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おばけやしき

作者: 鈴木叶緒

 彼は幼い頃から、幽霊の類が視える体質だった。

 家の中に知らないおじさんがいる。彼がそう話した数日後、両親の仲人を務めてくれた人が亡くなった。その容姿は、彼が先日見たおじさんの特徴と一致していた。お決まりのパターンだが、彼は仲人さんと会った事がない。


 驚きもするだろう。二人で向かった旅行先のホテルの天井から女の幽霊が覗いていたと、後日SNSで知らされた恋人としては。

 過去に付き合っていた女性の生霊が自宅に出た。バイクの運転中、体ごと引きずられそうになった。そんな体験は枚挙に暇がない。幼少期は目の当たりにする度に泣いていた彼は、職場で視たものを後輩に話してからかうほどの鋼の精神を手に入れた。否が応でも鍛えられた、と言った方が正しいのかも知れない。


「病院の帰りで街路樹から顔が覗いているのが見えちゃったのよ。」

「部屋の姿見に影が映るから、布をかけてたんだけど結局撤去したんです。」

 彼の霊感は母親譲りで、それは彼の妹にも表れている。だが父親と他のきょうだいはそういった現象に出会った事がなく、遺伝の法則性は不明だ。


 かく言う私も、ビビりではあれど霊感などほとんどない。というか、全くないと言って差し支えないだろう。UFOなら見た事はあるが。

 しかし心霊番組などを観ても、身内が観なければいいのにと思うくらい怖がるので、逆に冷静になる事が多い。子供の頃は夜中にトイレひとつ行くのにも勇気が要ったが、トイレから帰ってきたらシーツを鼻血で血だらけにしている姉を見た時の方が恐怖を覚えた。妹に至ってはついぞ起きもせず、枕を血に染めていた。


 だからだろう。真実かどうか分からない、都市伝説やネットに蔓延る怖い話を読むのは平気だし、そもそも幽霊など実際に見た事も聞いた事もないので、慣れはしないか昔のように無条件で怖がりもしなくなった。


 今住んでいる家屋が、幽霊屋敷だとしても。


 我が家はとにかく霊が多い。平成中期に流行った霊能力者が来たら卒倒するのではないか、というくらい。実際には他人が見たものを伝え聞いただけなので分からないが。

 前述の、彼や家族の関係者だけかと思えば、本人達も全く知らない霊もいるというのでもはや訳が分からない。かつてあった風呂の焚き口にいるおっさんはその代表格なので、家賃を払うべきだと思っていたら知らない間に見なくなったらしい。念が通じたのか、改修の際に焚き口を壁に塗り込めたからなのかは分からない。


 そして、どのくらいのスパンか分からないが霊も入れ替わっている。

 かつて彼も使っていた子供部屋で、今まで見た事のない子供の霊がいたそうだ。彼は驚いた。子供も驚いた。驚いた霊はそのまま逃げるように彼の体をすり抜けて消えたそうだが、その光景を想像すると霊感のない人間としてはシュールだと感じてしまうのも仕方ないだろう。


 そう、これだけ怪現象に見舞われる家に住んでいても、私自身には何の影響がないのである。彼からすれば私の方が驚愕に値するらしいが、見えないものは見えないのでどうしようもない。


「あれから、あの子供は見てないよ。」

 子供部屋は狭く、表側の壁に埋め込まれる形で仏壇が置かれている。彼すら知らないご先祖様の写真が飾られており、時々焚いてもいないのに線香の匂いが漂うという。その匂いすら感じない私は、畳んだ洗濯物をしまうために部屋へと足を踏み入れた。


「あ"ーーーーーーーー」


 鳥肌が立った。

 どこからともなく、どこからでもない声が、耳を通して脳に直接響く。周りを見渡しても、誰もいない。そもそも、聞いた事のない声だった。


 怖かった。

 それが自分に聞こえた理由も、声が発せられた理由も、その声から何の感情も読み取れなかったから。

 何も分からない、という事が何より恐ろしいものだと思い知った瞬間だった。




 それ以来、私にもこの世ならざるものが視えるようになった、という事もなく。私は相変わらずこの家で暮らしている。夜中にトイレに行くのも平気である。

 そして彼も、今日も元気に廊下を通る白い影や、無人の風呂場から聞こえてくるラップ音にキレ散らかしている。


残念ながら実話

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