我が家の家訓
この作品は、高校演劇「我が家の家訓」より、作者の了承を得てリメイクしています。
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我が家には、家訓がある。
毎晩、家族全員そろってご飯のあとに家族会議を開くこと。
「今日は! 重大発表がありまぁす!」
父が開口一番不穏なワードを口にする。父の重大発表が良いものだった試しはない。
「父さん、仕事辞めてきました‼」
「また⁉」
ふたつ上の兄が突っ込みを入れる。父は、理由はいつも色々なのだが、よく職を転々としていた。この前は研究所のマウスの世話をする仕事をしていた。
「母さんとは相談したんだがな! 父さん、マグロ漁船に乗ることになりました!」
「きゃー! お父さん頑張ってぇ!」
もう驚く気力も失せた。この家の娘である私、「カナ」は、奔放な父母の元、真面目に、堅実に、良い高校に入った。今年で2年生だ。
「今度こそ長く続けてよ、父さん。」
今言った兄は浪人していて、そのストレスをピリリと肌で感じる。母はあの調子なので我関せずだ。まぁけれども気にはかけているようで、よく夕飯には兄の好物が並ぶ。
「と言うわけで明日からしばらく家を開けまぁす!」
また唐突な。
「母さん、留守を頼むな。ユウヤ、お前なら次こそ志望校に受かる。だから焦らず地道にやりなさい。カナちゃん、カナちゃんのことは心配してないから学校生活楽しんで!」
「いや進路決めたり色々悩んでるんですけどぉ⁉」
「またまた~」
母が父に寄り添って手を取り合う。そして二人声を揃えて言う。
「カナちゃんは優秀だから大丈夫!」
「オレは優秀じゃないから浪人したんだもんね……。」
兄がへこむ。慌てて両親がサポートに入る。
「何言ってるの! 試験当日にインフルエンザで高熱だったでしょ! あれじゃ優秀なお兄ちゃんでも落ちてしまって当然よ!」
「人生で一回キリじゃないんだから大丈夫だ! 何度でも挑戦できるんだ! 父さんの仕事のように! 有り難いことじゃないか!」
「そっか……! 世間に出れば一年の浪人くらい珍しいことじゃないもんな! うん! オレがんばる‼」
丸く収まったようだ。我が家は、職を転々とする父の代わりに、母が正看護師として病院で働いていて、マイホームのローンも母が払っている。だからそこそこ裕福なこの家には兄妹それぞれに部屋があって、兄は勉強に集中できている。次こそは受かってほしいと願うばかりだ。勉強に集中できているのは私も例外なく。今の進学校に受かったのは私の努力が合格を勝ち取った結果だ。勉強は大変だけれど面白い。けど、そろそろ、文理選択の期限が迫っていた。
「じゃあ行ってくるな!」
宿泊できるだけの服などの荷物を持って、父は旅立っていった。私はその日から、父が担当していた家事を担当するようになった。朝食と弁当作りとゴミ出しだ。
最初の方は順調にできていた。けど、段々とボロが出始めた。成績が低迷し始めたのだ。定期テストの点数が奮わなくなり、授業にも遅れがちになって補講を受けた。文理選択どころではない。
家では兄が、模試の結果が良くなかったらしく物に当たっていた。とは言えゴミ箱に偶然足が当たってしまいムカついて蹴って、こぼれたゴミを丁寧に拾い集める程度だったが。
母は、職場の新人看護師が二人辞めてしまってシフトがてんてこ舞いだと言っていた。夜勤に行く母の代わりに、私が時々夕飯も作るようになった。
父から便りはなく、忙殺の日々が続いていた。私は、学校帰りに買い物に行くのが日課になっていた。そしてその日に限って、少し遠くのスーパーに向かっていた。
そしてそんな折だった、父を見かけたのは。最初、他人のそら似だと思った。だって父は、海の上に居るはずだから。……けど、違った。
「父さん!」
走り寄った私を、ネームプレートを下げた職員らしき人が止める。
「この子は私の娘です。大丈夫です。」
父が職員さんを制して、私と向き合う。
「見つかっちゃったかぁ。」
「父さん、どうしてこんな所に……。マグロ漁船に乗るって言ってたじゃない!」
「あれはな、嘘だ。」
「嘘⁉ なんでよ⁉ 父さんが居なくなってから、家中めちゃくちゃで……! 大変だったんだから!」
すがり付くように父の胸板を叩く。父は、それを黙って受け止めていた。
「カナちゃん、ごめんな。実は父さんな、前の職場で酷いパワハラに合って、適応障害になっちゃって、仕事どころじゃなくなっちゃったんだ。だから入院して治してたんだ。」
父の顔を仰ぎ見ると、申し訳なさが滲み出ていた。
「なんで、隠す必要があるの。」
「オレが、そんな姿を見せたくなかったんだよ。これまでも仕事を転々として、みっともない姿見せてたろ?」
父が言うには、父の父、私の祖父も、今で言う「双極症(双極性障害)」という病気だったと言う。気が大きくなって同僚達に奢ってきたかと思えば、体調が悪くなれば寝たきり、仕事にも行けない、風呂にも入れない。おまけに酒浸りになって、最後は肝臓を悪くして亡くなったという。
「最初はパワハラでの適応障害の診断だったんだがな、どうやらオレも、双極症の傾向があるって言われて、怖くなったんだ。」
「母さんには話した。部屋から出てきて居合わせたユウヤも不本意だが知ってる。せめて、今頑張ってるカナちゃんには知られたくなかったんだよ。」
ボロボロと泣き出す父を、とっさに抱き締める。
「ずっと、自分勝手だと思ってた……。けど、頑張ってたんだね。ごめんね。気付いてあげられなくて。」
父からも抱き締められて、父は男泣きしていた。
「私は、がんばってる姿近くで見たいよ。応援したいよ。帰っておいでよ。」
父は無言で、嗚咽を漏らすまいとコクコクと頷いていた。
「しっかし、早々にバレるとはなぁ」
「お兄ちゃんも私のこと騙してたくせに。」
「お前のことだから余計にプレッシャー抱えるんじゃないかと思ってさ。」
「余計なお世話!」
「けど、成績落ちてるんだろ? 父さんが帰ってきても今までみたいに家事はできないかも知れないぞ?」
「うん、いいの。一緒にやるの。調べたら適度な軽作業はメンタルにもいいらしいし。母さんも私が指示を出すようにして管理すれば、父さんの作業の負担も減るって言ってたし。」
「父さんをこき使う気だな! こりゃ早々に家族会議開かなきゃ。」
「使えるものは使わなきゃ! 私は、理系を選んで、母さんと同じ看護師になるのよ! それで父さんの病気についても勉強するの。サポートできるようになるのが目標! 今日の会議で重大発表するのよ。内緒よ。」
「判ったよ。志の高い妹を持って嬉しいよオレは。」
「お兄ちゃんこそ医学部諦めてないくせに。しかも特待生。」
「ま~、次特待生取れなければ一般で目指すしかないかなぁ、金かかるけど。でもさぁ、母さんの話し聞いてるとやっぱ医療の道、憧れるじゃん?」
「そうだね。」
「けど、俺たちにもじいちゃんの血が流れてるから、双極症のリスクは気を付けてかなきゃならねぇよな。無理すんなよ?」
「お兄ちゃんこそ。あ、母さん! 父さん!」
「おかえり!」