ほんとうにこわいもの
“かんぱーい!”
5人の声がハモり、各々好きな飲み物を一気に飲み干す。今日はリモート飲み会、それも顔を合わせるのは初めてとなる。もともとゲームが好きな集まりで一緒にオンラインで対戦したり協力したりしていたのだが、参加したい人だけ飲みましょうと集まったのがこの5人だった。顔出しは個人の自由。
どこにも行けない年末年始、ゲームをやって大盛り上がりで、そのノリでむしゃくしゃするから飲み会するぜ!と開かれることとなった。
女性二人に男が三人。最初は緊張した様子だったが、わいわいくだらない事で盛り上がり、良い感じに酔っぱらってきたころ。
「じゃあここで、お題トークといきましょうか!」
飲み会を考案して幹事もしてくれているのはアルファさん、リーダー気質な人なのだろうなと思う。しゃべりが上手いし会話を他の人に回すのもうまい。
「どんなお題?」
聞いてきたのは木の葉さんという女性だ。クールな女性という印象でもの凄い酒豪。今もウィスキーをロックで飲んでいる。
「お題は、自分が怖い物!幽霊とかでもいいけど、人には理解されないちょっとしたことでOKです」
「そういうのはまず言い出しっぺからでしょ」
ケラケラと軽く笑いながら言ったのはストーンさんだ。乾杯でビールを飲んだだけだというのにもう顔が真っ赤だ。酒には弱い、けど飲みたい。飲み会で一番注意が必要なタイプかもしれない、体調的な意味で。
「うんうん、気になる~」
乗っかってきたのはゆりりさん、まだ二十歳前後の女性だ。いかにも今どきの子って感じでメイクもばっちりだ。飲んでいるものもいかにも映えそうなカクテルである。それ、自分で作ったんだとしたら凄い。
「そうだなあ、まあ本当に大したことないけど。インターホン! ぴんぽーんってやつ。俺一人暮らしだから、宅配って夜指定にせざるを得ないんだよね。でも夜って静かだろ? いきなり音鳴るとビクってなるんだよ。ちょっと怖い」
「あはは、何それ~」
「いやあ、わかるわかる。俺なんてたまにしか頼まないからなおさらビクってなるよ」
ゆりりとストーンが明るく返す中、木の葉さんはクールになるほど、と納得し別の酒を一口飲んで提案してくる。
「ドアチャイムって音変えられないの? 曲とかにしたら?」
「いやあ、アパートだからね。大家に相談しないといけないから面倒で。音量変えるくらいだよ」
「大変だね。いや、大変ではないか。じゃあ私の怖い物いっていい?」
飲んでいた酒を置くと木の葉が頬杖をついて少し考える。
「私の怖いものはそうだなあ、やっぱり女だし夜道は怖いかな。後ろからカツカツ足音するとこっちも速足になっちゃう。帰る時間遅い事多いんだけど、人通りも少なくて街灯少ない道あるから」
「あ、わかります!あれ背筋ぞくっとしますよねえ! 家まで付いてこられたらどうしようって!」
「警備会社入ってないの?」
「入ってますけど、ああいうのって秒で来るわけじゃないじゃないですか。家覚えられても嫌だし」
「まあ確かにね」
同じ女性同士という事もあり夜道について二人で少し盛り上がる。男性陣もなるほど、と納得した様子だ。
「男としてはこっちも気遣うなあ。女性の後ろ歩いてると、追い抜こうとすると逆に怖がるんじゃないかと思ってゆっくり歩いたりとか。でも歩幅の都合、どうしても追いついちゃうんだよね」
「あはは、男も大変だね。気遣って怖がられて」
少し酒が効いてきたのか木の葉が最初のクールな印象から少し柔らかい態度になってきた。ストーンの体験談に小さく微笑む。
「じゃあ次私! 私はちょっと違う種類の怖い、かもしれないけど声の大きい人ってちょっと怖い。隣に住んでる人がたまに電話かな?怒鳴ってるのが聞こえて怖い。あと貯金がゼロになることと、メイク道具がなくなることと、流行に乗り遅れることと、宗教の勧誘と、太ること! これは無理!」
「多い多い」
アルファが笑いながら突っ込むと他の面子もあははと笑った。怖いと言うより嫌な事、という感じだが誰も突っ込みはしない。どう見てもゆりりが一番年下なので、年下に指摘をするのも野暮だと皆わかっているのだ。
「じゃあ次は俺で!ガチャ回してお目当てが出なくて課金で10万越した時! いや、値段がどんどん跳ね上がることかな? 昔は2~3万使って青ざめてたけど今結構使っちゃうな」
「あ、それマジで怖い。その感覚が」
「歯止めきかなくなるやつじゃない」
社会人であろうアルファと木の葉が真剣に突っ込んだ。いやあ~止まらなくって~とストーンはへらへらしている。だいぶ酔いが回っているので、もしかしたら明日にはこの会話忘れているかもしれない。
「じゃあ最後、ざるそばさんは?」
順番で俺に声をかけてくれたのは木の葉さんだ。全員顔出しをしているが、俺は顔出ししていない。出す出さないは自由だからいいよ、と言ってくれたのでお言葉に甘えて画像オフだ。
「酒の席だしウケ狙いしたいところだけど。ごく普通に」
「なになに?」
少し勿体つけるとゆりりが食い気味で聞いてくる。
「普通に。他人の目が怖い」
「目?」
「なんか見つめられるのだめで。目逸らしちゃうんです」
「ああ、いるよねそういう人。あ、もしかして田んぼのカラス除けの目玉みたいなもようとかダメ?」
「ダメですね」
「いる! 俺の知り合いにも!」
何が面白かったのかストーンはケラケラと笑ってわかるよー! と繰り返す。他の人もまあまあ悪くない反応だ。ゆりりは「そうなの?」と不思議そうにしている、理解できないのだろう。注目されることは嬉しいタイプみたいだしな。
「っていうか、さっきからあんまりしゃべらなかったから気づかなかったけど。ざるそばさんってかなりイケボだね」
木の葉さんが言うとアルファさんもうんうん、と大きく頷く。
「思った。さてはイケメンだな!ちくしょー!」
「ちくしょー!」
ストーンもそれに乗っかり男二人でどうせ俺らは平凡だよ~と嘆いてみせる。この二人、結構酒弱いんだな。
その後最近ハマっていること、好きなブランド、最近行って面白かった場所、連休中は家で過ごすんだけどいい暇つぶしないかとか、初対面とは思えないほど皆打ち解けていた。酒の効果は大きい。俺はあまり発言せず、ふんふんと皆の話を聞くに徹した。あまり自分からしゃべるのは好きじゃない。
3時間ほどたち、縁もたけなわではありますが、とアルファが切り出す。
「明日も休みだろうけどそろそろお開きにしようか。次のイベント、アウストリデア強襲のイベントで会おう!みんな装備整えておけよ、めっちゃムズイからな」
「りょーかーい!」
各々返事をしてお疲れ様―とリモートが切られる中、俺はゆりりに個別にメッセージを送った。ちょっと映像つなげる? と問いかけるとすぐに画面に彼女の顔が映る。
「はいはーい。どうしたの?」
直接こちらに繋いでくれたので、俺は画像共有をする。俺の顔がぱっと画面に映った。
「こんばんは」
「え、あれ……ざるそば、さん?」
いきなり顔が出て驚いたのだろう、目を白黒させている。俺は小さく笑うと優しく声をかけた。
「いきなりごめんね」
「え、いやいやいいんだけど、え? え? ざるそばさんって超イケメンじゃないですか! かっこいい!」
「ありがとう」
「どうして顔出さなかったの?」
「いや、ちょっと女みたいな顔してるでしょ? 昔からオカマ~ってからかわれてきたから、自分の顔好きじゃなくて。でもゆりりさんともうちょっと話したくて、勇気を出してみました」
そう言って笑うと、彼女は目をキラキラさせている。
「女っぽいっていうか、中世的なのかな。全然、かっこいい! うわあ、嬉しい~、ありがとう!」
「そう言ってもらえると嬉しい。ねえ、さっきの飲み会でゆりりさんの好きなブランドとか話してたけど、都内住みかな? ブルーオーツって店、俺も知ってる。実は品川に住んでてよく行くんだよね」
「え、嘘! そうなの!?」
嬉しそうに言いちらりと目線が下がった。今俺が着ている服もさりげなくブランド品なのでチェックしたのだろう。カメラで見えるか見えないかぎりぎりのところにブランド名のロゴが入っているのだ。品川に住んでいる、というだけで一つのステータスにもなる。今彼女の頭の中は俺がどんな人物なのかいろいろ想像しているに違いない。
「ねえ、もしよかったら、なんだけど。ちょっと飲み直さない? 二人で。ブルーオーツから少し離れたところにショットバーがあるんだけど。そこ店員さんが目の前でホットスイーツとか作ってくれて、お酒以外のメニューもあるからお腹に溜まらないから気にいってるんだ。ブルーオーツ前集合ってできそう?」
二人で、をさりげなく小声で言う。二人で対話をしているので小声にする必要はないのだが、こういうちょっとした演出を女性は嬉しがる。彼女はわずかに目を見開き、みるみるテンションが上がっていく。
「行く行く!」
「時間大丈夫?もう10時過ぎてるけど」
「ぜーんぜん、実はブルーオーツ行くのに30分もかからないから!」
「よかった、じゃあ1時間後にブルーオーツの前に集合でいい?」
「うん!」
「あ、その時ざるそばさんって呼べないだろうから俺の名前教えておくね。田崎翔真、よろしく」
「私、戸田悠里!後でね!」
きゃー、と頬を染めて彼女はリモートを切った。俺は小さく微笑む。
「俺一人暮らしだから、宅配って夜指定にせざるを得ないんだよね」
「明日も休みだろうけどそろそろお開きにしようか」
宅配が来れる時間、20時までには家に帰れる。次の日の事を考えているので規則正しい生活をしている。
「帰る時間遅い事多いんだけど、人通りも少なくて街灯少ない道あるから」
夜一人になる。ドアチャイムの設定を知らないので安いアパート住まいではない。家は警備会社に入っているが使った事はない。入っているというだけで安心し、夜道を警戒していると言っているが直接の自衛策はない、用心深いようで形から入って満足するタイプ
「ガチャ回してお目当てが出なくて課金で10万越した時!いや、値段がどんどん跳ね上がることかな?昔は2~3万使って青ざめてたけど今結構使っちゃうな」
金の管理が甘く貯金が多い。おそらく実家住まいで自分で使える金が多い。酒に非常に弱い。誰とでも打ち解けるので会話のマウントを取れば操りやすい。
そして。好きなブランドは品川にある店3軒、特定の店まで30分かからない距離に住んでいる、夜に家を出られるので一人暮らし、インスタやSNSには自撮り写真が多く背景からするとほぼ住所が特定できる。貯金がゼロになるのが怖いのならクレジットで買い物をするやや金遣いが荒い方、奢れば簡単に心を許してくるタイプだろう。顔と名前を教えただけですでに相手を信用しきっている。
隣人にさえ警戒して、町で声をかけらえるだけで不審者扱いするというのに、何でオンラインで少し話しただけの相手をいい人だと思うのだろう。それが不思議でならない。自分の事をペラペラしゃべるし、住所特定できそうなことまで教えてくれる。本人たちは全く無自覚みたいだけど。酒が入ったら歯止めが効かないのにあんなにガンガン飲むなんて狂気の沙汰だ。
身近なヒトよりどこの誰かもわからない相手と直接会って犯罪に巻き込まれる、なんて今時当たり前に聞くことなのに何で警戒しないのか。俺からしたらまったく理解できない。
自分以外の存在が一番怖いに決まっているのに。
小さく笑みがこぼれる。昔から本当にこの顔と声、しゃべり方は相手からの信用をもぎ取るのに役に立ってきた。面白いくらいにひっかかってくれる、男も女も。
左手でずっとくるくると遊んでいたバタフライナイフを折りたたむと、ポケットに入れてコートを着る。そういえば、怖いものの中にみんな「自分に危害を加える者」ってなかったな。怖くないって事か。
「じゃあ、いいよね」
あはは、と軽く笑って外を見ると、クリスマスも終わり町からある程度のイルミネーションが片づけられていた。今年は静かな年末となる。人通りも例年よりかなり少なく皆自宅で過ごしているのだろう。目撃者が少ないのは俺にとって嬉しい。
さて、どうやって遊ぼうかな? 金はまだたくさんあるからいいか。年末年始暇だね面白そうな特番ないよ、ってみんな言ってたし。トップニュースになるくらいの派手さでいってみようかな。
キッチンからナイフとフォークを何本か取り出し、あとはてきとうに飾ったら華やかになりそうなものを鞄に入れた。電源を入れるとシャンシャンとタンバリンを叩く置物、これが一番可愛いな。海外で買ったらしく人形の顔がびっくりチキンみたいで愛嬌がある。彼女の顔、これと同じにしてみようかな。
そろそろ出かけよう、と玄関で靴を履いて。一応、床に転がっている物に声をかけた。
「じゃあね、お邪魔しました。“ざるそば”さん」
そう言って、玄関から外に出る。今時の部屋って便利だ、オートロックで勝手に密室にしてくれるのだから。スキップしたいくらいの軽い足取りでブルーオーツに向かって歩き出した。
END