11
翌日の朝、朝食と着替えを済ませたルナの前には、いつも通りシドがやってきた。シドは深々とルナに頭を下げると、いつものようにおはようございますと言った。ルナは、シドの方を見た。
「…昨日は忙しかったようだな」
「昨日は大変失礼致しました。半日とはいえ、姫のご様子をお伺いできなかったこと、大変心苦しく思っておりました」
「…」
ルナは、じっとシドの手を見た。そして、さっとシドの手をつかみ、手袋のすき間からシドの素肌を見た。そこには、若く白い、綺麗な男の手があるだけだった。
「(…昨日のは、見間違い…?)」
「姫、人の、ましてや男性の手を握るなど、淑女の行動ではございませんよ」
「…すまない」
ルナはシドから手を離した。シドはいつもの笑顔でルナを見つめる。そして、シドは今日の予定を淡々と説明し始めたので、ルナはうんざりしながらその話を聞いていた。
昼食が終わってすぐ、シドからこの国の歴史の授業があった。3時間ほどその授業が続き、ようやく解放され、1時間の休憩をルナは得た。ロゼがおやつにと果物を持ってきたが、それを食べてもまだ小腹がすいていたルナはロゼの目を盗み、調理場へ向かった。今日もやはりトールはいないため、シドがいなければルナを捕まえられる人がいない。自分を捕まえたければトールを連れてこいと、そんな気持ちでルナは廊下を歩いた。
ルナは調理場に向かい、ミナの姿を探した。いつもこの時間にはミナは夕飯の下準備をしているのだ。今日もあの美味しいサンドイッチを作ってもらえるだろうか。そう思いながらミナの姿を探すが、見当たらない。
「…ミナ…?」
「あれっ、ルナ様?!」
声がしてルナが振り向くと、以前忙しいからとミナを叱っていた赤茶色の髪のメイドがいた。メイドは慌ただしそうに、両手に色々なものを抱えて移動していた足を止めてルナの方を見ていた。
「ミナは知らないか?」
「ミナ?ミナは今朝急に辞めてしまいましたよ」
はあ、と重い溜息をつきながら、メイドはそういった。ルナは、えっ、と声を漏らす。
「今朝、ミナの寝床に書き置きがあったんです。城での生活が前から嫌で、街に働きに出たくなったって。あーもう!また急にいなくなられたら、残されたこっちは忙しくってたまんないわよほんとに…」
ルナは、メイドの言葉に違和感がした。ふと、前にメイドがいなくなったと騒いでいたのも木曜日だったことを思い出す。そして、そのいなくなったメイドの髪の色が桃色であったことも思い出すと、ルナは嫌な予感がした。
「おい、確か、…ジェシカ?の前にもメイドがいなくなったって言ってたな。それはいつだ」
「えっ?ええと、…5ヶ月前の5日です」
「何曜日だ」
「えっ?えーっと、木曜日?ですかね」
「その前にいなくなったメイドの髪の色は。いつの何曜日にいなくなった」
「ええっ?ええっと…その前はジルでしょ?ジルは…そういえばあの子もピンク色の髪だったわね。いなくなったのは、7ヶ月前の4日だから……あら、その日も木曜日だったわ」
「わかった、ありがとう」
ルナはそう言うと、走って調理場から出ていった。そして、城の馬車が置いてある場所へと向かうために走った。
「(…親父は、何かの依頼を実行する日に殺された。その日も木曜日だった。依頼人は、桃髭。娘が売られたとか言っていた。もしかしたら、親父を殺した奴らとも関係があるかもしれない)」
そんなことを考えていたら、怒りで胸が熱くなるのをルナは感じた。しかし、走り出してすぐに、誰かに腕を引かれた。振り向くと、笑顔のシドがいた。
「…まだ休憩時間のはずだが」
「1人で出歩かないようにお伝えしているはずです。お部屋へ戻りましょう」
シドはルナの腕を引くが、ルナはその手を払う。すると、シドはルナを姫抱きにした。ルナは、離せ!と暴れるがシドは離さず、そのままルナの自室に連れられてしまった。
シドは部屋に着くとルナを降ろした。ルナは、シドを睨んだ。しかしシドは、それに応えた様子はなく、笑顔でルナを見下ろす。
「何を知ったのかは尋ねませんけれど、姫が首を突っ込む件ではございません、とだけ申し上げます」
シドの言葉に、彼は全て知っているのだとルナは悟る。ルナは更にシドを睨みつける。
「ミナが攫われた。木曜日の今日、シルヴァ領の港から外国に送られる。そうしたら助けられない。今行かないと間に合わない」
「シルヴァ侯爵家の犯罪の嫌疑については、只今調査中でございます」
「はあ?」
「証拠が出そろう前に下手に動けば、つかみかけた尻尾に逃げられてしまいます。そうなればシルヴァ侯爵を捕まえることはできません。ソル様や私の努力が水泡に帰すだけでなく、別の場所で同じような犯罪が再び繰り返され、被害者が今以上に増えます」
「…ミナを見捨てて、ここで待ってろってことか」
「左様でございます」
「…」
ルナは、シドを真っ直ぐに見つめながら黙り込む。
前の港の男たちの顔を思い出す。今思えば、あいつらがこの事件の犯人の一味だったのか、とルナは思う。
「(…あの日オレが港に行ったせいでシエルは怪我をしたし、トールに会えなくなった。シドやソルにも面倒をかけてるみたいだし、トールがこなくなってロゼも元気がない。それに、万が一あの悪党たちがオレのことを知っていたら、シルヴァ侯爵に話がいって、あの日の時点でシルヴァ侯爵に逃げられていたかもしれない)」
ルナは、目を伏せる。シドは、そんなルナを見るとまた笑顔を見せる。
「もうしばらくしたら、食事のマナーの勉強です。前回の復習から致しましょう」
「……オレはやっぱり、女王には向いてないんだ」
シドは、またルナの方を見た。ルナは、目を伏せながら言葉を続ける。
「…オレの親父は、パンを飢えた子どもに与えていた。お前ら城の人間からしたら、問題の根本解決にならないことなんだろうな。でも、親父はそれをし続けた。目の前の飢えた子どもに自分ができることが、パンを分けてやることだけだからだ」
「…それは、素晴らしいことだと思います。私が申しているのは、姫の仕事ではない、ということです」
「オレも親父と一緒だ。問題の根本が変わらないとしても、それでも、目の前の人を助けたい。好きな人ならなおさら。だからオレは、女王にはならない」
ルナはそう言うと、シドを蹴り飛ばした。いつも彼には避けられるからダメ元の蹴りだったが、しかし、足には確かにシドを蹴った感覚があった。シドは宙に浮き、そして、地面に落ちた。彼は伏したまま動かない。どうやら気を失っているようだった。
ルナは頭からカツラをとった。地毛は肩につくほど伸びていた。ルナは、3時のおやつにでた果物を切ったナイフを手に取ると、邪魔な伸びた髪を乱雑に切った。肩まであった髪は、耳にかかるかかからないかくらいまでの短さになった。ルナはナイフを手に忍ばせると、シドの方を見た。
「…まあ、犯人全員とっ捕まえてやるよ。逃げられないようにな」
ルナは気合いを入れると、部屋から飛び出した。
城内にある馬車の停車場に向かう途中、ルナは、鍛錬帰りらしいトールはかつらをかぶっていないルナを見かけた。ただごとじゃない様子のルナを見ると、トールは嫌な予感がした。トールは少し迷ったが、ルナを追いかけて走り出した。他の騎士団の団員たちが、ぽかんと口を開けて2人を見ていた。
ルナは馬車を見かけると、勢いよく乗り込んだ。ルナは驚いて目を見開く運転手に、おい、港へいけ、シルヴァ領の!と急かした。
「えっ、えっ…?!あ、あの、私旦那様を待っておりまして…」
「いいから!」
「待てよルナ!港って、まさか…」
ルナの後を追って乗車したトールが顔を青くする。そして、だめだって!とルナを止めた。しかし、ルナはトールを降ろすために彼の胸を押した。
「お前を連れて行く気はない。1人で行く」
「いやっ…!る、ルナが行くなら、お、俺も…」
「お前を巻き込みたくない。オレのせいでこれ以上、つらい目に遭ってほしくない」
トールはルナを見て固まる。しかし、頭を振る。
「…巻き込んでくれ。俺は、君を守るために選ばれたんだ。君についていくよ、どこまでも」
「…トール……、護衛のたびに隙あらば爆睡する奴の言葉とは思えないぞ」
「そもそも、姫を止めてくださいよ。本当にあなたって人は…」
ルナとトールはぎょっとして声の方を見た。すると、いつの間にかシドが馬車に乗り込んでいた。
「お前、確かに蹴り飛ばしたはずだぞ。気も失っていただろ」
ルナの言葉に、トールが更にぎょっとする。
「えっ、蹴り飛ばしたって、えっ、シドを?マジで?!」
「…あれは確かにくらいました。ですから、今回は私の負け、でございます」
「え?」
「申し訳ありません、シドです、マージ伯爵には私からお詫び申し上げますゆえ、馬車をシルヴァ領の港までむかわせていただけませんでしょうか」
シドに言われると、馬車の運転手は、は、はい、と頷くと、馬車を走らせた。ルナは、シドの横顔を見つめる。
「…良いんだな」
「全員とっ捕まえる、でしょう。私も尽力致します」
「…シドにしてはまた、無理筋行くんだな」
トールの言葉に、シドは、ふう、とため息をつく。
「しょうがないでしょう、私の姫がそう仰るのですから」
シドの言葉に、ルナは目を丸くする。そして口元を緩め、オレに任せておけ、とシドの肩を軽く叩いた。
夕方から夜に変わった港にて、シエルは足の震えが止まらなかった。港にある古い倉庫に連れてこられたシエルの目に入ったのは、檻の中に入れられた少女たちの姿だった。少女たちは手と足を縛られ、目隠しをされていた。少女たちは全員桃色の髪をしていた。
「今取引をしている国では、桃色の髪が人気なんだ。この国ではさほど珍しくないのにな」
シルヴァ侯爵がシエルにそう告げる。シエルは、目隠しをされたところから涙を流し続ける彼女たちを見て、頭の中が真っ白になった。そして、突発的に吐き気を催して、そのまま思い切り吐いた。そんなシエルを見て、ゲラゲラと悪党たちが笑った。腰抜けだ、お坊ちゃんよお、などの野次が飛ぶ。シエルは、口元を押さえながら、目に涙を浮かべる。そんなシエルの頭を、シルヴァ侯爵が殴る。
「しっかりしろ。今後のお前の仕事になるんだ」
父の言葉に、シエルはめまいを起こす。立っていられないほど足元がおぼつかなくなります、シエルはその場にしゃがみ込んだ。
「(…俺が、俺が、したかったことは、こんなことじゃ…)」
力なく座り込むシエルの前髪を、ボスらしき男がつかんだ。そして、おい、とシエルの頬を軽く殴った。シエルの口から血が流れるが、シエルは呆然としている。そんなシエルを見ると、はあ、とボスはため息をついた。
「当主様よお、駄目みたいだぞこいつ。どうすんだ?」
ボスがシルヴァ侯爵に尋ねる。侯爵も、呆れたようにため息をつく。
「…ここまで能無しとはな」
シルヴァ侯爵は、座り込むシエルの前に立ち、シエルを見下ろした。
「お前はいつもそうだった。期待しては裏切られ続けてきた。お前なんかどうせ、姫と結婚なんかできやしない。…海に捨てろ。こいつは釣りをしによく来る。夜釣りで事故に遭ったことにすればいい」
シルヴァ侯爵がそういうと、ボスはシエルを地面に叩きつけた。シエルはそのまま地面に伏した。すると、手下がやってきて、うつぶせのシエルの両手を持ち、地面に押さえつけた。そして、ハンマーを持った手下がやってきて、シエルの右腕を思い切り叩きつけた。
シエルは、余りの痛みに声にならない悲鳴を上げる。腕は焼けるように熱く、耐えきれないほどの痛みが押し寄せる。
「片腕でいいぞ面倒くせぇ。泳げなくすりゃ良いんだから」
「へい」
手下はハンマーを地面に投げた。そして、呻くシエルの首根っこをつかみ、倉庫から出た。そして、海の側までシエルを持ってきた。
「じゃあよ、お坊ちゃん」
シエルは、夜に染まる海を見る。
「(…散々な人生だった…)」
シエルはぼんやりとつぶやく。暗い海の、寄せては返す波を見つめる。
「(…母さんが死んでから、ずっとここで泣いていた。寂しくて、寂しくて…。でも最後に、…あの日ここへ、ルナ様と来られてよかった)」
シエルは目を細める。その瞳には涙が浮かぶ。
「(俺、最後までルナ様に格好悪いとこ見せた。あの日父上と話していたこと、ルナ様に謝りたかったな。…格好いいところ、一度でいいから見せたかったな…)」
男がシエルから手を離そうとした。シエルはゆっくりと目を閉じた。
「シエルを返せ」
そんな声のあと、シエルは誰かに抱きしめられた。シエルが、えっ、と声をもらして振り向いた瞬間、シエルを掴んでいた男が、吹っ飛ぶのが見えた。
「えっ」
「大丈夫か、シエル」
シエルが声の方を見たとき、自分が少女に腰に手を巻きつけられて、抱き上げられていることに気がついた。その少女は、シエルの記憶にあるより髪がずいぶん短いが、間違いなくルナだった。シエルは、えっえっ、と動揺から声を漏らす。
「る、ルナ様、な、何で……いたっ!」
シエルは、体を動かした時に右腕が痛んだ。顔をしかめるシエルに、ルナは一旦シエルを地面に下ろした。
「何かされたのか?」
「う、腕を…。でも、大丈夫です。それより、こんなところにいたら危ない…あっ!」
シエルは、ルナに蹴り飛ばされた男が起き上がり、ルナの方へ殴りかかる姿を見た。ルナが振り返ったとき、トールがその男を殴るのがみえた。男は完全にのびて、地面に倒れこんでしまった。シエルは、えっ、とまた動揺する。
「なっ、なんでトールまで…」
「お前がしなくてもオレがやれたぞ」
「それじゃあ俺が来た意味ないでしょう」
トールがそう言って笑う。そんなトールに、ルナは口角を上げる。
「シドは馬車か?」
「敵が他に来ないか見張ってる」
「わかった。オレはシエルをそこへ連れていく。すぐ戻る」
ルナはそう言うと、シエルを姫抱きにした。シエルは、自分より小柄なルナに抱き上げられて目を丸くする。ルナは軽々とシエルを持ち上げると、走って馬車まで向かった。
「えっえっえっ?」
「シエル、怖かっただろ。オレが来たからにはもう大丈夫だ」
シエルは、ルナの顔を見上げる。そして、ルナに助けてもらえて嬉しい気持ち反面、男の自分がルナに助けられたことが恥ずかしい気持ちも浮かび複雑になる。
「る、ルナ様、俺…」
「どうした?」
「俺、謝りたくて、城で、父上と話してたこと、ルナ様が気を悪くしていないかって…」
「気にしてない。あれは、シエルの言葉じゃないから」
そう言うルナを、シエルはまた見上げる。ルナは、こちらへ向かってくるシドに声を上げた。
「シド!馬車は?」
「ソル様を呼びに城に向かってもらいました」
「わかった。お前はシエルを頼む。ケガをしている」
「かしこまりました」
ルナは、姫抱きにしていたシエルを、シドの前で地面に下ろす。シエルは、ルナ様!と咄嗟に呼び止める。ルナは倉庫の方へ戻ろうとした足を止めてシエルの方を見た。そして、不安そうに顔をしかめるシエルを抱きしめた。シエルは目を見開く。ルナは、シエルと目を合わせると少しだけ微笑んだ。
「オレは必ず戻る。必ずシエルに会いに来る。待ってて」
ルナは、じゃあ後で!と言うと、2人をおいてトールの元へ向かった。シエルは、呆然とその背中を見つめたあと、シドの方を見た。
「…いいんですか?姫をあんなところに行かせて…」
「よくないですよ」
「で、ですよね、ならどうして…」
「普通の姫ならば駄目です。けれど、あちらの姫にはわけない相手ですから。それに、最強の騎士がついていますから、心配には及びません。万が一の場合の考えもあります。それに今回だけは、私が負けましたので」
「(ま、負け、とは…?)」
シドは、ため息をついてルナの背中を見つめた。シエルは、そんなシドとルナの背中を交互に見つめた。
ルナは、倉庫の中で悪党たちと戦うトールと合流した。ルナはトールと背中合わせになり、四方に囲う男たちを見渡した。
「まだ結構残ってるぞ」
「俺頑張ったほうだと思うけど?」
トールが苦笑いをする。ルナは構えて男たちを睨みつける。そして、目の前の男に蹴りかかる。蹴られた男は呻きながらしゃがみ込む。その男の後ろから別の男がルナに殴りかかる。ルナはそれを容易くかわす。空振った男はバランスを崩す。その隙に男の頬を拳で殴る。男は体が飛び、地面に打ち付けられる。
少女の重い蹴りと拳に、男たちは怖気づく。トールはそれを見ながら、やー相変わらず強いな、と笑う。ルナはそんなトールは気にせず、向かってくる男たちをどんどんなぎ倒していく。
全ての男たちを倒し終わると、倉庫の隅で震えるシルヴァ侯爵と、ふてぶてしく座るボスらしき男を、ルナとトールは見つけた。シルヴァ侯爵は情けない声を上げると、逃げようとした。それを軽々とトールが捕まえる。
ルナは、ゆっくりと立ち上がるボスと見つめ合う。ボスは、他の手下たちよりも体格が一回り以上大きい。体にはあちらこちら傷跡があり、何度も戦ってきたことが伺える。
「…俺は、その三下とは格が違うぞ」
ボスはツバを地面に吐く。ルナは、そうか?と冷めた目で男を見つめる。ボスは、ああ?と少し苛立った口調で返す。ルナは一瞬で男の懐に入ると、そのままみぞおちに一発拳でかました。男は、うっ、と呻くと地面に座り込む。
「そんなに強いなら、部下がバタバタやられてるところを、隠れてないでさっさと助けに来い」
ルナはそういうと、座り込んだ男の首に思い切りかかとを落とした。男はそのまま地面に体を打ちつけて伏せた。男は気絶してしまった。ルナは両手をパンパンとはたき、息を吐いた。
「ふう、驚くべき雑魚だった」
「犯人たち、伸びてる間に縛っちまうか」
トールは、シドが用意した縄で、気絶している犯人たちを縛りだした。このままシルヴァ侯爵ごとしょっぴき、裁判にかけるというのがシドの作戦だった。
「こんな脳筋な方法で解決したくなかったけど、ってシドがぶつくさ言ってたな」
「まあ、証拠が揃う前に騎士団動員すると目立って逃す可能性あるし、少数精鋭にするなら少なくとも俺が複数人必要になるし」
あはは、と笑いながら、どんどん悪党たちを縛り上げていくトール。ルナは、縛られたシルヴァ侯爵を見た。
「お前に聞きたいことがある」
ルナが話し掛けるが、シルヴァ侯爵はルナの方を見すらしない。ルナは気にせず話し続ける。
「お前は、お前を殺そうとした奴を、先に殺したことがあるか?誰を殺した?」
「…知らん」
「…あ?」
「そんな奴、何人もいる。この俺を殺そうなんて、馬鹿な奴らだ、殺し屋なんかと比較にならないくらい俺は尊い。そんな俺を殺そうとしたやつは、死んで当然な奴らばかりだ」
ルナは、袖に忍ばせていたナイフに手を伸ばした。そして、ナイフを取り出した。月明かりしか入りこまない倉庫の暗闇で、ナイフが光る。シルヴァ侯爵は、情けない声をあげる。
「(…親父は、始末するとき、どこを刺した、思い出せ、いつも見ていた)」
ルナは、ゆっくりとシルヴァ侯爵の目の前に立つ。そして、シルヴァ侯爵を見下ろした。シルヴァ侯爵は、ひっひっ、と後退ろうとするが、彼の背後はもう壁だった。
ルナがナイフを振りかぶった。シルヴァ侯爵が、目から涙、鼻から鼻水をだらしなく垂らす。
「駄目だ!!」
シエルの声に、ルナははっと手を止める。振り向くと、シドに支えられて歩くシエルがいた。シエルはシドから離れると、よろよろとルナのそばに来た。
「…駄目だ、彼の罪は、これから裁判にかけられて裁かれなくてはいけない。彼はこれから、余罪についても問われる。そうすることで、被害者の実態が明らかになって、助かる人が出てくるかもしれない。法によって裁かれる前に、君が手を下してはいけない」
「……シエル……」
ルナは、必死にルナを止めるシエルの瞳を見る。
「(…こいつは、親父を殺した。……でも、そもそも
親父はたくさんの命を奪ってきた)」
ルナは、シエルの瞳を見つめながら考える。マックスも、自身がこの仕事をしている以上、ろくな死に方はできないと悟っていた。そして彼はルナに、始末屋には本当はなってほしくなかった。人を殺めてほしくなかったから、殺しの仕方は教えなかったし、させなかった。彼は叶うならば彼女に、違う生き方をしてほしかった。
「(……親父……)」
ルナの手からナイフが滑り落ちた。ナイフが音を立てて地面に落ちる。シエルは、安心したように息を吐く。
「はぁ、はぁ…シエル、お前でも、役に立つんだな……」
シルヴァ侯爵が、はっあはは、あははっ、と壊れたように笑った。
「糞の役にも立たん息子が、最後に、役に立った、こんな時に…!」
シルヴァ侯爵の言葉に、シエルは固まる。嫌な笑いが倉庫内に響いたとき、ルナの拳が、シルヴァ侯爵の顔すれすれに飛んで、壁を殴った。シルヴァ侯爵の頬に一筋の傷が入り、少量の血が頬を伝った。
「黙れ。これ以上シエルに余計なことを言うな」
ルナが、シルヴァ侯爵に、鼻と鼻がこすれそうなほど顔を近づける。
「お前なんかに、シエルがわかってたまるか」
ルナはもう一度壁を殴ると、シルヴァ侯爵から離れた。シルヴァ侯爵は、ふにゃふにゃと力が抜けてしまった。
ルナは、シエルのそばに近寄った。
「…怪我、痛むだろ、大丈夫か」
「お、俺はたいしたことないよ。それより、…思いとどまってくれて良かった」
「…シエルのお陰だ」
ルナはシエルの目を見る。しかし、すぐにシエルの目を見ていられずに目を伏せる。今まさに人を殺そうとした自分が恐ろしかったのだ。シエルは、ルナの背中を咄嗟にさすった。ルナは目を丸くしてシエルを見た。シエルの優しい瞳がルナを見つめる。ルナはじっと、シエルの目を見つめ返す。
「大丈夫、大丈夫だから」
「…シエル…」
「果物ナイフでも、場所によっては致命傷ですからね」
シドが2人に近づき、落ちたナイフを拾った。そして、その刃をシルヴァ侯爵に向けた。シルヴァ侯爵は、また体を硬直させた。
「さあ、攫った方々を閉じ込める檻の鍵を渡してください」
「ひっひっ!」
「んなもんなくても俺が壊すぜ」
全員縛り終えたトールがシドに話し掛ける。するとシドが、中の方に危害を加える可能性があるので却下です、と答えた。
囚われた少女たちは、全員で5人だった。縄や目隠しを解くと、全員が安心から声を上げて泣いた。ルナはミナの縄を解き、目隠しを取ると、勢いよく抱きついた。そして、ミナの頬に頬ずりをした。
「よかった、よかった…」
「る、ルナ様…。まさかルナ様が助けてくださったのですか?」
「ああ。あ、違う、ここの男どもが全部やった。オレはついてきただけ」
ルナは、3人の男を指さす。シエルが、いや、俺は…と否定しようとしたところ、シドの笑顔に阻まれ、はい、そうです…と答えた。
「まあ…そんなお怪我までされて…」
ミナが心配そうにシエルを見上げる。シエルは、自分の傷だらけの体を見たあと、多少衣服は汚れているがほぼ無傷の戦闘員2人を見る。
「(な、なぜ…なぜ…??あんなに敵がいたのに…?といか本当にルナ様って一体…!)」
「それにしても、なぜわかったのですか?私が攫われたって…。書き置きとかの工作をしてあるからとか、私を攫った人に言われたんです。だからきっと私助からないって、諦めていて…」
「ミナはオレに黙っていなくならないって、そう言ってくれていたから」
ルナは、ミナの目を見てそう真っ直ぐに言う。ミナは目を丸くしたあと、うれしそうに目を細めると、ルナを優しく抱きしめた。そして、ありがとうございます、と涙声で言った。ルナは、ミナを抱きしめ返すと、ほんとうによかった…と呟いた。
「……本当に片付けてしまうとは…」
ソルが、信じられないという様子でこちらを見ていた。ソルが連れてきた警護隊が、捕縛された犯人たちを運び出している。シドが、ソル様、と彼を呼んだ。ソルは、彼にしては珍しい、呆れと怒りのこもった表情を浮かべた。
「シド、君らしくないよ。もう二度と、こんなことはしないでくれ」
「返す言葉もございません」
「ソル、オレが悪い」
「…姫様、」
「責任は全部オレがとる。城を追放されても良い」
「……」
ソルは額に手を当ててため息をついた。そして、ルナの方を見た。
「女王はあなた以外なれません。だからこそ、あなたには軽率な行動は、」
「でもオレは、今日動かなければ死んでいたも同然だ。女王としては正しくとも、自分が死んでいた」
ルナは真っ直ぐにソルを見上げる。ソルは目を丸くしたあと、はあ、とまたため息をついた。
「…とりあえず、こんなところにずっといるわけにはいきません。城に戻ってください。馬車は用意してあります」
ソルは、全員を馬車に促した、ソルは、馬車を見送った後、仕事を続ける警護隊を背中に、また大きなため息をついた。
「…一体どうなってるんだ、あの姫様は…」
呆れたようにつぶやくソルは、再びため息をついた後、警護隊の指揮に戻った。




