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シンガーソングライター

作者: 花織

私には夢がある。

それは歌手になって大きなステージ、満員の客の前で自分の歌を歌うこと。

今はまだ曲作りをしたり路上で歌ったりしながらオーディションを受けたりしているところだけれど。

それでもいつかは叶えるんだって思ってやってる。


路上ライブをやってるうちに仲間もできた。

その仲間達とライブハウスでライブをすることになって、私は路上ライブをしながらチケットを配った。来てくれることを信じて。


そして迎えた初めての路上じゃないライブ。

対バン形式で複数のバンドやシンガーソングライターが数曲ずつ歌う、そんなよくあるライブ。

それでも私にとっては舞台に立つっていう初めてのことで緊張していた。

仲間たちが次々と入れ替わりに演奏していく。

そして私の番だ。

舞台袖から見えていたけれど、やっぱりそんなに人は集まってなくて、緊張が気落ちに変わっていくのを感じた。

来てくれた十数人を前にして、それでも私は必死に歌った。私の歌が一人でも多くの人に刺さればいい。初めてのステージはあっという間だった。

一組15分3曲。それが与えられた時間だったから。

大体はバンドで、一人で弾き語る私は目立っていたけれどそんなことを気にしていたら歌手になんてなれない。私は悩み抜いて選んだとっておきの3曲を歌っていった。一応仲間はお互いのステージの時に盛り上げ役をするのが暗黙の了解みたいなところがあるからそれを含めてだけれど、ある程度は盛り上がってくれた。


それからは曲作りもしながら路上ライブと対バンとオーディションを何度も繰り返していったからか、だんだんライブに人も集まるようになってきて少し希望が見えた気がした。オーディションには相変わらず受からなかったけれど。


そんな中、仲間の一人がメジャーレーベルから声がかかったという。その日はみんなでお祝いした。私は羨ましいななんて思ってた。それでも素直に祝うことができた。その頃には大切な仲間になっていたから。


メジャーってどんななんだろうって考えてみたりもしたけど私には想像もつかないところで。

テレビの向こう側で歌ってる人たちが輝いて見えて、自分がそんなふうになれるだろうかって思ったら急に自信がなくなって。その日はふて寝した。


しばらく経ってメジャーデビューが決まったって言っていた彼が自殺したと聞いた。

声をかけてきていたのはメジャーレーベルの人なんかじゃなくてなりすました詐欺師だったらしい。デビューのためにはお金がかかると言って大金を取られた挙句連絡が取れなくなったって。

私は純粋に応援していた子だったから本当に悲しかった。一日中泣いていた。仲間もみんな悔しがってた。その気持ちも曲にした。私はそれしかできない人間だから。


そしてとあるレーベルのオーディションで歌ったその歌が良かったのか皮肉にもその彼のことを歌った曲で私のデビューが決まった。社会は残酷だ。


私は彼の件もあって最初は疑ったりもしたが本当にメジャーデビューができるらしい。

仲間もみんなお祝いしてくれた。仲間の中からメジャーデビューできた人が出てきたことを純粋に祝ってくれていた。

デビューに向けて準備が必要らしくて何度もレーベルにかよった。曲作りやレコーディングも何度もして、プロの人が編曲をしてくれて出来上がった私の拙い曲たちは見違えるほどに輝いて見えた。


ファーストシングルはドラマの主題歌になるらしい。運が良くドラマのプロデューサーに気に入られたという。注目されていたドラマだったからとっても緊張した。叩かれたりしないか酷評されないか心配で眠れない日々を過ごした。


放送日になって、ドラマに私の曲が流れた瞬間心が熱くなるのを感じた。やっと夢の一つ目まできたのだという事実を受け入れられて、自然と泣いていた。彼の想いもこれで少しは報われただろうか。そうだといいなって思う。


それからは忙しない日々が続いた。

反響は大きくヒットチャートでも上位に入ってしまって今度は別の局からドラマの主題歌を作ってくれという依頼が来た。ゴールデンタイムに放映される有名人が主人公の局としても大プッシュのドラマだ。私は不安に押しつぶされそうになりながらも曲を何個か作って送った。すると全てが主題歌だけでなく劇中歌などにも起用されることになった。まるでシンデレラストーリーだった。


そうしながらもレーベルとしてはアルバムの制作も押していかなければならないのか、よく催促された。13曲。私には高い壁だった。曲順も考えなければならない。既に出したシングルを入れる場所も考えなければならない。既に出すことが決まっているCMに起用される予定のシングルもある。

シングル3枚分の曲、メイン曲とカップリング曲に全力で取り組んでいたため全曲新曲というのは難しくて、私は昔作った曲の中で思い入れのある曲を入れることにした。


そうしてCMの起用とともに発表されたシングルとファーストアルバムはすぐにとてつもない数の予約が入ったらしい。

人は私を期待の新星だの大物新人だの呼んだが私にとっては目の前のことだけど精一杯で周りを見る余裕もなく制作の日々だった。失敗もした。

ボツ曲もどんどん積み上がっていった。その中から組み合わせて曲を作り直したりもした。

そしてアルバム発売記念ライブをレコード店にて行うことになって、デビュー後初めてのライブだったから今までみたいにできるか不安で何度もリハーサルをした。


そんな中で音楽番組から出てみないかって声がかかった。

アルバムの宣伝のためだからと言ってレーベルが持ってきた仕事。私はテレビになんて映ったことはないし自分の容姿に自信がないからとても不安だったがスタイリストさんや衣装さんたちがなんとかしてくれた。プロの世界ってすごいって改めて思った。番組に出るからにはトークもしなければならない。私はマネージャーさんにお願いして何度も練習した。


そして迎えた生放送で私はなんとかやりきってみせた。自分の中では100点をあげたいくらいに。

反響はすごかった。視聴率も一番高くて、ネットで出てくる声のほとんどが賞賛だった。嬉しかった。昔から褒められたことなんてほとんどなかったから。


そしてアルバム発売記念ライブも同じように司会者さんがいてトークとともに新曲を3曲ばかり歌って最後新アルバムを私が手渡しで渡して締めるという形で行われた。店内に入りきらないほどの人混みの中で歌って、これがいつか武道館やアリーナみたいな広いところで演奏できるようになるといいなって。夢だから。そう思った。

手渡しを数百人に行うのは骨が折れたが私の中のちっちゃい武道館は大盛況に終わった。


そして週間チャートで私は初登場ながら1位を取ったらしいとマネージャーから興奮気味に知らされた。私の悪い癖でここまでトントン拍子に話が進むといつか悪いことが起きるって考えちゃうんだけど、ここまで悪いことは何もなかった。


そしてアルバムを引っ提げてツアーを回った。

最初は東名阪のライブハウスだけの小さいツアー。あまりの人気に急遽追加公演で初めてのコンサート会場でのライブが増えた。

本当は一年前くらいから予約を取らなきゃいけないらしいんだけど、特別に空いていた日に捩じ込んだらしい。リハーサル前にちょっと客席を見させてもらったけどとっても広くて今までのライブに来てくれた人数全部足しても足りないくらい。

ツアーを回る上で思ったことも曲にした。曲作りはずっと続けなくちゃいけないものだったから少しでも楽しく作ろうって決めてた。


ツアーも大盛況だった。あまり喋れなかったけどその分歌った。2時間半の今までで一番長いライブ。しかもワンマン。終演後昔の仲間たちが応援に来てくれたのが嬉しかった。みんな自分のことのように喜んでくれてCD買ったよって言ってくれたり。グッズも私が考えなきゃいけないらしくて一般的なものばかりにはなったけれどすっごく頑張ったから売れて嬉しかった。その日の夜はこれが歌手になるってことなんだって噛み締めていた。


ツアー中にもシングルを出した。

初めてのノンタイアップシングル。売れるか凄く不安だった。今までのはドラマが売れたからテレビに流れていたからその効果なんじゃないかって不安になって曲作りも難航していた。

そうしてできたシングルだったからツアーで歌った時の反応が良くて本当に嬉しかった。

もちろんライブに来てくれる時点で私のファンなんだろうし当たり前かもしれないけれど。それでも嬉しかったのだ。

チャートでも順位は下がったものの3位を取れて好成績だ。ファーストシングルからアルバムまで1位2位2位1位でアルバムは10万枚売れたときてだから下がってるんだけど、マネージャーが言うには1位を取れなかった週は人気アイドルのシングルと被ったから仕方ないし、売れてる数自体はどんどん増えてるらしい。良かった。


売れたおかげで家もちゃんと防音室のある家に引っ越せた。マネージャーからセキュリティ上前の家は良くないからってずっと言われてたけど忙しくて今更になってしまったけれどこれで家でも曲作りが好きなだけできると思うと心が躍った。

すぐに曲を作った。曲作りは私にとって呼吸みたいなものになっていた。もちろん全然浮かばなくて辛い時期も過ごしたけれどそれはストックしていた曲のリリースで乗り切った。

出す曲のほとんどが大型タイアップで、私なんかがこんな大役なんてと思うことはあったけれど目指してるところはもっと大きかったから通過点なんだって言い聞かせて頑張った。


そんな中、声帯炎になった。

音楽番組は全てキャンセル。予定していたシングルは事前に録っていたから出せたけれどそれ以降の予定が白紙になってしまった。

医者からはすぐ治るから心配いらないって言われたが、売れてる時に体を壊して途端に売れなくなって消えていくミュージシャンをたくさん見てきたから焦った。

シングルがしばらく出ない状況ができて、今までのことをゆっくり振り返る時間ができたのは良かったけれど。

そんなことも曲にした。世の中理不尽だって、いいことの後に悪いことが起きちゃう不運に刃向いたくて歌った。治りかけの喉で痛み止めを飲みながら歌ったから声がいつもと違うのには笑っちゃった。でもそのまま出したいってお願いして、何度もやり取りをしてなんとか許しをもらって編曲でなんとか気にならない程度に直してシングル2枚で5ヶ月空いた後っていう特殊な状況で2枚目のアルバムを出した。リード曲はなんとかタイアップをもらえた。


私は一枚目より売れなかったらどうしようって不安で一週間ずっと不眠症気味になっていた。

結果は爆売れ。20万枚以上売れたらしい。杞憂でよかったと胸を撫で下ろした。

次のツアーはホールツアーだった。売れっ子だからそれでもすぐに売り切れた。追加公演は日本武道館。私が目指していたところにやっと辿り着けるんだって思った途端涙が溢れ出して周囲を困らせてしまった。そのあと心の底から嬉しかったからと付け加えた。

ライブハウスと違ってお客さんがよく見えて緊張したけれど私のスタイルで貫いた。これだけの人が私の曲を聴いてくれてるんだって思ったら心がきゅってなった。ホールだからできる演出もした。バックスクリーンを使ったり舞台装置を使ったり。裏方さんには感謝しかない。平身低頭それを伝えた。回る先々で出てくるご飯も楽しみの一つだった。それぞれの名産弁当が用意されていてみんなで食べるんだけどそれが本当に楽しくて幸せだった。


そして迎えた武道館公演。2daysだからそんなに人が集まるか不安だったけれどちゃんとどっちも満員で北の丸公園で開場を待つ人たちをこっそり見にいって内心喜んだ。リハーサルも順調にいってあとはいつものライブをするだけ。開場してたくさんのお客さんが流れ込んできてるのが舞台袖から見えて興奮した。いろんなセットを駆使して楽しい公演にするんだって心の底から思った。

一日目は何事もなく無事に大盛況のまま終わりを迎えた。

二日目。セットに不具合があって使えないために尺が足りなくなってしまったらしい。そこで私はある案を伝えた。了解をもらって2日目の公演がスタートした。昨日より早く進んでいく進行に二日続けて参戦している人は不思議に思ったのかもしれない。ところどころであれ?といった顔をしている人を見た。でも大丈夫。これがあるから。

武道館公演の最後、アンコールに応えて私一人ギターを持って出ていった。前に飛び出した形のステージの先端で座って、路上時代のように弾き語りをした。みんな私の声を聞くために静かになって聞いてくれた。歌が終わるとどっと歓声が沸き起こった。私が伝えていたのはこれだった。一人で弾き語りがしたい、と。

結果は大成功。人生最高の二日間だった。

だって私はこの後死んだから。


明くる日、いつものようにレーベルに向かう道を歩いていたところ、意識を失って操作できなくなっていたトラックが突っ込んできたのだ。

私はギターごとトラックとビルに挟まれた。

どちらも即死だったらしい。相手のトラック運転手もてんかんだったらしい。どうしようもなかった。


このことはすぐに一面ニュースになって世の中を駆け巡った。怖がる人、悲しむ人、泣き崩れる人、様々だった。

私も死ぬだなんて思ってなかったからツアー終盤だったし次のアルバムまで作っていたのに。

所属していたレーベルはそのアルバムを私のラストアルバムとしてリリースする決断をした。

皮肉にもそのアルバムが私の中で一番の人気アルバムになって100万枚以上売れた。私はもういないのに。みんなの心の中で今日も歌うのだ。音楽とはそう言うものだと聞いたことがある。まさか私がそうなるとは思っていなかったからちゃんとは覚えていないけれど。確か、人は死んでもみんなの心の中では忘れ去られるまで生き続けるだっけ。世間では悲劇的に伝えられていたけれど、どうでもいいや。私は楽しい人生だったんだ。幸せで手の届くかもわからないほどの大きな夢も叶えられてこれ以上望むものなんてない、そんな人生だったのだから。

一つ望むなら天国であの非業の死を遂げた彼とまた笑って歌の話がしたいな。それだけ。

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