はツテをたどり、出版できないかと尋ねてみたのだが。


 君はこの話を、どうするつもりだ?そう聞かれて、誰かと提携する、と答えた。文才はねえし、映像化のノウハウもない。台本の構成なんてかったるくてしてられない。それに……。


「絵が描けないんだよ」


 下手なんだ、昔から。だからコミックにもできない。それを聞いた出版社のヤツは、首を突っ込むなと俺を帰らせた。誰に教えられたか知らないが……任せていればいい。なんだこんちくしょう、俺を追い返して自分がいい思いをしようってか?今でももしかしたら、なんて思うことがある。新作のモンスター映画を見るたびに、もしかしたら……。「そういうところだ」と最後に言われたのを、今でもよく思い出す。

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