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ルナとシエルとトールが城に戻ると、ソルから報告を受けたシドと、そのシドから事前に説明を受けたらしいシルヴァ侯爵が待っていた。どうやら、カフェの階段から降りる際、階段を踏み外したルナを助けたシエルが顔を強打してしまった、ということになっているらしい。

シルヴァ侯爵は、姫様をよくお守りしたと、シエルをひどく褒めていた。シエルは、喜ぶにも喜べないため、あいまいな表情を浮かべるしかなかった。

シエルと別れたあと、シドはルナを部屋まで送ると、ロゼと部屋にいるように言った。そしてシドは元気のないトールを連れて部屋から出ようと歩き出した。ルナは、シドの方に走って近寄った。


「シド、私が全部悪い。トールは何も悪くないんだ」


ルナの言葉に、シドは立ち止まり、ルナの方を振り返った。そして、笑顔を向けた。


「姫、確かに、姫のしたことは褒められたことではありません。しかし、姫を守ることが彼の仕事である以上、彼はそれを放棄したことについて咎められるべきなのです。姫を危険な目に合わせてしまったことは、彼の落ち度です」

「危険ではなかった。全員驚異的なほど雑魚だった」


ルナの言葉に、ロゼはがくりとずっこける。シドは笑顔のままルナを見下ろす。


「雑魚だろうとなんだろうと関係ございません。姫はあんな場面で矢面に立って戦うような立場の御方ではないのです。姫がああいったことに関わることで、巡り巡って大きな事件へと発展してしまうことがあるのです」

「…それじゃあ、あの場面で言えば、暴漢に襲われる子どもを放っておけということになるが」

「そういうことでございます」

「…何?」

「おっしゃるとおりでございます、と申しております」


シドの方を、ルナは睨みつけた。


「…それが、賢王を育てる者の言葉か?子どもはこの国の未来だ。そいつらを見捨てて何が賢王だ」

「子どもたちがこの国で健やかに生きられるようにするためにはどうすればよいのか、ということを考えることは姫の仕事でございます。しかし、子守りは姫の仕事ではないのです。目の前のたった数人の子どもの命のために姫が動くことで、回り回って大きな問題になり、もっと多くの血が流れ、その結果国の平和を乱す可能性があると申しております。そして何より、姫の命が奪われてしまっていたら国家の存続に関わることです。王の血を引く人間は貴女1人しかいないのですから」

「……」

「今から、姫が関わったこの問題がこれ以上大きくなることがないよう、私は会議に向かいます。どうか、このことを御心にお留めください。短絡的な善意で動くのではなく、広い視野に立って、物事をお考えください。貴女は王女になられるお方なのですから」


シドは、失礼致します、と頭を下げると、トールを連れて部屋を出ていった。

ルナは、シドと話し終わった後、そのまま立ち尽くしていた。ロゼは、そんなルナの肩をさすると、さあお疲れでしょう、お茶をおいれ致します、と彼女にしては珍しく優しい口調でルナに語りかけた。








城の最上階の会議室にて、シドとソルが向かい合って座り、その後ろにトールが立って控えていた。シドは、ふう、と息をつく。


「ソル様がおられたことが救いです。本当にありがとうございました」

「大したことじゃないよ。…それより彼、父親に今日のことを黙っていられるだろうか」


ソルは、額に手を当てる。シドは、ソルの方を見る。


「彼は例の件を知らないのでしょうか」

「僕が見た限りでは、知らない雰囲気だったよ」

「…彼は聡明ですが、父の言いなりな部分がある。…父に隠し事ができるかどうか」


ソルは、はあ、と額に手を当てたままため息をつく。


「…城の者に見られたと知ったら、つかみかけた尻尾に逃げられてしまう」


ソルの言葉に、トールが気まずそうに目を伏せる。シドがじろりとトールを見つめる。


「普段から寝ているからですよ」

「…返す言葉もございません」

「まあ、騎士の仕事と姫様の護衛の二足のわらじでは疲れるのは当然さ。彼にオーバーワークを強いた僕たちにも責任がある。…護衛の数を増やすのはどうだろうか」

「姫の前職のことを、これ以上広めるわけにはいきません。最低限の人数で、この秘密を隠し通さなくてはなりません」

「…前職、ね」


ソルは、少しだけ目を光らせるが、そうだよね、それはそうだ、といつもの雰囲気に戻した。


「しかし、シルヴァ領のこどもたちにも、悪党たちにも、姫様が勇敢に戦う姿を見られてしまった」

「姫に聞き取ったところ、悪党については、姫のことを王家の人間だとは知らなかったようです。そのへんの人間にやすやすとやられてしまった話を、他の者にはしないでしょう。子どもたちについては、親に銀髪の人間の話をしたらさすがに王家の人間のことだとわかるでしょうが…子どもが言った話をそこまで本気にはしないでしょう。深く聞かれたらトールかシエル様が片付けたことにすればよろしいかと。子どもたちの証言しかないのであれば、こちらがいい切れば特に深入りしないでしょう。ましてや、姫が複数人の暴漢を1人で倒してしまった話なんて信憑性に欠けます。…とにかく、どちらの件についても、対応を検討致します」


シドの言葉に、ソルは頷く。


「…あともう少しで証拠が揃いそうなんだ。早急に解決を急ぐよ」


ソルの言葉に、お手数をおかけいたします、とシドは深々と頭を下げた。


「トールのことも、そこまで責めないでやってくれ」

「…彼の処分は、この問題が解決次第決定致します」

「うっ…」

「そう言ってやるな。僕に免じて頼むよ」


ソルは立ち上がり、帰る準備をしながらシドにそう言った。シドはそんなソルを見上げたあと、かしこまりました、とお辞儀をした。そんなシドを見て、ソルは小さく微笑んだ。









シドとソルに解放されたトールは、落ち込む心を引きずって訓練所に向かった。すると、その途中で、お茶の片付けをするロゼと出くわした。ロゼはトールの顔を見ると、勢いよく彼に近づき、思い切り足を踏んづけた。


「ぁいたっ!」

「もう!ほんっとにばかなんだから!普段の行いのせいよ!」

「悪い悪い…」

「もう…それで、どうだったの?」

「まだわからない。いろいろと落ち着いてから俺のことは決めるらしい。ソル様は穏便にとシドにおっしゃってくださったけど」


トールの言葉に、ロゼが少しだけ安心したようにため息をつく。


「居眠りしてたせいでルナ様を危険に晒したなんて、あなた、ほんとに首が飛んでたかもしれないのよ?」

「…そうだよなあ」

「ソル様のお陰ね。…まあ、命があるだけ有難いと思いなさいよ」


ロゼが、またため息をつくと、ほら、さっさと仕事に行きなさい!とまたトールの足を踏み、そして調理場に向かった。トールはロゼの背中を見つめながら頭を掻いた。


「…本気で踏むんだから、あいつ…」


トールは、ロゼがどれだけ心配していたのかを足の痛さを通して身にしみつつ、訓練場に向かった。








昨日の事件があってから、ルナはなんとなく気持ちが沈んでいた。自分の軽はずみな行動から、シエルを危険に晒したこと、トールに責任を負わせてしまったこと(寝てたのは彼が悪いけれど)、シドやソルに何やら無駄な働きをさせてしまったこと。それらの罪悪感が胸にのしかかると、ルナはどうにも気持ちが重くなった。


ロゼやメイドたちが用意した朝食を終えたとき、ルナは、そういえば毎朝顔を見せているシドが、いないことに気が付く。ルナはロゼに、シドは、と尋ねた。朝食の片付けをしていたロゼは手を止めてルナのところへ来た。


「シド様は、本日はルナ様のところへはいらっしゃらないようです」


ロゼの言葉にルナは目を丸くする。そんなこと、ルナはこの城に来て3ヶ月が経とうとしているけれど、初めてのことである。


「…何かあったのか?」

「詳しくはわかりません。今日は自室で事務作業があるそうです」

「…そうか」


昨日の事件から増えた仕事だろうか。ルナはまた罪悪感が胸に刺さる。


「…それじゃあ今日は何したら良いんだ?」

「シド様からは、今日はお休みの日として、ごゆっくりお過ごしください、とのことです」

「休み…」


普段なら嬉しい言葉のはずだけれど、ルナは素直に喜べない。ロゼは、そんなルナの気持ちを察しつつ、さあ、身支度を致しましょう、とルナを、ドレッサーの前に呼んだ。






普段ならば、一瞬の隙を見て部屋から逃げ出すルナであったけれど、今日はえらくおとなしかった。ロゼはそんなルナが気味悪くも、そして、心配にも感じた。


「ルナ様、一緒にお庭でも散歩いたしましょうか」

「散歩…」

「普段なら1日1時間はお体を動かされるんですから、部屋にずっといたら体が変に感じるんじゃないですか?」


ロゼの言葉に、確かに普段ならばトールと組手をしている、とルナは思う。なんだかんだ1日1時間程度はトールと訓練場にいるのがルナには習慣になっていた。

そのときにふと、そういえば今日はトールの顔も見ていないことにルナは気がつく。


「…そういえば、トールは?」

「えっ」


ロゼの声が明らかに動揺していた。ルナは、ロゼの顔をじっと覗き込む。ロゼは、あからさまに視線を泳がせる。


「と、トールは…しばらく騎士団の仕事が忙しいらしく、その、ここには来られないと…」

「…」

「…」

「…そうか…」


ルナは、昨日の件のせいだと察すると目を伏せた。そんなルナに、もどかしそうな顔をするロゼ。

すると、ドアがノックされた。メイドが部屋に入ってくると、ロゼに、ソル様がルナ様とお話したいそうですけれど、どうされますか、と話しかけた。その言葉に、助かった!と言わんばかりのロゼが、さあルナ様ご準備を!とルナを急かした。








応接室にルナがロゼと到着すると、テーブルにお茶が準備されており、その席に笑顔の空が座っていた。ルナは軽くお辞儀をすると席に着いた。ロゼは、部屋の後ろに静かに控えた。部屋の隅にはすでに、ソルの執事が控えていた。


「こんにちは、姫様」

「ごきげんよう。…昨日は、大変失礼致しました」

「大したことじゃありません。姫にお怪我がなかったのであれば、それに越したことはありませんから」

「…」


ルナはじっとソルを見つめた。ソルは笑顔でその視線に応えたあと、そうだ、と言って、一冊の本を取り出した。ルナは、その本に視線を移した。その本は、こどものための童話集、と表紙に書かれている古い本だった。


「……なんですか、これは」

「あなたが育ったパン屋の、姫様の育ての父の部屋にあったものです」


ソルの言葉に、ルナは目を丸くする。


「家に行ったのか?」

「あの家をあのまま置いておけませんから。今後どうするか、陛下やシドの意見を聞いて決めるところです。今後の方針を話し合う前に事前に調査に行った際、姫様の育ての父の部屋に一冊だけあった本でした。見たところすっかりほこりをかぶっていて、読まれた形跡もなかったのですが、あの家に一冊だけあった本だったもので、持ち帰ってまいりました」


ルナは、本を手に取った。まったく見覚えのないものだった。


「姫様の育ての父上は、本が好きだったんですか?彼の部屋は必要最低限の家具しかなかったので、その本だけが趣味のものにみえました」


ソルはそう言うと、紅茶を一口のんだ。ルナは黙って本を見つめていた。

マックスの部屋にルナが入ったことはほとんどなかった。ルナの部屋にもマックスが入ったことはなく、お互いのプライバシーは暗黙のうちに大切にしていたからである。だからもちろん、マックスがこの本を持っていることもルナは知らなかった。


「…恐らく、違うと思います。…彼は字が読めませんでしたから」


ルナの言葉に、でしたら、貰い物でしょうか、それともいつか読もうと思って買ったのでしょうか、とソルは言う。ルナは、彼に本をくれるような知り合いがいたとも、軽い気持ちで本みたいな高価なものを買うお金があったとも思えなかった。ルナは、本をじっと見つめたまま、これは私がいただいてもよろしいんですか、とソルに尋ねた。


「ええもちろん」

「…ありがとうございます」


ルナは、本を胸に抱いた。そんなルナに、ソルが少しだけ目を丸くする。


「…そうですね、育ての父上の形見ですものね。…大切に育てていただいたんですか?」

「…」


ルナは、少し黙る。マックスのぶっきらぼうな声、雑な言葉、鍛錬のときの厳しい顔、パンを焼くときの汗をかいた額。それらをルナは思い出す。ルナは目を伏せて、わからない、と答えた。


「…わからない…ですか?」

「でもいつか、わかるようになりたい。きっと、…愛してもらっていたのだと、信じているから」


ルナの言葉に、ソルはまた目を丸くする。そしてゆっくりと、そうですか、と返した。






ソルと別れて、ルナはロゼと部屋へ戻るために中庭を歩いていた。すると、シエルの姿が見えた。シエルの頬は昨日の傷を隠すようにガーゼが貼られていた。ルナは、シエルに近づいた。ルナに気がついたシエルは目を丸くした後、やあ、と手を挙げた。


「こんにちは、今日も勉強かな…」


シエルはそう言ってシドの姿を探すけれど、彼の姿がないことに、あれ、と声を漏らす。ルナは、そうだ、と言った。


「文字の勉強、頼めますか?」

「えっ、ええ、俺でよければ構わないですけれど…」


ルナはそう言うと、シエルと歩き出した。ロゼは慌ててその後を追った。






前回も勉強した部屋に、2人で机を挟んで向かい合った。シエルはノートとペンを用意すると、さて、と言った。


「はじめましょうか」

「…その前に、昨日のこと、謝りたくって」


ルナの言葉に、シエルは目を丸くする。そして、いえ、と頭を振った。


「ルナ様は何も悪くないと思います。暴漢が全部悪い」

「…でも、私が約束通りの場所に行っていれば、シエルがそんな傷を負うことがなかった」

「でも、ルナ様があそこにいなければ、子どもたちは暴漢に襲われていた。下手すれば殺されていた」


シエルの言葉に、ルナは目を丸くする。しかしすぐに、ルナは目を伏せる。


「…シドに言われた。王女になる人間は、短絡的な善意はよくないって。オレが勝手に事件に首を突っ込めば、それが大きな問題に発展するんだって。だから昨日のことは、放っておくのが正解だったんだって」

「そ、そう言われると…」


シエルは、う、と言葉を詰まらせる。シエルは少し黙ったあと、ゆっくりと微笑んだ。


「でも、ルナ様のその、助けたいという気持ちは大切なことだと思います。あの場面で動こうと思える人じゃなきゃ、本当に人々のことを救おうと考えて国のために働けないはずですから」

「…」

「だから、昨日のルナ様は、…偉い人は間違いだって言うかもしれない、でも俺は、何も間違っていないと、そう思います」


シエルの言葉に、ルナは息を呑む。シエルは、そうだ、と言うと、鞄から綺麗な箱を取り出した。蓋を開けると、中には様々な形のチョコレートが入っていた。


「あっ」

「よかったら召し上がってください」


シエルが微笑んでそう言う。ルナはシエルの目を見つめる。


「これ…」

「前にすごく気に入ってくださってたから、喜んでもらえるかなって」


シエルの言葉に、ルナはじっとシエルを見つめる。恐らく昨日のことからルナが落ち込んでいるのではと考えて、彼は準備してくれたのだろうとルナは気がつく。


「シエルはやっぱり優しいな」

「いや、俺なんか、」

「否定するな。私がそう思ったんだ」


ルナに言われて、シエルは目を丸くする。そのあと、少しだけ目を細めて、ありがとうございます、と返す。

ルナは、いただきます、と言うとチョコレートを一粒つまんで口に入れた。


「(うっ、うまい…!)」


美味しそうに頬張るルナを見つめて、シエルは優しい表情になる。しかし、シエルはふと昨日のことを思い出して考え込む。


「(…港にいた悪人のことが気になる。父上は御存知なのだろうか。あいつらが子どもたちにまた危害を加えることがあったら…。でも、ソル様には何も言うなって言われてるし…。昨日のルナ様の超人的な強さについても、ソル様に遠回しに忘れろと圧をかけられたから聞けないし…)」

「シエルは領民の子どもたちとは仲がいいのか?」

「えっ?え、ええ、たまにあそこへは釣りに行くんですが、そのときに、勉強を教えたり、ああ、文字とかをよく教えてます」


シエルの言葉に、だからいつもわかりやすいのか、とルナはつぶやく。シエルは、やさしく微笑む。


「本当は俺、領内に貧しい子どもも通える学校を作りたいんです。王国領の…、城の近くにある学校みたいなところです。勉強をして文字や算数や、色々覚えたら、できる仕事が増える。…色々夢想してるんです。こんなこと教えて、とか、こんな本で授業して、とか、でも勉強だけだときっと誰も来ないから、美味しいパンとスープを用意して…とか」


シエルの笑顔に、ルナもつられて少し口角が上がる。しかしシエルは、笑顔を止めると少し悲しそうに、でも、と続けた。


「でも父上は、そんなもの不要だっておっしゃるんです。…お前は当主としての才覚がないから、そんな馬鹿みたいなことをいうんだって」

「馬鹿みたいなことじゃないぞ」


ルナは真剣にシエルの目を見て言う。シエルは、ありがとうございます、と困ったように笑ったあと、ふと、ルナの前のテーブルに置いてある本に視線を移した。


「その本…」


シエルは本を指さす。ルナは本を持ち上げて、シエルに表紙を見せる。シエルは本を眺めながら、懐かしいなあ、とつぶやいた。


「俺、子どもの頃によく、母にそれを読んでもらいました」


シエルは本を懐かしそうに眺める。ルナはそんなシエルをじっと見つめた後、父が、と声をもらした。


「父が、…育ての父が持っていた本らしい」

「そうなんですね」

「字も読めないのに、ずっと持っていたみたいだ」

「なら、ルナ様にいつか読んであげようと思ってもっていらしたんですね、きっと」

「え?」

「これ、親に子どもが読み聞かせる本として、昔からずっと有名ですから」


シエルはそう言って微笑む。ルナは、シエルの言葉に固まる。



ー本を、読んでやれるような…父親に、なりたかっ、…



あの日のマックスの言葉が蘇る。彼はきっと、始末屋になるしかなかった。金がなく、親もなく、そんな彼にできる、明日食べていくための仕事がきっと他になかった。それでもいいと、彼はきっと思っていた。始末屋としてでも、生きていけるのなら、と。でもそれは、ルナに出会うまでの話だ。ルナと出会い、父親になってから、彼はきっと、この仕事に疑問を持つようになった。それでも、彼にはこの仕事をするしかなかった。自分だけでなく、幼い娘を食べさせていくには。そして、自分が死んだ後もこの娘が食っていくために教えてやれることが、彼には始末屋の仕事しかなかった。

彼の親としての葛藤に、今更ルナは触れた。そして、彼がルナの親として必死に生きようとしてくれていたことも。


「(…その葛藤をうめるために、近所の子どもたちにパンを焼いてやってたのかな…)」


ルナは本を見つめながら、そうぼんやりと考える。

シエルは、黙り込むルナを見つめたあと、その本、と言った。


「今から読みませんか?読めない部分はお手伝いします」

「…ああ」


ルナは、シエルに言われて本を開いた。シエルは、ルナと一緒に向かい合って本を読んだ。内容は題名の通り子どもが読むような童話だった。ルナは読みながら、何度ものどの奥から熱いものがこみ上げた。マックスが自分にこれを読んでやりたいとずっと願っていたのだと、そう思えばさらに胸が締め付けられた。

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